一章 メイドさんとイメチェン
「早速だが貴様の身の回りの世話をする部下を紹介しよう。ベルだ」
「はじめまして、ベルフェゴール・リカインと申します。私でよろしければ是非身の回りのことはお任せ下さい」
「……待ってミラ。あたしそんなの頼んだ?」
彼の家に着いた瞬間あたしはメイドを紹介されていた。彼女は強い魔力を持った吸血鬼の女の子で、濃いピンクの長髪が似合う童顔だ。表情は硬いが笑えば可愛いのだろうな、なんて感じる。
そしてそんな彼女を見てあたしは申し訳なくも感じる。いや、ここまで可愛い子は勿体ないでしょ。
「頼まれてはいないが必要だろう? 裕福な隠居生活を送るにはな。護衛としてもメイドとしても優秀なベルがいれば美味いものを食ってダラけるだけの生活が送れるぞ」
「あたしまだ若いのに隠居生活とかいう言葉使う?」
「勇者時代と変わらない顔と髪型で表を歩くつもりか? いくら髪色が変わっても気づく奴は出てくるぞ」
まぁそれもそうか。そう感じながらもある違和感を覚える。
ん? 髪色?
「ちょっと待って、手鏡ない?」
「どうぞ」
ミラよりも素早い動作で手鏡を用意するベルにあたしは感心していた。はやっ……この子仕事出来るんだろうな、と。隣で何故か得意気なミラは気に入らないが。
早速受け取った手鏡で自分の姿を確認してみると、コンプレックスだった赤い瞳はそのままだが群青色の髪ではなくなっていた。
どこまでも薄いピンク色の髪はほぼ白色で、名前で表すなら何色だろうか。そう感じたあたしは尋ねる。
「ピンク……白? この髪色ってなんていうの?」
「ホワイトピンクか?」
「違いますミラ様。どちらかと言うとシルバーピンクですね。一般的なシルバーピンクよりとても色素が薄いですが」
「違いが分からん」
「あたしもよ」
知識のないあたしはとりあえずシルバーピンクという色を受け入れた。どちらにせよ魔族らしい色であたしのいた国の人間には魔女扱いされるだろうが、前の髪色よりはいい。
「それでエリカ様はこの髪をどうするのですか?」
「様なんていらないしタメでいいわよ。まぁそうね、この際だし切ろうかしら。ロングにしてたのってパーティメンバーにその方が似合うって言われてたからだし」
そいつはあたしを裏切ったけど。思い出したらこんな髪型お別れしたくなってきた。あのクソ僧侶が。
「でしたら私に任せて頂けませんか。誰よりも可愛く美しく、そしてカッコイイ女性に仕上げてみせますので」
「別にそこまで求めないけど、できるならお願いするわ」
「ありがとうございます。エリカ様」
お礼を言うのってあたしじゃ……てか様付けと丁寧な言葉選びは変えないのね。
ベルの圧に少し押されながらもあたしは頼む事にした。あたしとしては過去の自分から変われるのならなんでもよかったが、モチベーションの高い人物にしてもらえるならその方がいい。
「ならその間に俺は飯でも作ってくる。終わったら大広間で待っていてくれ」
「えっ、あんた料理出来るの?」
「むしろ本業だ。期待して待っていろ」
そう言い部屋から出ていくミラを見ながらあたしは決意した。美味しくても不味い、微妙って言ってやろうと。
「では我々も始めましょうか。リクエストはありますか?」
「特にないわ。動きやすければそれでいい」
「分かりました。ついでに衣装も変えましょうか。これまでのエリカ様とは違うイメージのものに」
「そうね、色々と頼りにさせてもらう。よろしくねベル」
この時のあたしはベルの言葉を深く考えていなかった。これまでの自分とは別のイメージという部分が、あたしにとってどれだけ嫌なものなのかを。
--------
「…………」
「そんなにお気に召しませんでしたか?」
「そういうわけじゃないけど……」
ベルに髪を切ってもらい服を用意してもらったあたしは大広間へと向かっていた。おまけと言って軽くメイクしていた時間がなければ今頃着いていただろう。
新しい髪型は肩にかかるくらいの自然なミディアムで、オシャレに興味のないあたしでもとても気に入っていた。
だから髪だけなら機嫌は良かった。あたしの表情が暗い理由は髪ではなく新調したもう一つのものだった。
「あのさ、やっぱりスカートはやめない? スースーするの慣れないしあたしには似合わないと思うんだけど」
「いけません。エリカ様は自身の魅力をもう少し活用すべきです。その巨乳を見せつけるべきなんです。それに以前は女の子らしい服を選んでなかったのですから、カモフラージュとして最適です」
ベルのこの言葉にあたしは口を閉じるしかなかった。
確かに過去のあたしとは雰囲気が全く違う。髪型と服を変え、少し化粧してもらうだけで別人だ。その、正直綺麗過ぎて自信が湧くくらいにはベルのセンスはいい。
そしてだからこそ逆らえない。好みでないスカートを着るのを拒みたいが拒めない。そんなむず痒い状況があたしの表情を硬くしていた。
「ミラさまー連れて来ましたよ」
大広間に入るとちょうどミラは料理を並べていた。タイミングがよすぎると感じたが、彼の魔力探知能力ならあたし達が向かい始めたのを察して動けると納得する。
「相変わらず手際がいいな。今月の給料は上げておこう」
「やった……!」
出会ってから無表情で感情を表に出さなかったベルだが、ここにきて少しだけ感情的な動作を見せる。小さく両腕でガッツポーズをとる彼女にあたしは少し驚いていた。
そしてもう一人、この場で驚愕する人物がいる。
「それでバカ勇者はどうなった。少しは垢抜けしたか?」
そう言い振り向くミラと目が合うと、彼はあたしに見せた事のない表情を見せる。それだけで自分は変わったのだと感じると、少し照れくさい。あたしは何もやっていないのだから。
「なによ、そんなに見つめて」
「……ふっ、ベルを褒めるべきか貴様を褒めるべきか。似合っているぞ、エリカ」
「……ありがと」
ミラの言葉に胸がドキっとしたが、どうせ彼の魅了魔法だろう。一瞬だけかけてくるなんてタチが悪い。
それとあたしの容姿を褒めてくれるのは彼が魔族なのもあるだろう。人間はあたし以外に魔族でしか確認されていない赤い瞳を極端に嫌っているのだから。なによりミラも同じ赤い瞳の持ち主なのだから。
「さぁ、では食事にしよう。好きなだけ食べるといい。デザートもあるぞ」
ベルに席まで案内してもらっていると彼女は口を開く。
「ちなみに血液の元となる食材が多い理由は察してください」
ベルの言葉で少し身構えるあたしだったが、丁寧で美しい盛り付けの料理を見ていると警戒心は消えた。
どうしよ……肉も魚も野菜も、どれも超美味しそうなんだけど……いや、でも絶対に不味いって言ってやる。あの時の魅了の恨みを忘れるなあたし。
あたしは自分に言い聞かせながら席に座り、どうにか自制しようとしていた。だがその努力は一度口をつける事で全てが無駄になった。
「相変わらず大食いだな。テーブルマナーはどうした。ここは一応伯爵家だぞ」
そう言い丁寧に食事を進めるミラと違い、あたしは食欲のままに貪っていた。
「誰かさんが下品な食事をあたしにしたせいで、こっちは栄養取らなきゃ倒れそうなのよ」
「勝負事での出来事なんだから許せ。それに今まであんなに美味い血は飲んだ事がなかった。貴様も食欲には逆らえないものだろ?」
まるで今のお前と同じだと言わんばかりの主張にあたしの顔は歪むが、すぐ別の料理に手を出し無視する。
「エリカ様の血……」
後ろから少しゾッとする視線を感じるが、あたしはそれを無視してただ手と口を動かし続ける。
それから数十分後。
「ふぅ、美味しかったぁ。カタラーナまであるなんて幸せ……」
「再会した時はあんなに暗い顔をしていたのに、意外と単純なやつだな」
「うるさいわね。あの時はなにもかもが嫌になっていたのよ」
絶対直接言ってはやらないが、ミラの料理はどれも絶品だった。それは心を蝕む何かを忘れられるほどの味で、こんな気分を味わうのも久々だ。
「だろうな。大方事情は察しているが、大丈夫なら聞かせてくれないか? あの国で何があったのかを」
「そんな気使った言い方しないで聞かせろって言えばいいじゃない。あんたは勝ったんだから」
自分は敗北しミラは勝った。勝者こそが絶対なのだから、気になるのなら命令すればいい。あたしはそう考えていた。
「生憎貴様ほどデリカシーのない性格ではないのでな」
「魅了かけてきた奴がそれ言ってもね」
イタズラ感覚で人の心に入り込んで魅了してくる男のどこにデリカシーがあるのか。あたしには全くないように思える。
だがそれとは別でこの男は他人の苦しみや事情を笑うようなタイプではなかったように思う。そんな彼になら少しは話してもいいのではないか。
そんな考えが頭をよぎり口を開く。
「まぁ気になるなら話すわ。あんた達はあたしの見た目とか故郷を気にしないだろうし」
「あの髪色で恐れられていたのは知っているが故郷とはどういうことだ?」
「あたしが育ったランタ村は人間と魔族が共存していた村なのよ。でも大半の人間にはそれが気に入らなかったんでしょうね。魔王を倒して王都に帰ったら騙し討ちにあっちゃった。村の存在はずっと隠してたんだけどね」
あの時のあたしも生きる理由を見失っていた。倒すべき敵を倒し、育ててくれた人達から託された願いを叶えたのだから。
もうこれ以上生きてすることは特に思い浮かばない。そうぼんやりと考えていた時にパーティメンバーから裏切られ一度拘束される。
それからは散々だった。救ったはずの人間達に汚れた言葉をぶつけられ、魔族の女だと散々避難された。
どうにか自爆に見せかけてあの国から脱出したが、その後は行くあてもなくあの湖で倒れた。それがあたしの過去だ。
「隠していたのに知られたのか?」
「きっとパーティメンバーから伝わったんでしょうね。あたし故郷が滅ぼされてから理性飛んでたし、その時にでも気づかれたのかな。まっ、そういうことだから人間と関わるのはもう嫌なのよ。あたしはもう誰にも裏切られたくなんてない」
魔王の部下にランタ村を滅ぼされてからの記憶はあまりない。きっと抑えきれない憎悪で理性のない怪物にでもなっていたのだろう。その前と魔王を倒した後でパーティメンバーのあたしを見る目は変わっていたのだから。
ほんと、一度死んでからでないと客観的に己を見れないとは滑稽だわ。
「……苦労したな」
「同情は不要よ」
「俺がそんなものをするように見えるか? 同情ではなく一つの事実として伝えておこう。勇者エリカがやってきた事は無駄ではない。エリカが生きてきた事で救われた人間は沢山いる。それは忘れるなよ」
「……あっそ」
この時あたしはどういうわけかミラの言葉を軽く流した。
今更そんな事を言われ動く心が気に入らなかったのか、単純に気恥ずかしかったのか、真相は分からない。
ただミラに生き様を肯定されるのは心に染みた。
悔しい事に勇者時代のあたしと出会っていて今のあたしも知っているのはミラだけで、彼はどちらのあたしも受け入れてくれる。
「ドライな反応だな。ダウナー系は孤立するぞ」
「過去なんて気にしてないだけ。それに無能共と群れる方が嫌」
「そうか。なら気にしてないエリカに提案がある。あの国には愚民ばかりがいたようだが、我が国パラヴィアは違う。どうだ、パラヴィアの勇者にならないか?」
……こいつあたしの話聞いてた? 人間と関わりたくないって言ったばかりじゃない。
過去は気にしてないって言ったけどさ、そんな真に受けてすぐ提案するのは違くない?
「……あんたあたしよりデリカシーないでしょ。そんなの嫌に決まってるわ」
「貴様の方がデリカシーはないだろ。それに意外と気に入るかもしれないぞ? 信じられないかもしれないが、パラヴィアでは今もある程度魔族を受け入れている。貴様への偏見は他国よりも少ないはずだ。現に勇者エリカに感謝している者が多い」
パラヴィアという国は生前にも訪れている。北西に位置する国で彼の言うように吸血鬼が人間と共に暮らしている。最初は信じられない光景だったが、ランタ村を思い出すその雰囲気がどこか心地よく感じられた。
だがどこも一枚岩ではないように一部の吸血鬼が反乱を起こした。その時あたしは誤解からミラに勝負を挑んだ挙句敗北し、共闘する事となったのだが……あまり思い出したくない過去だ。
「あのね、それはそれで嫌。あんたには分からないかもしれないけど、守れなくて悲しんでる遺族を見るのはもうコリゴリなの。守ってもらってる立場で逆ギレしてくるクズ共だっているし、勇者なんてもう絶対にやりたくないのよあたしは」
戦力にならずあたしに助けてもらうしかない人達にも色んな種類がいた。ただ感謝する者と怯えながらも感謝する者。これらはいい。
不愉快なのはここからだ。助けてもらって当然と言わんばかりの態度で接してくる連中や、家族の誰かを救えなかったせいでキレてくる連中。こいつらは死ねばいいのにと思いながら無視していた。
人前じゃなければそんな奴ら痛みつけてやるのに。
「そうか、なら仕方がない」
「えらく素直に引き下がるわね」
「重荷を強要する気はないのでな。だが俺の目にはエリカがその重荷に耐えられる人間に見えている。自分で思っているよりも貴様に勇者は向いているぞ」
命が安い世界において人々の命を守る存在の心は強くなければいけない。けど支えを失ったあたしにはもうその重荷を拒む事しか出来ない。
だからこいつは見る目がない。
「買いかぶりね。あたしはもう色々とどうでもいいの。生きる事すらめんどくさいわ」
目的もなければ夢もない。与えられた役目すら今は拒みたい。現在のあたしは一種の鬱状態みたいなものなのだろう。
「俺の料理を幸せそうに頬張っていた奴が何言っているんだ。飯が美味ければそれだけで生きる理由になるだろ」
「ぐっ……アレは別よ、特別疲れてたからであって幸せそうになんて」
「カタラーナを食べ尽くして幸せとほざいていただろ」
「っ……」
ミラの言葉にあたしは返す言葉を失っていた。実際に自分の口から出た言葉なのだから言い返しようがない。
「まっ、貴様がひねくれる理由は理解した。だからといってその考えの全てを肯定しては俺の信念を否定する事になるのでな。まずはゆっくり日常を過ごせ。なにも難しく考える必要はない」
「……ひねくれてるのはあんたでしょ」
関わりたくないと主張する人間をここまで連れてきてパラヴィアの勇者になれだのなんだの、勝手すぎる。
まぁ、勝負に負けたあたしが悪いんだけどさ……。
「ならお互い様ということにしておこう。ベル、そこのひねくれ者を客室まで案内してやってくれ。ついでに全身マッサージでもして逃げられないよう心を捕らえておけ」
「了解でーす」
「お互い様にしたくせにひねくれ者なんて呼ぶな!」
あたしの言葉を盛大に無視して彼は転移魔法で消えていく。この場であたしにも使えたら追いかけてぶん殴ってやるのに。
転移という魔法は強力過ぎて転移妨害結界が魔族人間共に浸透するレベルだ。だからパラヴィアや魔王城であたしは転移魔法を使えなかった。
しかし原理は不明だがミラはそんな状況下でも転移魔法を使っている。それがあたしには不満で彼のいなくなった空間を睨みつけていた。
「あのクソ男の言葉を真に受けても時間の無駄ですよ。行きましょう、エリカ様」
「……そうね。確かにその通りだわ」
ベルの言葉で理性を取り戻したあたしは、ため息をついてから彼女についていくのだった。
--------
今も幼い頃もあたしの本当の居場所なんてあったのだろうか。巷で聞く無償の愛なんてものはあるのだろうか。
誰かに必要とされるのは嬉しいし、成長を褒められて喜ぶのはきっと人として当たり前だと思う。
けど村の外に出てからは常識が変わった。
必要とするのは力が必要だから。目の前に倒すべき敵がいるから。救って欲しい人間がいるから。
なら力が不要になり敵がいなくなったら?
もう一度会いたい人間が帰って来なかったら?
そうだね、救えない勇者なんて不要だよね。怖いだけの存在なんて必要なくなればすぐどこかへ行って欲しいよね。
村の外の世界はあたしの予想とはかけ離れ、あたしの知らない悪意に溢れていた。
でもこれも仕方がない。あたしの容姿は人間よりも魔族に近いみたいだから。人に恐れられる外見で産まれてしまったのだから。使う魔法が魔族よりも恐ろしい何かに見えるのだから。
おかげで旅のペースはかなり早かった。一つの町や村にとどまるのが嫌だったからだ。
でも心がすり減らないわけではない。表向きは気にしてないと言いながらもあたしの精神は追い込まれていった。
それが露骨に証明されたのが魔王に誘拐された時だ。
あたしが倒した魔王には時間停止能力があり、その力に抗えるのは聖剣のみ。だがその聖剣に触れていないタイミングを狙われあたしは魔王に拘束された。
その時あたしは彼の全ての要求を拒否した。聖剣がない状況で勝つ手段はないと理解していながらも。
するとどういうわけか彼はあたしを気に入ったと言い出す。
そしてあろうことか人生初めての告白を魔王にされた。意味が分からず当時のあたしは緊張感すら失い、ただただ呆れてしまっていた。
だが彼は本気だったようで拘束を解くと停戦を申し出た。そして少しでも気が変わったら大事な話がしたいと。
その場でまともにやりあっても勝ち目のないあたしは一度宿に戻り様子を見る事にした。
すると本当に魔族による被害はなくなっていた。直接見たわけではないが、人間に手を出そうとする魔族がいれば他の魔族に殺されるという状況だったと聞く。
それからあたしは魔王ともう一度出会い彼の大事な話とやらを聞いた。
その内容は今回の人間と魔族の戦争は人間側から起こしたものだという事。そしてその最初の原因となった人間の国は、あたしを利用し使い捨てようとしている母国だった。
彼の話を最初は疑ったが、聞けば聞くほど真実のように感じあたしは自身がすべき事を見失った。汚い私利私欲で魔族に喧嘩を売った馬鹿どもの尻拭いをこれ以上続ける気にはなれなかったからだ。
何よりその時だけは人間よりも魔王に温もりを感じてしまっていた。
あたしの話を聞き共感してくれる。これまでの苦労を理解してくれる。
そんなありきたりな事だけであたしは魔王に心を許してしまった。彼の暇つぶしだとも知らずに。
あたしの愚かな行いの結果、故郷は滅ぼされあたしは最初の居場所を失ってしまう。
あの時見た燃え盛る故郷は、きっとこれから先ずっとあたしの中に残り心を蝕むだろう。
殺すべき敵に惑わされた忌まわしい結果として。
幸い恋人ごっこを楽しんでいたクズはこの手で始末する事が出来た。聖剣様々だ。
だが一時的にでも魔王と友好的な関係になったあたしを仲間は信じられなかったのだろう。
国に戻れば計画されていたであろう裏切りにあいあたしは全てを失った。
自業自得ではあるかもしれないが、おかげで人も魔族も嫌いだ。ほんの一部を覗いて。
「んぅっ……くぅ……」
「大丈夫ですか? エリカ様」
「……ベル?」
不意に届いた声であたしは目を覚ます。どうやらベルに起こされたようだ。
周囲の暗さで判断するに深夜だろう。彼女の持つランプが周囲を温かな光で照らす。
「うなされていたようでしたから起こしました。迷惑でしたか?」
「ううん、助かった」
ベルにそう伝えながらあたしは夢の内容を思い出す。
なんてことはないただ過去を振り返るだけの夢だ。
平和のために魔族を殺した結果人間に蔑まれる。最初の火種は母国だというのに、その母国の人間に言葉の刃物をぶつけられ魔王に心を許してしまう愚かな自分。
情けないな。無様だな。ああ、あたしは自分が嫌いだ。
勇者になんてならなければこんな感情とは出会わずに済んだのだろうか。普通の家庭に産まれていれば……。
そう考えていた時ベルに声をかけられた。
「顔色が優れないようですが、何か飲まれますか?」
「えっ、大丈夫よあたしは」
「……ホットミルクでも用意しますね。落ち着きますよ」
そう言うとベルはベッドから離れる。
このような世話をされる経験はこれまでにないためどう反応すればいいのかが分からない。貴族の子供として産まれていたら毎日がこんな感じなのかもしれないが、生憎あたしは平民だ。
だから無駄に装飾の多いミラの屋敷は少し落ち着かない。天蓋カーテン付きのベッドなんて尚更だ。
ふかふかで心地よいから安宿なんかよりは断然いいが、やはり慣れるのに時間がかかりそうである。これが庶民の限界かもしれない。
そんな事を考えているとベルが目の前まで戻ってきた。
「お待たせしました。何かあればなんでも申してくださいね」
「ありがと」
受け取ったマグカップに口をつけると確かに心が少し落ち着いた。なにか……特別な魔力を感じたがおそらく気のせいだろう。
思えばこんなにゆったりとした時間は本当に久々だ。血生臭い日常とは真逆の落ち着いた時間。
悪くはないな。
「このまま眠れそうですか?」
「どうだろ、あんまり眠らなくても大丈夫だからあたし」
「クマをつけながら言わないでください。睡眠不足は美容の敵ですよ」
事実を伝えたはずだがベルはあまりいい顔をしなかった。美容というものを意識した事がないあたしには正直どうでもいい。
だが目の前の美少女は違う。そう思い口を開く。
「それを言うならベルだって。あたしは大丈夫だから寝ていいのに」
「私は人間と違い吸血鬼ですから。本来夜行性なんですよ」
「ああ、確かにそうだった」
気を使ったはずが人間と他種族の違いを再確認する事となった。詳しくは分からないが、夜行性という事は夜寝なくても肌に影響もなくクマもできないのだろうか。
「眠れなさそうならもう一度マッサージでもしましょうか?」
種族の違いについて考えているとベルから嬉しい提案があった。
この部屋に案内されたあたしはお風呂に入ったのだが、そこでベルにしてもらった全身マッサージは天にも登る心地よさだった。
おかげでリラックスした状態ですぐに眠る事が出来た。もっとも目が覚めるのも早かったが。
「いいの?」
「はい。あんなに喜ばれるとこちらも嬉しいですから。それに寝落ちにはもってこいですよ」
表情を崩さず優しい雰囲気を持ったまま話を進めるベルに、あたしはまた身を委ねたくなった。
だがこの後彼女は豹変する。
「それならお願いしよっかな」
「任せてください。では服を脱がしますね」
「……えっ?」
こちらの返事を待たずあたしの着ているワンピースに手をかけるベルに困惑の声が漏れた。
「先程はお風呂で全身にしたでしょう? それをもう一度するだけです」
「いや、寝る前に脱ぐ必要はない気が……」
「何を言うんですか。直接肌に触れ魔力を流し込みながらするからこそ効果が膨れ上がるのです。私のマッサージは気持ちよかったでしょう?」
理由は分からなかったが彼女のマッサージはとても気持ちよかった。その理由の一つはどうやら魔力の流し込みのようだ。
自分の知らない技術に驚きはするが、今はそれよりもこの状況をどうにかしたい。流石にお風呂場以外で脱ぐのには抵抗がある。
「確かにそうだけど、少しは効果落ちていいのよ? だからこのままでも……」
「私が直接触れたいので嫌です」
「…………はい?」
やんわり拒否しようとしているとベルの雰囲気が変わり主張も変わる。
その予想外な主張に戸惑い言葉を失っていると、あたしはベルに強く押し倒された。この時どういうわけか身体に力が入らずあたしはされるがままだった。
「ええい、まどろっこしい。そのわがままボディを触らせろって言ってるんですよ。なんなんですかその胸は。勇者の胸ですかそれが。下品な。私は可愛い子が自分の手に堕ちる瞬間を見たくてこの技術を手にしたんですよ」
「…………」
これまで言われた事のない言葉にあたしは更に返す言葉を失い困惑する。本当になんて返せばいいのか分からない。
「ですからエリカ様、大人しくしてくださいね?」
「いや、ちょっ……あれ?」
丁寧にワンピースをずらし始めるベルに抵抗しようとしたが、この時ようやくあたしは自身の身体の異常に気がつく。
意識はあるのに身体が重すぎる。動かせるけど吸血鬼の力には敵わない。そんな感じだ。
「抵抗は無駄です。私の魔力には鎮静効果がありますから。その魔力の入った飲み物を口にすれば……ね?」
「っ……しまっ……!」
この後の事はあまり覚えていない。覚えているのはベルに与えられる安らぎだけ。
ミラの優秀な部下である以上一筋縄ではいかない吸血鬼だと思っていたが、予想外な方面に彼女は特化していた。
だがこんな危ない雰囲気を持つベルだと知ってしまってもあたしは、彼女のマッサージを断れないようにされてしまった。
朝目が覚めてからもされるマッサージはとても心地よく、身体の調子がこれまでの何倍もよくなっていると実感出来たからだ。これは戦闘好きなあたしにとってだいぶ価値がある。
邪な欲求を持っていると知ってしまっても彼女でなければ出来ない以上、あたしはコンディションを整えるために今後も拒まないかもしれない。別に実害はないし。
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