二章 公爵家
初めて星域と呼ばれる遺跡を見てから約一週間。あたしの日常はとても落ち着いた日々が続いていた。
少し前まで魔族と殺し合い人間に蔑まれる日々を送ってきたとは思えないほどに。
あたしの死から五年が経っている今の世界だが、あたしからすれば魔王を殺してから二ヶ月も経っていない。だからか少し落ち着かない……というわけでもなく。
「おいエリカ、今入って大丈夫か?」
半分意識を失いかけていたあたしはミラの声と扉を叩く音で目を覚ます。ベルのマッサージで完全にリラックスしていたせいかすぐには声が出ない。
「現在エリカ様は全身マッサージ中です。勇者とは思えないいやらしい身体を見たければどうぞ」
「そういう言い方はやめろ。終わったら俺の部屋まで来てくれ。そろそろ新しい身分証を作れそうだ」
それだけ言い残すとミラは扉の前から去った。
そっか、もうあたしの新しい名前が出来上がるんだ。そう思うと新しい人生というものを強く実感する。
流石に勇者時代と同じ名前で生きていく事は難しいため、新たな名と共に身分証を偽造する事となった。勿論あたしにはその辺の知識など全くないためミラに全投げだ。
後でちゃんと感謝しておかないと。そう思いながらもあたしは先に目の前の問題に目を向ける。
「ねぇ、ベル」
「なんでしょうか」
うつ伏せのあたしがベルを見つめると、彼女はマッサージを続けながら見つめ返してきた。
ああ、そこ気持ちいい。最高。あたしと見つめ合いながらでも的確にツボを押してくる彼女の腕は本物だ。でも……!
「毎日こんなにマッサージしてくれるのは嬉しいし助かってるんだけどさ、ミラにあんな言い方するのはやめない?」
いやらしいとかどうとか、そういう言葉を選んでミラに伝えられるのはちょっと恥ずかしい。
ここ一週間ベルと過ごして感じたが、彼女はおそらくそういう事に対して抵抗があまりない。年齢=彼氏いない歴のあたしにはちょっと刺激が強いのに。
「ですが事実ですよ。エリカ様はスタイルのいい私から見ても羨ましいと感じるほど胸が大きいですし、きっとミラ様も一発で堕とせます」
「別にあたしはミラをそういう目で見てないからね? それにあたしは戦闘の邪魔になる脂肪は削ぎ落としたいわ」
普段から真顔でほとんど表情を変えないベルの言葉は、どこからどこまでが冗談か分かりにくい。おかげであたしは勢いで否定してしまった。少しらしくない。
「それ年頃の同性の前で口にしたら殺されますよ。恋する乙女が集まるお茶会とか」
「あたしがそんな集まりに行く事ないでしょ」
「どうでしょうね」
この時のあたしは深く考えずにベルの技量を堪能していた。だが後になって思う。
彼女は既に知っていたのだろうなと。
--------
「はぁっ!? なんであたしが公爵家の養子!?」
「身分証の偽造がその方が楽だからだ」
「いやいやいや、あんたがあたしのこと養うんじゃなかったの!? 絶対に嫌よ知らない貴族の家なんて!」
ミラの部屋に入り話を聞いたあたしは戸惑い混乱した。この時は自覚しなかったが、あまりにも情けない発言をしている。
そしてそれを聞いたミラの反応は分かりやすく呆れたものだった。
「……おいベル。お前一週間で牙を抜き過ぎだろ。再開した時のこいつは俺についてくる事を心底嫌がっていたぞ」
「私はただもてなしただけです。あと肩こりからも解放してさしあげました」
「まぁこりそうだもんなこいつ。ともかく、相手は信用出来て権力のある人間だ。受け入れてもらえないか?」
突然の話から訪れる平穏の崩壊があたしの心を悩ませる。現状に満足しているあたしとしては、変に住居を変え人間関係を新しく持ちたくないのだ。
「……それって命令?」
「いや、お願いだ」
「なら断るって言いたいけど……ああ、もうっ! なんで勝者のくせにそんな弱腰なのよあんたはっ! そういうとこが気に入らないのよっ!」
勝者なら分かりやすく従えと言えばいい。そう言われればよほどのことでもない限りは従うつもりだった。自分が勝てるようになるまでは。
「だからと言って強要していれば貴様は上から目線でウザイと言うだろ」
「ぎくっ……」
実際その通りだと感じたあたしは口を閉じる。
「最初は戦いから始まった関係だが、俺はエリカと対等でいたい。だから貴様が拒むなら無理強いはせんさ」
そう言われあたしは小さな罪悪感を覚える。
あれっ……あたし達って対等かな。
「…………」
高級な三食に質のいいベッドと服。スカートは慣れないけどベルとミラに似合うと褒められるのは悪い気はしない。
ミラの指示だとは思うが、彼の部下も気さくに声を掛け容姿を褒めてくれる。おかげで最近実はあたしって美人? と自意識過剰になれるくらいだ。自己肯定感爆上がりである。
しかも身体動かしたいと言えば頑丈な結界を何重にも張っている広い地下室を提供してくれる。そこでは重力魔法で何倍もの負荷を身体にかけられるオプションつきだ。
更に運動後は身体作りに必要な食材を使った料理やドリンクを出してもらい、ベルのマッサージで疲労は残らない。
「………………」
なんだこれ……至れり尽くせりってレベルじゃないぞ。勇者時代の重く苦しいだけの毎日と違い、今は一日一日が充実しあたしの成長を促している。
そこにかかる費用がとんでもない額になる事はバカなあたしでも察してしまう。
高価で栄養豊富な食材費。毎日丁寧に家事全般をする部下への人件費。高価でオシャレな衣類代。地下室での強力な結界を維持するための優秀な部下への人件費。同じく重力魔法使用者への人件費。
なによりあたしの身の回り全てを世話してくれる最強メイドベルへの人件費。
当たり前だが優秀な人間にはそれ相応の支払いをしなければいけない。そう考えれば高レベルな結界魔法と重力魔法は価値が高すぎる。ベルのマッサージだってそれに当てはまる。
「……………………」
「おいエリカ、大丈夫か? そんなに顔色悪くするなら流石に別の手段を探すぞ」
今の自分が如何に恵まれているかを理解したあたしは、何もしていない事への漠然とした不安に包まれる。おかげで瞬きは止まらない。
もっともミラからすればあたしは、星域への鍵となる仕事を果たしているため不満のない生活など当然の報酬でしかない。だがそれに気がつかないこの時のあたしは先走り進んでしまう。
「……やる」
「ん、なんて言った?」
「養子でもなんでもやる。あたしに出来る事ならどんな仕事でもやるわ」
これはミラと対等でないと感じてしまったが故の決意だった。だがこの選択が人生に新しい希望を咲かせる事をあたしはまだ知らない。
--------
養父母への挨拶に行く日が決まり、それからあたしは今日まで少し憂鬱になっていた。
そして現在あたしはミラと共に高級そうなソファに座り養父母と向き合っている。
「はじめまして、アリエル・フィアナスタです。本当はもっと長いのだけれど、面倒だから省略させてもらうよ」
最初に名乗ったのは義父となる男性で銀髪碧眼の温厚そうな人だった。
「ふふっはじめまして。私はヘリダ・フィアナスタ。よろしくね」
次に名乗ったのは義母となる女性でクリーム色の長髪が目を引く。夫より薄い色の碧眼も美しく美男美女の夫婦と言ったところだ。
それでいて笑顔を絶やさずとても丁寧な挨拶をするものだから、こういった場に慣れていないあたしにはちょっとしたプレッシャーが押しかかる。
「は、はじめまして、エリカで――いだぁっ! ちょっ、何すんのよバカっ!」
普段の素っ気ない態度ではなく、少しでもミラに迷惑をかけないようにと丁寧な挨拶をした結果、あたしはミラに頭を叩かれる。
「バカは貴様だ! 家を出る前はあれだけ言えた新しい名で何故名乗れない!?」
「あっ……」
ミラの言葉で理性を取り戻したあたしの心拍数は一気に跳ね上がる。
えっ、どうすんのこれ。
「ふふふっ。そう、本当はエリカちゃんというのね。パラヴィアを救ってくれた勇者様と同じ名前ね」
「えっ……あっ……いや、別人です……」
笑顔を絶やさないヘリダだが、時折見せる細い目があたしを追い詰める。
ちょ、なにこの見透かされてる感じ。
「そうなの? あの子と同じ赤い瞳がどうも被るのよね。それに偽名が必要な立場ってのも怪しいわ。どうなのかしら? ミラくん」
「俺は知らん。俺は双方の求めるものを用意しただけだ」
あたしなら絶対に態度でバレていたであろう問いかけがミラへと飛んでいった。よ、よかった……一旦セーフだ。
「ふふっ、まぁそうね。それにしても女の子に暴力はいけませんよ?」
「こいつはそういう気の使い方をすると怒るぞ。自分を舐めるなと。そうだろエリカ」
「当たり前よ。なんであたしが弱い男に気を使われなきゃいけないの。見下されてるみたいで腹立つのよあれ」
「ほらな」
女だからこう、女にはこう。悪いがあたしはその手のやつが好きじゃない。
女神に選ばれた勇者が男だったら、女だから今回はハズレだ。など、そういう事を口にしていた連中を力と実績で黙らせるのは気持ちよかった。二度と関わりたくはないけど。
「あら、ますます勇者様みたいね」
「ぎぐぅっ!」
「もうダメだなこりゃ。手遅れだ」
他人事のように呟くミラにあたしは焦りながらも怒りを覚えていた。バレそうな話題をあたしに振ったのはあんたじゃないのっ!
「ふふふっ、以前より可愛いじゃない」
「憑き物が落ちたのはいいが、ここまでポンコツになるか普通」
「ぽ、ポンコツってなによ!? あたしにはあんたにない火力があるんですけど!」
「戦闘面に関しては何も言っていない。俺が言っているのは他全てだ」
「どちらにせよムカつくわ! そんなに言うならここで黙らせてやる!」
腕を組んだまま目を逸らし語るミラにあたしは我慢出来ず、いつもの魔法剣を生み出してしまう。勇者エリカ特有の赤黒い炎の魔法剣をだ。
「……おい、自らその魔法剣で答え合わせしてどうする。このバカ勇者」
「……あっ」
呆れたミラのツッコミによりあたしの顔はこれ以上ないほど青くなっただろう。これならその辺の魔物をシバいている方が何倍も気が楽だ。
「全く、君は相変わらずお気に入りには意地悪な男だね」
「いや俺は今回何もしてないぞ。こいつが緊張して自爆しただけだ」
「まぁ、そうだね……」
義父となるアリエルはあたしから一度目を逸らす。その気まずい気使いが少し辛い。
「ゴホン、こんな形で隠せなくなってしまったが、我々は君が勇者様だという事は察していたんだ。ヘリダとミラがすまないね」
「えっ……それならなんであたしを養子に」
アリエルの言葉に当然あたしは疑問をぶつける。
人間嫌いで人間から好かれる自分をイメージ出来ないあたしは、パラヴィアは別というミラの言葉を信じていない。
「君には以前国と長女が救われたからね。娘が尊敬し愛していた君に今度は我々が手を貸したい。私としてはそんなところだよ」
「…………」
アリエルから告げられた言葉はあたしの価値観を狂わせる。
「勇者だという過去を知られて嫌になったかもしれないが、君さえよければ形だけでいいからフィアナスタ家に来て欲しい。勿論無理に我が家で暮らす必要はないし、こちらから君の力に頼るような事はしないと約束する」
なんであたしにこんな気を使うんだ。あたしの魔法を見て怖くないのか。
あたしの悪評を聞いても尚こうして手を差し伸べているのか。
そんな疑問があたしの頭を駆け巡る。
「安心しろアリエル。どうせこいつは力を見せたがるから危険な仕事をやりたがるぞ」
「私は君と親友だと思っているが、今は黙っていて欲しいな」
「悪かったな」
「…………」
分からない。
悪意は感じられないし利用する気もないようだ。けど、だからこそ分からない。
いくら恩があったとしても、あたしは何かのついでに助けただけ。そんな他人に無償で手を差し伸べるなんておかしい。
そう感じよく分からない感情が心を覆っていた時だった。扉を勢いよく開く音が聞こえあたしは振り向く。
「おっ、その子が養子で来る女の子? かなり可愛いじゃんか、名前は?」
あたしと目が合った青年は、ヘリダによく似たクリーム色の髪と薄い碧眼を輝かせてあたしの元へと近づいてくる。
「メリア、今日は私達だけで話すと伝えておいただろう。部屋に戻りなさい」
「いいじゃんかよ。俺としては同い年で血の繋がってない妹に興味があるんだから」
どうやら彼はあたしの義兄となる人物のようだ。申し訳ないが第一印象はちょっと苦手なタイプ。
「婚約者が聞いたら泣くぞメリア。少しは言い方を考えろ」
「ミラさんってば堅いなぁ。どうせあっちは俺を男と見てねーよ、政略結婚なんだから」
「政略結婚だと? 私もヘリダも嫌なら受け入れる必要はないと伝えたはずだが?」
ミラのツッコミに反応したメリアにアリエルが怪訝そうな顔を見せる。こういうアウェイで置いてきぼりにされる感じは好きじゃない。
まぁ仕方がないけど。そう考えた瞬間にあたしの手が引っ張られる。
「じゃあこの子が俺に惚れたら婚約破棄させてもらおっかな。おっ、やっぱ近くで見るとめっちゃ可愛い!」
突然抱き寄せられ見上げたあたしはメリアと目が合う。彼の顔は控えめに言ってもかなり良い。それでいて立ち振る舞いが女慣れしているのだから、正直どう相手にしていいか分からない。
赤の他人で酒場や路地裏ならやり返せるのに。
「相変わらず軽いぞ貴様。女遊びはほどほどにしておけ」
「仕方ねーじゃんか、婚約者がいないと変なのが群がってくるんだよ。今だってレベッカがいてもあいつら汚い目で俺に近づいてくるんだぜ? 嫌でも女遊び上手くなるの俺は」
「力ある貴族の息子も大変だな。と言いたいが思わせぶりな貴様にも責任はあるぞ」
メリアはあたしの両手に被せるように両手を置きミラと話すため離れるタイミングがない。
話を聞く限りだとレベッカという女の子は防波堤目的で婚約されているようで、あたしの感想は簡潔なものだった。なにこいつ、女の敵?
そう感じるのと同時に権力欲しさで近づいてくる人間が多いメリアの苦労も理解出来る。だから一概にあたしから責める事は出来なかった。
「ゴホン。不躾な息子がすまないね。メリアには後でキツく言っておくから無礼を許して欲しい」
「いや、あたしは別に……」
義父となるアリエルに頭を大きく下げられるが、あたしとしては逆に困る。メリアの行為は迷惑ではあるが、そもそもあたしは偽名と身分証の偽造をお願いしてる立場なので強く言えない。まぁだからこそ下手に出るアリエルが理解し難いわけで。
そう考えていた時ミラが口を開く。
「言っておくがメリア、こいつはまだ養子として確定したわけじゃないぞ。養子として来て欲しいフィアナスタが交渉してた段階だ。だが交渉が上手くいかなくて微妙な状況でな。そんな時現れたのが……」
「えっ、俺?」
ミラの言葉がメリアの陽気な表情を変える。
「そうだ。フィアナスタに必要で貴重な人材にお前は今何をしている?」
「…………」
こいつ話盛ってメリアで遊んでるだろ。そう思いながらもあたしはメリアを見つめていた。
表情だけでも分かるが、手の甲に触れる彼の手汗が心情をよく表している。
「…………すんませんしたっ!」
勢いよく手を離したメリアは地に額をつけて謝罪する。流石のあたしも土下座する彼を見て同情したのかミラに突っ込みたくなった。
「別にあたしはそんなんじゃない。それにもう養子になるの決まってるし、こんな奴の虚言を信じてもいい事ないわよ」
「……えっ、そうなの?」
「そっ、あたしの名はエリ――いだっ!」
この辺で名乗っておこう。あたしがそう思った数秒後に足を踏まれる。
「偽名で名乗れ……!」
背後から小さく怒られたあたしは過ちと踏まれた理由に気がつく。
そんなあたし達のやり取りを正面から見ていた義父母は穏やかな笑みを浮かべていた。
「っ……えっと、ローダンセ・ゼラ・フィアナスタ。よろしく、メリア」
なんでこんなに長いのよ新しい名前。一言で名乗れるエリカの方が絶対名乗りやすいし、きっと今後も癖で出てくるわよ。
そんな不満を抱えながらもあたしは土下座していたメリアに手を差し出す。
「っ……おうっ、俺はメリア・フィアナスタだ。えっと、さっきの怒ってない?」
「怒ってはないけど相手は選んだ方がいいんじゃない」
「それ不快に感じた反応だよな……ごめんよ」
「気にしてない」
あたしの手を掴み立ち上がったメリアは流石に先程までの距離感ではなかった。
「ゼラよ、本当にいいんだね?」
「いいも何も最初からそのつもりだったし……えっと、これからよろしくお願いします」
この時あたしは一つド忘れしていた。経験上使う機会のない言葉だったから仕方ないのだが、ミラにポンコツと言われても仕方ない内容だ。
…………あれ、両親のことって皆なんて呼んでるの?
「こちらこそよろしく頼むよゼラ」
「ええ、よろしくね。ゼラちゃん」
義父母の言葉を受けながらもあたしは数秒間焦っていた。
どうしよ、早く呼ばないと不自然だ。でもなんて呼べば……貴族での両親の呼び方なんて知らないわよあたし。クソっ、事前に聞いておけばよかった。名前にさん付けとかもおかしそうだし、女の子が両親を呼ぶ時の…………あっ、あった。
「えと……うん、パパ……ママ……」
偶然思い出せた呼び方が両親を探す小さい子だったのがあたし最大の不幸だった。
あたしがその単語を使った瞬間場の空気が少し変わったように思う。
そんな状況にあたしは違和感を覚え、少しずつ不安が募っていく。馴れ馴れしかっただろうか、貴族としてはアウトな呼び方なのだろうか、と。
そんな時空気を壊したのは一人の吸血鬼だった。
「ぷっ……あははははっ! き、貴様がパパって……ウハハハハっ!」
「ちょっ、なにそんな笑ってるのよミラっ! 別に普通じゃない! 普通に呼んだだけよ!」
何がおかしいのかは分からないがあたしの体温は上がっていく。ミラの明らかにバカにしている笑いを耐えられないからだ。
「なら同い年のメリアに聞いてみろ。俺は貴様のイメージとはかけ離れていて面白かったぞ」
「おれぇ!? あっ、いや……俺は別にいいと思うけど……」
急に話題を振られたメリアは混乱しながらも無難に返した。
「……ほんとに? じゃあメリアも同じようにパパとママを呼ぶのよね?」
「ごめんそれは恥ずかしい」
「っ……」
仲間作りをしようとしたあたしだったが結局メリアには拒まれてしまう。その様子を見ていたミラは楽しそうに口を開いた。
「ほらな、少なくとも男なら恥ずかしい奴が大半だろ。女の事情は知らんが、ドライな貴様らしくはないな」
「まぁまぁミラちゃん。私はとても嬉しかったわぁ。呼び方なんて好きにすればいいのよ。可愛いから私は変えないで欲しいけど」
「そうだね、私としても変えないで欲しいな。こんな吸血鬼の言う事を気にする必要はない」
「で、でも二人だって最初驚いてなかった?」
義父母も最初は少し驚いていたように見えた。それがなんだか恥ずかしい。
「予想外ではあったからね。すぐに親と認められはしないだろうという先入観が原因でね」
「そうそう。だから可愛い娘にそう呼ばれるのはとても嬉しいのよ。長男も次男ももう呼んではくれないし」
「呼べねーよ! 俺だとマザコンに見えるじゃんか!」
話を振られたメリアは相変わらず声を張り上げ返すが、周りはそんな彼を弄ぶ。
あたしとしてはその状況がちょっとした救いだった。
「煩わしい異性に距離を置いて欲しければマザコンもいいんじゃないか? 思わせぶりな態度を見せるよりはマシだろ」
「俺のメンタルが持たねーから! 父さんも母さんもフィアナスタの次男がマザコンって噂になったら嫌だろ!?」
「私はむしろ嬉しいわ。子離れって難しいのよねぇ」
「私はあまり気にしないな。だからといってお前にパパと呼ばれても嬉しくはないが。あぁ、ゼラに呼ばれるのは嬉しいよ」
両親はメリアの願いを軽く流して自分の意見を口にした。その結果項垂れるメリアを見て軽く同情したが、それよりもあたしに呼ばれると嬉しいという言葉が気になった。
「くそぉ……味方がいねぇ……」
「日頃の行いだろ。さて、挨拶も終わったし今日はそろそろ帰らせてもらうか」
ミラはそう言うとあたしの首根っこを掴む。あたしは猫か。と言いたくなったが面倒になってきたあたしは心の中だけで突っ込んだ。
それにこの後はご褒美のような時間なのだから。
「少し早いんじゃないか? まだゆっくりしていっても構わないが」
「この後はこいつの武器選びだ。戦闘狂だからうるさいんだよ」
別に今日選ぶ必要もなかったが、身分証が手に入れば冒険者登録も出来る。そうすればあたしは一人である程度のお金を稼げるようになる。
だがこれまでのスタイルでは勇者エリカだと勘づかれる可能性がある。だからミラに新しい武器を色々と見せてもらう約束をしていたのだ。
勇者ではなくただのローダンセ・ゼラ・フィアナスタとしての武器をだ。
「あら、ならゼラちゃん専用のバトルドレスはもう作ったの? デザインは? まだならこの私がゼラちゃんの魅力を引き立てる衣装を考案するわ」
「そういえばしっかりとした専用のものはないな。デザインするのは構わんが、動きにくいのは嫌われるぞ」
「大丈夫よ。一度本気で戦うところを見せてくれれば最良の衣装をデザインしてあげる。コスト度外視のをね」
なんだかあたしが会話に入る前に新しい衣装まで作る流れになってしまっていた。これは喜ぶべきなのだろうか、それとも遠慮するべきなのだろうか。
良くも悪くも義母との関わりが少ないせいで判断しにくい。そう考えているとメリアが顔を覗き込んできた。
「なぁなぁ、ゼラってそんなに強いの? もしかして俺より?」
流石に自分ほどではないだろう。そんな雰囲気が彼から微かに感じ取れた。
これはまぁ仕方がない。男性の方が筋力がつきやすい分有利なのは事実なのだから。
だがあたしの真実を知っている二人は遠慮もなく肯定した。
「そうだね、メリアでは手も足も出ないだろう」
「貴様じゃ経験が違いすぎる。冒険者ランクを最低でもBくらいにはあげてからでなきゃ話にならん」
「いやいやいやっ! 流石にそれはおかしいって! Bランクが人間にとってどれだけ凄い事か分かってないでしょミラさん!」
驚愕したメリアはミラの言葉を必死に否定するが、残念な事にあたしやミラからすればBランク冒険者は中の下だ。何人いたところで魔王や聖剣のような特別な存在には逆らえないレベルでしかない。
「すまんな、上位魔族の俺にはAランクの何が凄いのか分からん」
「でたよミラさんの自慢! 五年前勇者様に救われてるくせに! 魔族のくせに勇者様に助けられるとか恥ずかしくないわけー?」
どうやらメリアもパラヴィアの民らしく過去のあたしを嫌悪していないようだが、こういう使われ方は複雑な気持ちになる。特にあたしはミラに勝てていないのだから。
「救われたのは認めるが俺はあいつに負けた事がないからな。現在二連勝中だ」
「ふぅん、さっきみたいな嘘でしょそれ。あの人があれから行方不明なの知ってるから。それにミラさん年下の女の子に勝ってるって自慢しても恥ずかしいだけだと思うけど」
残念な事に事実だしあたし達は本気の勝負に年齢なんて気にしない。だからあたしが恥ずかしくなるような会話はもうやめにして欲しい。
本気で悔しいのよ。戦う事しか取り柄がないのに、それですらミラに勝てないのは。
「あの勇者は特別だと認めているから年齢など関係ない。それよりもどうだメリア。本物の戦いを見てみたいと思わんか?」
「本物って。そりゃ見たいけどミラさんが本気出せる相手いるわけ?」
「見れば分かる。ゼラもいいな?」
背後のミラはあたしの首根っこを掴んだままそう口にした。これはどちらかと言えば強制的なお願いだ。
まぁ断る理由もないが、彼の中では義父母だけでなく義兄にも正体を知られてよくなったようだ。そう思うと少しミラに呆れた。
「……もうこれ半強制じゃん」
「不満か?」
「別に。後悔させてやるから」
「ならいい。では向かうぞ」
この際だから人前で敗北させてやるわ。使いたい新武器の候補は決まってるわけだし、五年前にはなかった新しい武器があれば前回より有利なのは間違いない。
そう思いながらあたしはミラの転移に身を託す。
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