元勇者と死人の遺跡

辛味噌メンマ

プロローグ

 ふかふかのベッドに身体を預け二度寝するかどうかを考える朝。それがあたしにはあまりにも贅沢で、それでいて日常と呼べるほど近い存在となっていた。


「お姉様マリーとあそぼっ!」

「おいダメだマリー! 今日もゼラは俺の修行に付き合うんだから!」


 だがそんな朝も一瞬で騒々しいものとなる。二人の兄弟が部屋に入り込んできたからだ。

 一人はまだ小さく中性的で可愛い義弟。もう一人は明るく誰とでも仲良くなれそうな同い年の義兄だ。


「朝から元気ね二人とも」

「そりゃ強くなりたいからな!」

「僕はお姉様とたくさん過ごせると思って!」


 二人とも養子としてきたばかりのあたしに明るく声を掛けてくれる。懐かれるような事は特に何もしていないのにだ。

 それがたまらなく嬉しい。


「うわっ、やっぱり二人ともここにいた。もう少し遠慮を覚えろよマリーもメリア兄も。よく義姉とはいえ異性の部屋に……そんな簡単に突っ込めるな……」


 あたしが二人を見つめているともう一人の義弟が部屋の前に現れた。だがどういうわけか彼は部屋の中までは入ってこない。


「ははっ、アルは思春期真っ只中だもんな。俺くらいになると気にしないもんだぜ」


「っ……兄さんは軽すぎるんだよっ! ゼラ姉も二人が嫌になったらそう言わないと、ずっとつけ上がるよこの二人!」


「あたしは大丈夫」


 この居場所が気に入ってるから。なんて、そこまでは言えない。言葉にした瞬間この想いが軽くなって飛んでいきそうだから。


「ならいーけどよぉ……」

「アルは気にしすぎなんだよ。それよりさっさと朝食にしようぜ」


「お姉様だっこー」

「はいはい」


 甘えてくるマリーを抱き上げあたしは立ち上がる。こうして彼を抱きながら朝食に向かうのも何度目だろうか。


「ったく、やっぱマリーって色々と得してるよな」

「抱いて欲しいならお前も直接頼めばいいじゃねーか。それとも嫉妬か〜」


「アルお兄様嫉妬しちゃったの? マリーのせいでごめんね?」


「っしてねーよそんなのっ!」

「ふふっ、変なの」


 マイペースでからかい上手なマリーとメリアにアルは毎日弄ばれている。そんなあたしの知らない家族の世界が近くて、遠くて。


 それでも今のあたしは皆と同じ家の人間として受け入れられている。役目を終えからっぽで何も無くなっていたこのあたしがだ。

 次こそは守り抜きたい。偽りの家族だとしても、あたしの新しい居場所なんだ。


「ゼラ、少しは上手く笑えるようになったな」

「えっ、そうかな」

「前より可愛くなったよ」


 メリアのその言葉にあたしの時は少し止まった。

 可愛い……可愛い……か。昔はそんな言葉になんの価値も見いだせなかったが、今は少し明るい感情が湧いてくる。


「……ありがと」

「うわぁ、メリア兄ついには家族まで口説き始めたよ。いつか刺されるよ」


「当たり前のコミュニケーションだよ。ガキはすぐ男だ女だって意識するんだから。少しは大人になれお子様」

「チャラい大人になるなら今のままでいいですよーだ」


 二人の何気ない会話を聞きながらもあたしは思い出していた。役目を終えからっぽになっていた頃を。

 世界の底にいたあたしを強引に連れ出し皆と出会わせてくれた男の事を。


 ありがと、クソ吸血鬼。あんたのおかげであたしは今充実してる。

 勇者になってよかったとはまだ言えないけど……ね。

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