一章 諦念と道標

「ようやくだ。あれから五年。本当に待たされたものだな」


 勇者エリカは歴代最強と言われるほどの実力者だった。だが同時に国民からもっとも嫌われた勇者でもあった。

 嫌われた理由は主に二つあり、その一つは容姿だ。


 恐れられていたある魔王の血筋には群青色の髪が多く、エリカも群青色の髪だった。そして血のように赤く魔族らしい瞳。そんな偶然が重なり産まれただけで、彼女は民に認められずに旅を始める。


 そしてもう一つの理由は魔力の属性コントロールが得意ではなかった点。

 産まれながらに膨大な魔力を持ちあらゆる属性を扱える彼女だったが、それが仇となり一つの属性に絞って扱う事が出来なかった。


 得意としていた炎魔法ですら雷や土、水や氷の魔力が少し混ざってしまうのだ。すると複数の属性同士が絵の具のように混ざり黒く濁っていく。結果属性を扱う魔法は勇者のものとは思えない見た目になり、光属性を足してもそれは変わらなかった。


 だから彼女に助けられた者ですらその暗く濁った魔法を見て恐れてしまう。敵である魔族のようだと本能が感じてしまう。

 そんな不運が重なり女神の加護を受けながらも魔族らしい風貌に国民は彼女を恐れ、嫌悪されている事を自覚していた彼女も笑わない。そんな悪循環がより溝を深くしていった。


 だが彼女に救われた存在は多い。俺もその一人だ。

 だからこそ彼女の次なる人生には恩を返したい。努力し国を救った存在が不幸なまま終わっていいはずがない。

 その一心で俺は足を進める。彼女の強力な魔力を感じながら。



 --------



 あたしの人生を言葉で表すなら絶望一色。冗談でもなく本気でそう捉えている。

 あたしは与えられた役目を果たしきっと世界を救った。勇者という用意された道の上を、どんなに苦しくても正しい道だと信じて走りきった。けどその先にあたしの未来なんてなかった。あったのは虚無のみ。だから絶望一色。


 あたしの背中を押してくれた故郷の人達は道中で屍となり、気づいた時には帰る場所なんてない一人ぼっちだ。

 何もかもを失った勇者の道は魔王の奥で深く真っ暗な崖へと続いており、進む事しか知らなかったあたしは奈落の底へと落ちる。共に歩んだはずの他人はそんなあたしに手を差し伸べてなんてくれない。それどころか追い打ちをかける始末。


 その時感じたんだ。あたしはどうして前を向いて生きてきたのだろう。これなら逃げていた方がよかった。目の前に助けを求める人間がいようと、見て見ぬふりをすればよかったんだって。


 勇者なんてもうごめんだ。そう感じながらあたしは最後、首筋から流れていく血を見つめていた。少しずつぼんやりとしていく意識に安心感を覚えながら。

 ある意味その時だけが唯一の希望だったのかもしれない。


「んっ……」


 目を開いた先にはどこか懐かしい景色が広がっていた。太陽の光を水面が反射させる美しい湖には見覚えがある。

 その神秘的な景色が頭の中に残った煩わしい記憶を少しだけ薄れさせる。


「なんか、嫌な夢見てた気分。それにしても、なんであたしここに……」


 どうやってこの地に辿り着いたのかを思い出せないあたしは、小さな頭痛を耐えながら思い出そうとする。するとある記憶がまぶたに浮かぶ。

 それは自分の首筋から肩にかけて流れ落ちていく自らの血。その光景が死に近づき最後の場所としてこの場を選んだ過去を思い出させる。


 そうだ、あたしは確かにあの時死んだ。あの時全てから解放された。それなのに……どうしてまだ生きてるの。痛みのあったあの記憶が夢だったとは思えない。

 一人静かに物思いにふけっていると、突然後方から強い魔力が現れた。


「っ……!」


 敵かと思いあたしは魔法の剣を生み出しながら振り向くと、そこにいたのは見覚えのある金髪赤目の男だった。


「やはり蘇っていたか。久しぶりだなエリカ」

「……久しぶりねミラ。それで蘇っていたかってなによ。これどういう状況?」


 目の前に現れた男の名はミラージュ・ダチュラ。吸血鬼の王であり、あたしが旅の途中で敗北した数少ない存在でもある。

 だが彼はあたしの敵ではない。彼は人と魔族の共存という理想の為に力を使うので、あたしが平和を壊すような存在にならなければ敵対関係になる事はないだろう。

 それくらい彼の目的はハッキリしていて信頼している。ある国の為に共闘した経験があるので当然と言えば当然だ。


 ひとまず彼の言葉で自分が一度死んでいた事を確信するが、それでも分からない事が多い。何故自分が蘇っているのか。そもそもあたしは死人を蘇らせる手段なんて知らない。


「俺も全ては把握していないが、この世界には死人を蘇らせる魔道具がある。貴様の身体にはそれが埋め込まれていたのだろう。誰がなんのためにやったかは知らんがな」

「長生きな吸血鬼様は流石に物知りね。ありがと、それじゃあね」


 彼にもう用はない。なにより誰かと関わっていたくない。そう感じたあたしは背を向け足早に立ち去ろうとした。

 だが彼はそう簡単に逃がす気がないようだ。


「おい、要件だけ聞いてさよならはないだろ。会わないうちにビビりな勇者様になっちまったのか? どうして俺が蘇った貴様の前にすぐ現れたのかは気にならないのか?」


 どうせ面倒事に巻き込まれる。そう思っていたあたしの前に転移魔法でミラは現れる。


「聞いたら巻き込まれる。それにあたしはもう勇者じゃない」

「確かに巻き込むつもりだが、エリカにも悪い条件ではないはずだ。一人路頭を彷徨うより俺の下で衣食住に困らず生きた方が楽だろう? だから俺と来い」

「嫌だ。いきたくなんてない」


 二つの意味を持つ言葉を返してあたしは逃げようとした。ミラが何を言おうとあたしの考えは変わらない。あたしはもうこんな汚れた世界で、汚れた自分でいたくない。

 だがミラはある行動に出る。あたしが引き下がれなくなるある行動に。


「頑固な女だ。ならこういうのはどうだ」


 そう言い彼は剣を抜き強い殺気を放ち始める。

 魔王ほどの評価はされていなかったが、彼も恐ろしく強い魔族の一人だ。人との共存を考えて行動していたため魔族からの扱いは悪かったが。


「ルールは簡単だ。敗者が勝者に従う。分かりやすくていいだろ?」

「ふぅん、あたしの事舐めてるでしょ」


 炎の魔法剣を左手で掴んだあたしはその剣先をミラに向ける。愛用していた聖剣があればと思うが、既に母国に奪われているため手元にはない。


「ああ、舐めている。以前は俺が勝ったからな」

「っ……あの時と同じだと思わないでっ!」


 苦い過去を思い出させる言葉にあたしは感情をあらわにして斬りかかっていた。上手く誘われているな、と感じる理性は残っているが、それでも調子に乗った吸血鬼を黙らせたい。

 剣を重ね競り合いながらも余裕そうな態度を崩さずミラは口を開く。


「ふっ、そう怒るな。この湖を汚したくはないからな。場所を変えるぞ」


 そう口にしたミラはあたしの手を掴み転移魔法を唱える。彼の行動が分かっていたため、この時ばかりは掴まれていながらも抵抗しなかった。この美しい湖をあたしに紹介した存在は彼なのだから、疑う必要が微塵もなかったのだ。




 あたし達が転移先に着いた瞬間、剣の交わる音が周囲に響く。めらめらと魔力を燃やし赤黒く輝く炎の魔法剣は、ミラの剣と交わる度に独特の音を鳴らす。


「チッ……転移先が魔王城ってあたしに恨みでもあるの?」


 この場に着くとあたしはすぐに嫌な過去を思い出した。もっともここだけではなく、勇者として生きてきた過去のほとんどが嫌悪する汚れた記憶だが。


「他に俺達レベルが本気でやりあえる場所があるか? それに誰にも見られたくはないだろ?」

「だからってここを自由に使えるわけ? あいつが死んでから火事場泥棒でもした?」


「貴様が魔王城付近の魔族を壊滅させたから俺が管理するようになっただけだ」

「それを火事場泥棒って言うのよ」


 些細な雑談を交わしながらもあたし達は周囲が荒れていく戦闘を続ける。魔王城の自動修復機能がなければこの城が崩壊するのは時間の問題だった。


 あたしの知るミラは吸血鬼の王であり、どんな重症を負わせても不死鳥のように炎の回復魔法で傷を癒す。太陽を想像させる彼の魔法は吸血鬼として見れば違和感を覚える力だが、どういうわけか彼は日光を浴びても特に苦しそうにしない。

 流石魔族の中でも優秀な吸血鬼の親玉。一般的な弱点は克服している。


 だがそんな彼でも一つ弱点がある。それは決定力の低さだ。剣の腕はあたし以上だが、他の攻撃面はあたしに遠く及ばない。

 だから今回はそこを突く。以前のようにプライドに身を任せた斬り合いで敗北したりしない。そう考えながらあたしはあらゆる属性の魔法剣を生み出し射出する。


「以前とは違う戦い方だな」

「あれからかなり成長したから。あんたを倒すにはちょうどいいでしょ」


 あたしが思った通り状況は少しずつこちらへ傾いていく。中距離での撃ち合いをしながら斬りかかるのは体勢を崩した時だけ。これを徹底していれば負けない。

 そう考えながら戦っていると彼は少しずつ息を荒くしていった。


「ふんっ、歳でもとった? もう息上がってるじゃない」

「っ……はぁはぁ、そりゃ貴様の何倍も歳上だからな。少しは年長者を労ったらどうだ?」


 追い詰められ膝をつきながらもミラは軽口を叩く。上辺だけの余裕だと判断したあたしは、気づかれないように彼の背後から氷の魔法剣を射出した。


「あたしに労わって欲しいなら勝つ事ね。そしたらなんでも言う事聞いてあげる」

「っ……!?」


 ミラの左右と後方に突き刺さった魔法剣から氷の魔力が広がると、彼の四肢は氷に拘束される。

 溶かそうと思えば溶かせるだろうが、その前にあたしの剣が彼を止める。そんな状況になりあたしは勝利を確信した。


「はい、あたしの勝ち」


 動けないミラに近づいたあたしは、トドメと言わんばかりに魔力を圧縮させた右手をミラに見せつける。

 これはあたしの一番得意な技であり、あらゆるものを破壊し尽くし他者を恐れさせた技だ。


「どうだろうな……」

「まさかこの状況で勝負はついてないとか言うわけ? 流石のあんたでも魔導砲受けたら消滅するでしょ」

「なら試してみるといい。その程度の技で俺を消せるのかどうか」


 追い詰めたはずの状況でも負けを認めないミラにあたしは違和感を覚えていた。だが魔導砲を見くびられるのは気に入らない。

 そう感じたあたしは更に魔力を右手に集める。


「……本気で撃つわよ」

「構わん。一度耐えてみたいと思っていた」

「あっそ」


 そう呟き全力の魔導砲を撃ち下ろすその瞬間だった。


「あぅっ!?」


 どういうわけかうなじから強い痛みを感じ振り向く。するとそこには目の前にいるはずの男が存在し、あたしを抱き締めながら首から血を吸い上げていた。

 クソっ、どうなってんの!? 目の前にこいつの魔力反応はあるはずなのに、後ろにもいるなんて。こんな技、勇者時代には見てないっ……!


「このっ……離せっ、離せぇっ!」


 困惑しながらもあたしは足掻くが、血と同時に魔力を大量に吸われているようで強力な魔法は上手く扱えない。それどころか体力まで吸収されていき、時間が経てば経つほど抜け出せない絶望感が募っていく。


「ああぁ……くそっ……」


 なんなのよこいつっ……あたしの知ってる吸血は何もかもを奪われるような性能じゃなかった。これだけで勝負を決められるようなえげつない技ではなく、ただの食事とオマケぐらいのはずなのにっ……!


「ぐっ……はぁはぁ、はなせ……」


 長時間の抵抗も虚しく、気がついた時にはただ吸血を受け入れる人形のようにされてしまっていた。


「そろそろ何も出来なくなっただろ。種明かしが必要か?」


 あたしが自分の完敗だと理解し始めた頃、ようやくミラは口を開いた。その声音はとても明るく満たされており、今にも語りたいと言わんばかりだ。

 だが脱力し一人で立っている事すらままならないあたしからすれば、もうどうでもよかった。


「……はぁはぁ、どうでもいいわよ。この性悪」

「そう言うな。前を見ろ」


 めんどくさい。そう感じながらもあたしは前を向く。

 そこで待っていた光景は氷で拘束していたはずのミラが、小さなコウモリの集団となり氷から抜け出していくものだった。そして抜け出たコウモリはあたしの右側に集まり再び吸血鬼の王の姿となる。


「知らなかっただろ? これは俺の特別な分身魔法でな、貴様はずっと分身体と戦わされていたというわけだ」


 右耳に囁き息を吹きかけるミラにちょっとしたイラつきを覚えながらも、あたしには睨みつける事しか出来ない。

 鬱陶しい。そう感じていると今度は左側にコウモリの集団が現れまた似たような事を繰り返される。


「そして俺が奪った魔力で生み出された分身体だ。どうだ? 元は貴様の魔力だったんだ。悔しくないか?」

「っ……黙ってろクソ吸血鬼」


 悔しいか悔しくないかで言えば悔しいに決まっている。生まれた時から勇者となるためだけに鍛えられ、自らの価値を強さ以外に知らないのだから。

 そんなあたしだからこそ感じる左右の屈辱から逃げるように正面を向くが、そこで待っていた光景も屈辱的なものだった。


「ふっ、美しい氷に映る貴様も魅力的だな」


 自らが生み出した黒い氷には四体の影がうっすらと映っていた。脱力し本体のミラに身体を預けるあたしと分身含め三体のミラだ。その光景はあたしの完全な敗北を意味しており、最高のコンディションでも三体の彼に勝てるとは思えなかった。


「性格悪すぎよあんた」

「負けを早く認めて欲しいだけだ。俺のように切り札を残してる可能性もあるからな。それで降参の言葉はまだか?」

「…………」


 心の中では負けを認めている。だがこんな奴に素直に言いたくはなかった。そんな思いからあたしはすぐ声を出せなかった。

 それから少し間が空くと、背後から蹴り飛ばされ氷と衝突してしまう。


「あんっ」

「今負けを認めさせてやる」


 ミラがそう言った瞬間、あたしの両手は分身体の剣に突き刺され氷に張り付いてしまう。右の分身体は二本の剣を持ち、次は足と言わんばかりに刃を見せつけてくる。おそらく左側もそうだろう。


 そして本体の彼は剣をあたしの目の前で止め、いつでも殺せると見せつける。しかもそれだけでは飽きたらないのか、背中を魔力を込めた手で触れ詰みの状況を強く主張する。

 もうどうしようもない敗北だ。勇者時代にもここまでの敗北はない。


「っ…………」


 あまりにも性格が悪く気に入らない。ここまでせずともとっくに負けは認めているのに。


「負けましたは?」

「……負けました」


 目を逸らしながら小さな声で答えると、ミラは勝ち誇った表情で回復魔法をあたしにかけ始める。それは分身体が剣を抜いたそばから傷が癒えていく高レベルな回復魔法だった。


「これで俺の用事に付き合ってくれるな。途中で逃げるなよ?」

「……流石にそんなことしないわ。それであたしは何をすればいいの?」


 心の底から嫌悪している相手ならまだしも、ミラは一度人間のために共闘し最低限の信用はしている存在だ。だから筋の通らない事をするつもりはない。


「ある土地に行くのに強い人間の魔力が大量に必要でな。そこへ向かう時についてきてくれればそれでいい」

「そう。だからあたしなのね」

「ああ、それで早速行けるか?」


 ミラのその言葉にあたしはただただ呆れた。あたしの魔力を吸い上げたのはどこのどいつだ。長時間の戦闘でもバテないあたしの大量の魔力をすっからかんにし、更には貧血気味にもさせたのはどこのどいつだと。


 正直魔力量にはかなり自信があった。けどこんな簡単に空っぽにされてはプライドが傷つく。この数十分の間でこの男にはなにもかもを傷つけられた。だからか一つ不満を見つけると十倍にして返したくなる。


「分かったからそんな目で睨まないでくれ。今日は俺の屋敷でゆっくり休むといい」

「ちゃっかり屋敷自慢するのやめてくんない?」

「自慢に感じるのは貴様が平民だからだろ」


 彼の言葉を煽りに感じたあたしは、身体をほとんど動かさずに簡略化された魔導砲を撃ち込む。魔導砲にしては威力が低いが、その代わり発生と弾速の優秀さで大半の存在はかわせず致命傷を負う。

 そんな自信たっぷりのお気に入りだが、やはり結果は察していた通りだった。


「ったくこんな危ない技いつ習得した。少しお仕置きが必要か」


 最低限の動きで避けたミラは、分身体と共に迫りあたしを押し倒して拘束する。うつ伏せで両腕を掴まれてはどんな抵抗をしても抜け出せると感じられなかった。


「ちょ、勝負はついたのに何すんのよ!」

「あんな危険な技を見せられたら力で躾けるしかないだろ。分かってるとは思うが非常事態以外で使うなよ。俺の屋敷に修復機能はない」


「躾けるってなに、超ムカつくんですけど。てかそれくらい理解してる。街中で撃つほど非常識じゃないから」

「ふっ、ならいい」


 そう言うとミラは分身体を消し、抱き寄せるように腕を引っ張りあたしを立たせた。

 ミラの胸板に衝突したあたしは変な魔力を感じながらも彼を見上げる。


 こうやって見るとやっぱり大きくて安心感がある……あたしだって女性としては身長ある方なのに、少しも届きそうにない。

 あたしがそう感じているとミラは楽しそうに口を開く。


「どうしたそんなに見つめて。俺の顔が気に入ったか?」

「っ……別に見つめてなんかない! てかあんた……!」


 得意気なミラに声をかけられてあたしは理解した。変な魔力の正体を。


「あたしに魅了かけたでしょ! 早く解きなさいよこれ!」

「もう気づいたか。それにかなり強めなものをかけたのによく耐えている。本当に優秀な勇者だよエリカは」

「っ……そういうのいいから早くっ!」


 クソっ、名前で呼ばれただけでも胸がドキドキと爆音を上げて喜ぶ。ほんっとにめんどくさいこの吸血鬼。なんで剣を持たせても強いのに、小細工が豊富でそのどれもが強力なのよこいつ。魔力があれば精神防御で勝手に弾いてくれるのに。


 イラつきと魅了により生まれる感情であたしはどうしようもなくなっていた。ただでさえ顔はいい男がこんな手段まで持っているのは本当に卑怯だ。

 複雑な感情を必死に抑えるあたしを眺めていたミラは、満たされたのかようやく魔法を解く。

 こいつ絶対前会った時より性格悪くなってる。いつか泣かせる。


「ふっ、流石の勇者様でも魔力がなければ魅了をかけやすいな。むしろその辺の一般人よりかけやすい。実は年齢が彼氏いない歴の喪女だろ貴様」

「うるさい黙れっ!」


 感情的になっていたあたしはミラに殴りかかるが、手首を掴まれ簡単に制圧されてしまう。手首を極められミラに背を向ける形にされたあたしは、もう一度魔導砲を使おうとするが魔力が足りず不発に終わる。


「安い挑発に乗るな。よくそれで魔王を仕留める事が出来たな」

「ぐっ……いつか絶対泣かせてやる……!」

「近所のガキか貴様は。と思ったがまだ15だったか? 若気の至りなら仕方あるまい」


 そう言いミラはあたしを放した。まだ暴れたい気分だったが、これだけ不利では流石に理性が勝った。


「16よばか」

「ならもう少し大人のレディになるんだな」


「あんたはもう少し紳士になることね」

「ふっ、社交界でこんな姿は見せんよ。茶番は終わりにして屋敷に戻ろうと思うが構わないか?」


 手を差し出し尋ねる彼に返す言葉は決まっていたが、不満のあるあたしは少しミラを睨む。

 こちらは彼の嫌味一つ一つに感情的になっているというのに、あちらは何を言われても余裕を崩さない。それが気に入らない。


 だが今のあたしにこれ以上出来ることもない。

 だからあたしはこのクソ吸血鬼をいずれ泣かせてやると決意して差し出された手を握った。


「好きにして」

「なら帰ろう。いくらでも居候して構わないぞ」

「用が済んだら出ていくから」


 こうしてあたしの二度目の人生が始まった。すぐからかってきたり何故か勝てないところが本当に不愉快だが、彼のことは嫌いじゃない。むしろ魔族と人間の共存という目的のために行動が一貫していてとても信頼していた。


 人間も魔族も嫌いなあたしが彼を認める理由としてはおかしいかもしれないが、努力してる誰かを否定するほど歪んではいない。

 なにより……やりたいことのないこの時のあたしにとって、彼はいい道標になったのかもしれない。本人に伝えたら喜ぶだろうから絶対に言わないけど。

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