二章 魔導大剣ヴィクトリアス
ミラが経営する武具専門店に転移したあたしは早速店中の近接武器を見て回った。そこで驚いたのだが、五年前よりも明らかに武器の性能がよくなっている。
特に魔力を込めるタイプが比較できないほど優秀になっており、これなら魔力はあっても魔法を扱えない人間に魔力の消費先を用意してあげられる。これはでかい。
何故なら剣士しか道のなかった者でも魔法のような飛び道具を扱えるようになるのだから。
「ほぇぇぇ…………」
見れば見るほど多くの人間が可能性を握れる時代に変わったのだと感じる。
しかも武器の形状も高価な物は変わっており、時代が変わっている事を嫌でも見せつけられる。
そんな店を見てあたしの心が落ち着いていられるわけがない。
「どれも凄いわ! あんたよくこんな店経営できるわね。もしかして星域のおかげとか?」
「正解だ。最近になって先祖が持っていた書物をようやく解読出来てな。星域どころかあのダンジョンに眠っている情報ですら俺達の文化よりも進んでいる。だからそれを元に文明レベルを上げたと言ったところだ」
ミラの言葉通り星域という存在が武器開発に与えた影響は凄まじいのだろう。そしてその売り上げも凄そうだ。
「リーテン・デューダの性能に納得。あたしもアレ使いたいんだけどいい?」
ベルが魔物を圧倒していた光景を見てからあたしの興味はリーテン・デューダ一筋となっていた。小型で全方位から攻撃出来る暗器は色々と応用が利きそうで欲しい。
「構わんが空間認識能力をかなり要求されるぞ」
「無理そうなら変える。後は手で持つ武器だけど……長杖でも選ぼうかしら」
「確かに昔の貴様との関連性はなくなるが、魔法の色は改善出来るのか?」
「結局それよね。やっぱり剣しかないのかしらあたしには」
冗談交じりに呟いた武器はミラの真面目な返しに可能性を消される。生まれ変わったら近接戦とは無関係な魔導士にでもなってやろうかしら。
「槍やメイスはどうだ? 特に力任せに叩くだけなら得意だろ」
「今あんたを力任せに潰してあげよっか?」
あたしはミラの頭を掴もうと動くが、触れる瞬間に彼は転移で姿を消した。
「怖い怖い。明らかに本気だっただろ」
背後に現れたミラは余裕たっぷりの態度で見下ろしてくる。そんな彼が気に入らなくとも手出し出来ないと理解しているあたしにはただ睨みつける事しか出来ない。
「……ふんっ、あたし槍は単純に下手なのよ。メイスはあんたがムカつくから却下」
「となると結局剣か。この店で一番使いやすく高いやつにでもするか?」
「まぁそれもいいんだけど……聖剣に慣れちゃったせいか常識外れな武器を身体が求めてるのよね。この際だから開発中のヤバい武器とかあったりしないの? 前に回収した素材とかであんたならやってない?」
冗談交じりに口にしたあたしだったが、ミラの顔は分かりやすく歪んだ。
へぇ、あるんだ。あたしがそう感じてしまった時点でミラの逃げ場をなくなったも同然だ。
「……あるにはあるが、ほぼ失敗作で改善は難しいぞ」
「いいじゃない。どんな感じ?」
「近中遠全ての距離で戦える大剣だ。その代わり魔力消費が尋常じゃない」
ミラの言葉を聞いてあたしの心は跳ね上がった。なにその性能最高じゃない。
「わお、最高ねそれ。名前はもうあるの?」
「……可動式魔導大剣ヴィクトリアスだ」
性能を聞いた時点でウキウキのあたしとは真逆にミラは心苦しそうにその名を答えた。
「本当にぶっつけ本番でいいんだな?」
武具専門店の地下にある大きな修練場であたしとミラは向かい合う。その様子を結界の外から眺めるのはあたしの新しい家族や彼の部下達だ。
「軽く触ったからぶっつけではないわ。それにどう考えてもこの武器はイカれてる。だからこの子が失敗作じゃないってところ見せつけるから」
そう言いあたしは左手に持つ大剣を構えた。目の前のミラもそんなあたしを見て剣を構える。
あれからあたしは二つの武器をミラから授かった。
一つはベルが扱っていた遠隔魔導刃リーテン・デューダ。
動かしていられる時間は補充した魔力量で変わるため定期的に回収しないといけないらしいが、中遠距離も対応出来る暗器だと思えばかなりいい。魔法剣と違い実体がある武器なのもあたしの中で差別化出来ている。
もう一つは可動式魔導大剣ヴィクトリアス。
これはガチャガチャと変形して収納したり近接戦や射撃戦用の姿に変える事が出来る大剣だ。
魔力を込める前は刃に小さな穴がいくつも空いており、とてもじゃないが物を斬れるようには感じられない。
だが魔力を込めればピンク色の刃を展開して強力な大剣へと姿を変える。
あたしはこの魔力の刃を見た時、美しさと力強さに目を奪われてしまった。なんせ見ただけでその恐ろしい斬れ味が伝わってきたのだから。
そんなヴィクトリアスだが肝心の性能はとてもピーキーになっており、魔力消費量がかなり多い。異常なほど多い。
軽く試しただけでもミラが開発中止にするか悩んでいた理由がよく分かった。とてつもない力や斬れ味と引き換えに魔力がすぐ消えるのは致命的だ。
だがあたしには問題ない。それどころあたし向きの武器だ。
現在あたしはそれらと魔法剣を駆使した動きでミラを翻弄していた。まだ奥の手は残した状態で。
「どうよこの力。もうあたしとあんたじゃ競り合いにならないわね!」
「魔力を浪費しながらも得意気だな。そんなに俺を追い詰めるのが楽しいか」
大振りな一撃をなんとか受け流しながらもミラは致命傷を避ける。魔法剣を持つあたしとの競り合いなら望んで行っていたミラだが、ヴィクトリアスの力の前では拒むしかなかったのだろう。
自分一人の力ではないという事は分かっているが、あたしにはこの状況がとても気分のいいものに感じられた。
前回の敗北分の屈辱はここで返してやる。自分で開発した武器に負けるという恥を綺麗にラッピングしてね。
「楽しいわよ。あたしには戦う事しか出来ないんだからさぁ!」
「チッ、このバカ勇者が」
「ふんっ。あんたさぁ、バカ扱いするのはいいけどそもそも話してる余裕あんの?」
ミラの後方に落とした雷の魔法剣が爆発した瞬間、あたしは詰みの状況を作り出そうとしていた。
「っ……!?」
不味いと思ったのか上空に逃げたミラだが、そこは回避先としてあたしが予想していた位置の一つだった。だからリーテン・デューダが二つミラの首を前後から狙い、魔法剣は三本上空で彼に刃を向けたまま待機してある。
前後に動けばリーテン・デューダに首を。上下左右に動けば魔法剣に切り裂かれるか雷の爆風に巻き込まれる。そんな詰みの状況。
それを一瞬で察したミラは、動きを止め自身を包み込むような丸い防御魔法で守りを固める。
ミラレベルの防御魔法ならリーテン・デューダの刃は通らないだろう。魔法剣ですら創り出すのに時間のかかる特別なものでなければ防がれる。
だがあたしにはミラなんてどうということはないほどの火力がある。それも二つ。
「あたしを前に足を止めるなんてバカはお前ね!」
「くっ……」
逃げた彼を追ったあたしは思いっきりヴィクトリアスを振り下ろす。魔力を全開まで込めて。
だが手応えはなかった。
「大振り過ぎた!」
本来目の前にいたはずのミラの声が背後からあたしに届く。防御は無理と判断しての転移魔法だろう。
これで勝負はついた。
「ぐあぁっ!」
地面へと叩き落とされたミラは結界を壊しながら派手に吹き飛んでいく。あたしの周囲には砕けた防御魔法の破片があり、それらは輝きながらゆっくりと落ちていった。
「全部読み通りよ。どう? ヴィクトリアスのこの機動力。流石に初見じゃ対応出来なかったようね」
地に足をつけ結界の奥を見るが、ミラからの返事はない。流石の彼も直撃をもらってすぐに何か言う余裕はないのだろう。気分がいい。
今あたしがやったのは飛行魔法とヴィクトリアスの性能を限界まで活かし、生物としてはありえない速度と挙動で背後に回り込み返した、というシンプルなものだ。
ヴィクトリアスを上から振り下ろした勢いで身体を一回転させ、そのままミラの下を通り背後に回り込んだだけ。
大振りだったのは空振りしても勢いを殺さず動き回るためであり、別にカバー出来ない隙なんかではない。
元々ヴィクトリアスの力はとてもわかりやすいもので、魔力を注げば注ぐほど強化されるというもの。そして他の剣とは違い振り下ろす速度も強化される。これはおそらく刃の小さな穴が魔力のブースターとなっているのだろう。
先程の本来ではありえない挙動を実現していたのもこの魔力ブースターの力だ。
これがなによりも大きく、ただでさえ機動力に自信のあるあたしが持てば、いつでも神速の一撃を打てるという恐ろしいものにしている。
まぁ魔力消費という重大な欠点も抱えているけど。
加えて剣が勝手に加速するのだから常に姿勢制御という点でも問題を抱えている。一歩間違えれば先程の一撃は外れてあたしが壁や地面に激突していただろう。
だが扱いが難しいだけでここは長所だ。あたしは身体を上手く回転させて蹴りを交える事で動きの幅を増やしているのだから。そこにリーテン・デューダや魔法剣も加わるのだから、素人には隙がないように見えるだろう。
「ふふっ、流石に回復時間かかっちゃう? あたしが治してあげよっか?」
いつまでも出てこないミラにあたしはつい笑ってしまった。戦闘以外を知らないあたしにとっては戦闘が娯楽でもある。気に入らない存在を虐めるのは楽しいからね。
勿論実力が拮抗している相手とのやり取りも楽しい。まぁ、くだらない重荷があれば話は変わるが。
そんな事を考えながらあたしはリーテン・デューダを一度回収し魔力を送っていた。
「クソっ、なんつー動きだこの魔力お化け」
「ふっ、どう? 降参する? 敗者は勝者の言う事を聞くルール、今回もあるの忘れてないでしょうね」
吹き飛ばしただけで修練場の頑丈な結界をいくつも壊すヴィクトリアスは、もはやこの時代の武器とは言えないだろう。単純な力比べなら聖剣すら超えているかもしれない。
「それならこちらからも聞こう。降参する気はないな? 次に俺が勝てばどんな命令をお前にすればいい?」
ミラが結界内へ戻ると結界は修復されていく。彼の部下達は自分達のボスがやられて自信のある結界も壊され非常に動揺していた。
だがやはりミラからすればこの程度傷にすらならない。特殊な炎魔法で傷を瞬時に回復出来る彼は腕を斬り落とされようと簡単に治せるのだから。
「ハッ、ボロボロで何言ってるのよ。次は魔導砲で追撃するからね」
「やってみろ」
ミラのその言葉を合図にあたし達は再び剣を交える。だが誰が見ても優勢なのはヴィクトリアスを持つあたしだろう。
「クッ、本当によく扱いこなすな。リーテン・デューダをここまで制御するとは」
「ベルの方が何倍も上手いけどね。それよりまた話してていいの?」
現在ミラの周囲にはリーテン・デューダが六基飛び交っている。その全てが急所を狙っているのだからミラは小物への警戒を常にしなければならない。
そんな状況で魔法剣と本命である神速の一撃を対処しなければいけないのだから、彼には小さな切り傷が増えていく。
「ほらぁ、そこっ!」
あたしは回し蹴りで体勢を崩したミラの右腕を勢いそのままに斬り上げる。剣を持つ手を失った彼は咄嗟にその場を爆発させて距離をとる。
だがそれもヴィクトリアスには悪手だった。
「あーあ、開発者のくせにヴィクトリアスから離れちゃった」
あたしがそう言うとヴィクトリアスの先端は形を変え大剣内部の砲身が姿を表す。
これが可動式魔導大剣ヴィクトリアスのもう一つの姿。射撃形態である。
元々この武器はミラが一つの武器で全距離対応出来るようにするために開発を始めたもので、その中には彼の欠点を補う為の力もあると聞いた。勇者の魔導砲を参考に生み出された中遠距離の切り札だとか。
「終わりよ」
あたしがそう呟くと砲身から桃色の魔力が轟音と共にミラへ向けて照射される。
転移で避けられる可能性は考慮したが、照射を終えた頃には余計な心配だったと気づく。
「はぁはぁ……ぐっ……」
仰向けで倒れ肩で息をするミラにあたしはゆっくりと近づき見下ろす。今のあたしは自分でも分かるくらい勝ち誇り喜んでいる。
「どうよ、あたしとヴィクトリアスの強さは。近距離より遠距離の方が怖いでしょ」
「見事なものだ……その戦闘センスと魔力量、俺よりも相性がいい」
「維持するだけでも膨大な魔力を使うのはどうにかして欲しいけどね。なんでもつけようとしたせいで魔力がないと斬れ味ゴミって剣としてどうなのよ」
ヴィクトリアスの不満を漏らしながらもあたしは近接形態を維持し続ける。周囲のリーテン・デューダと魔法剣も身を守るように展開したままだ。
「それは今後の課題だな。貴様の戦闘データでいずれ完成させるさ」
「あたしが勝ってあんたに愛想つかせる未来は見えてないわけ?」
「残念だが……」
この時点で確信した。
ああ、やっぱりまだ勝負は決まってないな、と。
「今回も勝つのは俺だ」
ミラがそう口にした瞬間彼の身体は大爆発を起こす。
事前に何かを察していたあたしは防御魔法で防ぎながら後退するが、それでも通常時よりは隙がある。そしてそんなあたしを狙う剣が振り下ろされた。
「よくこれも防いだな」
「あんたがくだらない策を残してるのは気づいてたからね!」
後方から現れたミラの一撃をギリギリ受け止めたヴィクトリアスは弾かれる。この時現れたミラは魔力の照射を浴びた後とは思えないほど傷のない姿となっていた。
「さっきのは分身……いや、本体だったと感じてるんだけど、それも本体なわけ?」
「どちらも本物さ。傷を治す対象が違っただけでな」
この言葉であたしは何が起きたのかを理解した。ハッキリ言って馬鹿げてる。
「……ふぅん、なるほどね。あんた相手に四肢を斬り落とすならもっと対策しないとダメか」
それこそ魔導砲で消し炭にするくらいに。
どうやらミラは斬られたはずの右腕に回復を集中させ本体として蘇ったようだ。あの瞬間爆風で右腕を吹き飛ばし、腕とは逆方向に距離をとったのは注意を逸らすためだろう。
あたしの魔力探知に引っかからなかった理由は気になるが、転移させてから回復させれば出来なくはない。まぁ脳と意識がどうなっていたのかという疑問は残るけど。
はぁ……相変わらず戦うのが上手いなこの男。それ以上に化け物かよあの身体。
そう感じながらもあたしは戦いを楽しんでいた。世界の命運も何も背負っていない単純な戦闘は全てが自己満足で片付く。おかげであの頃より気分がいい。
「魔力だけでなく服にも限りがあるんでな、そろそろ勝負がつくと助かるんだが」
「なら盛大な自爆は控えなさいよ。てか服はどこから持ってきたのよ」
「一瞬で着替えられる魔法だ。便利だろ?」
「興味ないわよっ!」
軽口を挟みながらも再びあたしはミラを追い詰めていった。リーテン・デューダや魔法剣を防御魔法や魔法弾で防ぐミラだったが、ヴィクトリアスを持つ本体の一撃を攻略出来ない以上彼の戦況は良くならない。
転移魔法も圧倒的手数の前では一時的な時間稼ぎにしかならず、武器に慣れたあたしにミラは更に追い詰められる。
「もう一度っ!」
「ぐっ……!」
体勢を崩したミラの左腕を斬り上げたあたしは、そのまま魔導砲を左腕に構える。その瞬間だった。
「なっ……!?」
どういうわけか一瞬で身体中の力が抜けたあたしは魔導砲を撃てず、そのままミラの左腕が地に落ちていった。
なんで……!? まだ魔力は残ってる。あたしの魔力量ならまだまだヴィクトリアスを扱える。それなのにっ……身体が魔力切れを起こしたように重いっ……!
「ったく、ようやくか。それがヴィクトリアス一番の欠点だよ」
気がついた時にはミラの声が背後から聞こえた。動かない身体の代わりにリーテン・デューダや魔法剣で迎撃しようとしたがそれらも動かない。それどころか魔法剣は消滅していた。
マズイ、このままじゃされる事は一つだ。そう感じた時には全てが手遅れだった。
「やめっ……!」
「終わりだエリカ」
「ああぁっ!」
抵抗も出来ずに吸血されてしまったあたしは、血を吸われながらも自分の身に何が起きたのかを探った。
もう負けはほぼ決まっているが、それでも悔しさから理由は知りたい。
「っ……あぁっ、クソっ……」
血と魔力に体力まで吸われ身体があの時と同じように脱力していく。その中で気づいた事がある。
あの時と違い何故か今回は胸の高鳴りを感じている。これはヴィクトリアスと出会えた事への喜びからではない。
あたしがこんな状況で無理矢理喜ばされる理由はただ一つ。
「ふっ、どうだ? 魅了されながら血を吸われる気分は。悪くないだろう?」
ミラの精神魔法である魅了だ。
「さいっ……あくっ……!」
魅了にかかると対象への強制的好意や興味により上手く攻撃する事が出来なくなる。精神力で乗り越え攻撃しようとしても、身体的能力や魔力に制限がかかってしまう。
きっと魅了のせいで身体を上手く動かせなくなり、ヴィクトリアスに大量の魔力を与えていたのもあって身体が重く感じたんだ。
そして魅了で扱える魔力量が減った状態では同時にリーテン・デューダや魔法剣までは扱えない。
「今回はこの辺で許してやろう。人前だしな」
あたしが何が起きたのかを理解した頃にはミラの吸血は終わり背中を押されていた。
倒れたあたしはどうにか振り返り彼を見上げると、彼の左腕は問題なく回復していて、それどころか最終的な傷はどこにもなかった。
その姿はあたしのプライドを酷く傷つける。こんなにあたしと相性のいい武器がありながら、かすり傷すら残せず負けるなんて……と。
「もう理解しているかと思うが、ヴィクトリアスには欠点が多い。魔力消費が激しい以上、魔力を使った他の行動が疎かになる。今回で言えば精神防御だな」
「だまれ……わかってる」
あたしの精神耐性は元々高い。だから低レベルな精神に影響を与える魔法なら魔力が無くともどうということはない。だがこの男レベルでは魔力を使った精神防御が必要になる。
それどころか精神魔法はいつどんな時にかけられるのか分からない。だから常に少量の魔力を精神防御に使っていたのだが、三つの武器と魔導砲を同時に扱った事で精神にまで魔力が巡らなくなったのだろう。
初歩的なミスだ。
「そこまで魔力の消費先を増やすのには苦労したがな。何故貴様はヴィクトリアス、リーテン・デューダ、魔法剣の三つを精神防御と同時に扱い身体を動かせる。自爆対策の防御魔法も常時展開していただろ」
「知るか……」
敗北したあたしは不貞腐れたようにミラから目を逸らし会話を拒むが、彼はお構いなしで続ける。
このクソ吸血鬼。黙ってろ。こっちは今お前の上機嫌な声なんて聞きたくない。
「本来なら自爆時に防御魔法を強化するからそこで精神防御は消えると読んでいたんだがな。あの時出来たのは種を植える事だけだった」
「……魔導砲を使ってなくともいずれ魅了の花は咲いていた。とでも言いたいわけ?」
「どうだろうな。貴様が魔力切れになれば勝手に咲き堕ちただろうさ」
この時あたしは痛感した。魔導大剣ヴィクトリアスはあたしにとってかなり相性のいい武器ではあるが、この男とは相性が悪いと。
次に戦う時までに対策を煮詰めなければまた小細工に翻弄されると。
なにより……!
「ねぇ……そろそろこれ解きなさいよっ……!」
「ん? ああ、その魅了か?」
「当たり前よっ……!」
こんな無駄に胸がドキドキしておかしくなる状態にされるのはもうごめんだ。
こいつ絶対わざと解かないでいるんだから、本当にタチが悪い。
「だが勝ったのは俺だからな。解いてくださいと言えたら解いてやる。どうだ、屈辱的だろう?」
「っ……このクソ吸血鬼っ!」
調子に乗るミラにイラつきながらもあたしの心は彼に触れられる事や吸血を望み始める。
マズイ、流石に魔力を吸われた後にこれ以上は耐えられない。そう感じた時こちらへ向かってくる女性と目が合った。
「全く、本当にミラ君は趣味が悪いんだから」
「趣味が悪過ぎて友達いないんですよこれ。部下からの人望もありませんし」
ヘリダとベルは結界内に入りあたしとミラの間を塞ぐように立った。
そして結界を構成している部下から返事が届く。
「ベルさーん、人望はあります。たまに呆れる部分があるだけですー」
「よかったですね、優しい部下で。手癖の悪さは擁護してもらえないようですが」
「なんだ急に。俺が一番楽しみにしていた時間を邪魔する気か」
二人に阻まれたミラは少し目を細くして機嫌が悪そうだ。
一番楽しみってそんなに勝負後の嫌がらせが好きなのかこのクソ吸血鬼は。性格終わってる。
そう思いながらもあたしの中からミラの怪しい魔力が消えていくのを感じる。二人が現れてまで続ける気はないという事だろう。
「邪魔も何も、エリちゃんはもうフィアナスタの子なの……理解してますよね? ダチュラ伯爵?」
ダチュラ伯爵と聞くのは少し新鮮だ。
ミラージュ・ダチュラ。戦闘能力も認めたくないがあたし以上でカリスマ性も何もかもを持ち合わせている。だから部下は軽口を叩きながらも皆口が硬くついてくる。ベルもそうだろう。
それでいて料理も出来て貴族で、そんなに色々持ってるなら戦闘能力くらいあたしに譲れよ。
そう考えながらあたしはミラを見つめていた。
「伯爵が公爵家の女の子を魅了で弄んだなんて情報が漏れたらミラ様どうなるんでしょう。五年間ゆっくりと時間をかけて回復してきた吸血鬼の信用がまた地に落ちますね」
「脅しのつもりか貴様ら。俺とこいつは対等な剣士として優劣をつけていたに過ぎんぞ」
「ふぅん、エリちゃんからしたらどうなの?」
ヘリダに尋ねられたあたしは精神魔法で剣士の勝負がつくのかよ、なんて言おうと思ったが弱い奴に落ちたくないからやめた。
本当に強い剣士ならどんな誘惑にも屈しないメンタルを持ち合わせているのが理想だ。
それに殺し合いの場では卑怯も何もない。これが敵同士での勝負ならあたしは死んでいた。
だから情けないが、二人にこれ以上守ってもらう気はない。
「……ママもベルもありがと。でも、これ以上あたし達の勝負に手出ししないで。負けたのは……あたしだから……」
疲れきった身体をどうにか起こしながらあたしは口にした。そして続ける。自らの意志を示すために。
「それに次は絶対に勝ってやる。あんたの搦手も何もかも潰した上で力でねじ伏せる」
「フッ、カッコつけてるところ悪いが、貴様は俺の言う事を聞かなければいけない立場なのを忘れてないか? いくら自信があっても少しは己の身を大事にしたらどうだ」
勿論忘れてなどいない。あたしはミラの今後に付き合うつもりだ。そもそもお金を稼がないとミラの家にはいづらいし、危険な仕事だろうとドンと来いだ。
「星域巡りには絶対付き合うわよ。どんな魔物退治でもなんだってやるわ」
「はぁ……エリちゃんぴゅわぴゅわすぎて今後が心配かも」
「私もたまにエリカ様が心配になります」
別にコチラは問題ない。その意志を示したつもりだったが、三人全員に呆れられてしまった。
どうも話が噛み合ってない気がする。
「バカ勇者が。それは前回ので確定している。今回はそうだな……人前だし控えめなものにしておくか。今後貴様は目上の者への言葉使いに気をつけろ」
「……え、どういう事?」
「簡単だ。俺の事はちゃんと俺の名で呼べ。他の貴族に対しても相応の呼び方が出来るように学べ。言っておくが平民の貴様が雑に呼べる存在ではないからな俺は」
ミラの呆れた表情からの上から目線は気に入らないが言っている意味は理解した。確かに貴族を気軽に呼んではいけないような。
いや、でも一応今のあたし貴族の娘では?
「あらあら、言っておくけど今のエリちゃんはもう貴族よ?」
あたしの疑問は義母が代わりに言葉にしてくれた。だがミラは呆れたような見下した表情を変えない。
「こいつのどこに貴族としての礼節がある。パーティーにでも呼ばれたら絶対荒れるぞ」
「それは……大丈夫よ、呼ばれても私が断り続けるわ」
「それで貴族の肩書きを借りるのどうかと思うがな。まぁそういうわけだバカ勇者。今後ゼラとして生きるなら少しは話し方に気をつけろ。この俺を気安くあんただのクソ吸血鬼だの呼ぶとこの国では目立つ」
ミラの言葉にヘリダが目を逸らした時点であたしは察した。あっ、やっぱりあたしにそっちの世界は無理か。
そして彼の言葉も納得して受け入れざるを得ない。
フィアナスタの加護を明確に受けたければそれ相応の立ち振る舞いを覚えろ。という事だろう。
「……分かったわよミラ」
「エリカ様それでも目立ちそうです」
「じゃあどうしろっていうのよ」
馴れ馴れしかったせいかベルに突っ込まれてしまったが、これ以上はどうしようもない気がする。
ミラ伯爵様? 蕁麻疹が出て無理。
「ハハっ、ミラでいい。やはり貴様に堅苦しいのは似合わないな」
「悪かったわねそういうの苦手で」
「バカ勇者なエリカらしいよ」
ミラのその言い方に不満がないわけではなかった。だがどういうわけかあたしは拒む気にもなれなかった。
ずるい奴。そう思っていた時だった。
「ん?」
こちらに走ってくる音が聞こえあたし達は全員そちらを見る。するともう一人の観戦者がこちらへと向かっていた。
「ずるいよ皆して立ち話して! 俺だけ蚊帳の外かよ!?」
「すまん忘れてた」
ごめんあたしも。心の中で一応メリアに謝っておく。
そして被害にあったメリアは悪びれる様子もなく謝るミラに言葉をぶつける。
「誘ってきたのミラさんだからね!? めちゃくちゃいいもの見れたのに色々と台無しだよミラさんのせいで」
「なら分かるだろ。ゼラと本気でやりあっていれば周りを気にする余裕が残らない事くらい」
「分かるけどさ、なんて言うか……あっ、なんならゼラって勇者様だよね? あのかっけー魔法剣エリカさんのと同じやつだよね!?」
会話相手が急にあたしへと変わりこちらは困惑する。汚らわしい魔法剣をかっこいいと口にするのも困惑する要素の一つだ。
「……そうだけど」
「うおっ、すっげぇ! やっぱあのエリカさんだったんだ! 髪どうしたの? イメチェン? かなり似合ってるぜ。にしてもあのエリカさんの兄かぁってあれ、エリカさんって俺より年上だよね? 同い年って事で大丈夫なの? てかその武器何? 超クール! ミラさん俺もこれ使いたいけどまだある?」
メリアのマシンガントークを前にあたしはとても追い詰められた。ここまであたしを追い詰められる存在はそういない。
「落ち着きなさいメリア」
「落ち着けメリア」
何から言えばいいのだろう……そうなっていたあたしを助けるためかヘリダとミラの二人が割って入ってくれた。
「あっ、ごめんよ」
「女性の表情を見ながら話せないのはまだ若い証拠ですね、メリア様」
「仕方ないじゃんか、だってあのエリカさんと会えるなんて思わないじゃん。フィアナスタの救世主と出会えて、しかもこれから一緒に暮らすんだろ? 喜ばない方がおかしいって」
メリアの言葉にある意味あたしは更に追い詰められる。
救世主? あたしのどこが。しかもこれから一緒に暮らす? フィアナスタの家では暮らさなくてもいいとかパパが言ってなかったけ?
「はぁ……メリアのせいでバカ勇者が更に混乱したな。面倒だが一つ一つ説明してやるか」
「ならその役目は私のものね。自己肯定感の低いエリちゃんに私達の気持ちを伝えるのはミラ君やメリアには無理だもの」
そう言いヘリダは一歩あたしに近づいた。
「いい? エリちゃんからしたらそうでもない一つの出来事かもしれないけれど、ここにいる全員、ミラ君の部下も皆貴女に救われて今を生きてるの。それだけあの吸血鬼の反乱を止めた功績は大きいのよ。ミラ君一人じゃ火力不足なのは私よりもエリちゃんの方が理解してるでしょ?」
「まぁ」
それはその通りだ。単純な火力勝負や殲滅力なら明らかにミラよりあたしの方が上だ。
「そう。だからこの面倒な吸血鬼も貴女には心の底から感謝してるのよ。ヴィクトリアスがエリちゃんとあんなに相性いいのはどうしてかしらね」
「えっ……もしかしてミラ」
彼女の言葉であたしはミラの方を向くが、彼は目を合わさずに口を開く。
「残念だがそれは夫人の誤解だ。たまたまだよ」
あたしの戦闘スタイルを知っている彼ならそれに合わせた武器を作る事も可能だろう。そう感じたが彼は否定した。
「ね? めんどくさいでしょ。だからねエリちゃん。貴女が何を言われどんな扱いを受けようと、貴女に救われた私達は貴女を救いたいと思っているわ」
「そうそう。俺がエリカさんに出来る事とかほぼなさそうだけど、なんでも言ってくれよ」
「ふふっ、少し傲慢な言い方だったかしら。ごめんなさいね。でもこの言葉は本物よ。だからいつでも頼ってね」
ヘリダとメリア、今日出会ったばかりの二人の言葉のくせに、何故かあたしの心は揺らいだ。
その正体が分からずあたしは返す言葉が思い浮かばない。
「…………」
「……今日は一度ここでお開きにするか。疲れてる時に熱心な信者の相手するのも無理だろう」
「いやいや、専用武器開発するようなミラさんの方が信者じゃない!?」
「あれは俺用で開発してたものだぞ。親子揃って不快な勘違いはやめろ」
「本当にめんどくさい男ねミラ君は」
何を言えばいいのだろう。何を頼ればいいのだろう。
あたしはそんなふうに考えながら三人を見つめていた。
分からないんだ。本当に分からない。
村を出てからこんなふうに認められる事がなかったから分からない。あたしを認めた人でもパーティメンバーは裏切ったから全員対象外だ。
そう考えるとフィアナスタの人達はミラに続いて二番目にあたしを認めてくれた存在となる。でもどう関わればいいのだろう。
「めんどくさいのは貴様ら親子だ。さっさと送るぞ」
「はーい、じゃあねエリちゃん」
「またなエリカさん」
ミラに触れられた二人は彼と一緒に転移した。帰宅にも便利な力だと本当に感じさせられる。
そして一瞬で戻ってきたミラが予想外の言葉を口にする。
「そんな泣きそうな顔をするな」
「えっ」
「うるさい連中ではあるが居心地が悪かったわけではないだろ? 俺達も帰るぞ」
そう言いミラはあたしとベルに触れ転移魔法を唱える。
気がついた時にはミラの家で彼はあたし達に背を向けていた。
「今日はもう休みましょう、エリカ様」
「あっ、うん。そうする。かなり魔力持ってかれたし、ついでに血も」
深く考えずに今日起きた事を口にすると、何故かベルは普段より色っぽい表情を見せる。そして言いにくそうにしながらも彼女は口を開いた。
「その件なんですがエリカ様……」
「どしたの?」
「よろしければですが、私めにも血を飲ませて頂けませんか……?」
ベルの言葉を聞いてあたしは思い出した。彼女も吸血鬼であり、ミラ曰くあたしの血は美味しいとかなんとか。
上司が目の前で美味しそうに飲んでるところを見た後なのだから、自分も欲しくなるのは当たり前かもしれない。ただ今のあたしは貧血気味で……。
「あー……ベルにはお世話になってるしそれくらい構わないんだけど、今はちょっと……」
「申し訳ありません我慢出来そうにないんです。本当に少しでいいですから」
「ぅぅ……分かったわよ、少しだけね」
可愛いベルのゴリ押しが強力な点と、自分が押しに弱い点が重なりあたしは屈した。
そして右手首を差し出した瞬間にベルは食いつきあたしの血を大量に吸い始める。少しだけと言った彼女だがその吸い方はかなり激しい。
「ちょ、吸いすぎだって……」
あたしの声が聞こえていないのか彼女はペースを変えずに吸い続ける。
あっ、どうしよ。視界がぼんやりしてきた。
「ベルさんん!? もうエリカさんの顔真っ青っスよ!? 暴走し過ぎっス!」
あたしが最後に見た光景は凄い勢いで近づいて来る吸血鬼の子と必死に吸うベルだ。その光景が横になっていくのをうっすらと目にしながらあたしは意識を手放した。
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