第8話
二人の決闘があった翌日。
何事もなかったように授業が始まった。
といっても、Sクラスにもなると授業を習うよりも実戦で経験を積む方が効果的だ。剣の振り方を一から学んだ所で、自分自身の戦闘方法に適していなければ無駄な技術でしかない。
だから必然的に実戦が多くなって来る。
「今日はこの森で魔物狩りを行うぞ」
連れてこられたのは魔の森と呼ばれる、最低でも二級冒険者の力を持つ者でなければ生きて帰れないと言われている所だ。
この森には非常に強力な魔物達が常に徘徊しており、奥に進むほど魔物も強くなるという特性を持つ。
なぜ強力な魔物がこの森で沸くのかは、一般的には不明とされている。
「今日はお主達に格上というものを体験してもらおうと思ってな。今日はとりあえず森の中部程まで行くのが目標じゃ。何か質問はあるか?」
「一つよろしいですの? なぜ、わざわざ魔物を相手に? 格上なら先生やヴァンさんがいるではありませんの。あなた方なら手加減も出来て安全なのでは?」
「いや、それでは劇的な成長は期待できぬ。お主らはヴァン以外まだまだなのでな。特にメシアとアーク。お前たちは特に弱い。今の強さを冒険者として測るなら、せいぜい二級程度じゃ」
「ちっ」
「二級……」
タレスの発言に二人の顔が歪む。
一人は怒りで。もう一人は悔しさで。
「成長できるかは二人の努力次第じゃ。一応訓練という名目じゃが、同格との命の取り合いじゃ。油断をすれば、簡単に命を落とす。せいぜい気を付けろ」
リエラはまだしも二人が死ぬ可能性は十分ある。
二人が人間の中で強者だとしても、この森では下から数えた方が早い程の弱者だ。
気を抜いていれば、容易に殺される。
「まあ死ぬ危険があるからといって全員で行動すれば成長の機会を失うことになる。そこで、二つの組に別れてもらうぞ。組はそれぞれ儂、メシア、リエラ。それとヴァン、アークじゃ。何か質問はあるか?」
「先生、人数が釣り合ってないんじゃないか?」
「強さ的には儂等の方がはるかに下じゃ。だいたい、一人で世界を相手どれる者に数の差など大した問題ではない。この世で最も安全なのはヴァンの隣と言われておるくらいじゃからな。心配するだけ無駄じゃ」
「……それもそうか」
どうやら納得したようだ。
私としてはこの組み分けに否はない。誰と組んだとしてもそう変わりはないからな。
「ではさっそく組みに別れ、攻略して行くぞ!」
◇
勝者には、敗者の気持ちなどわからない。
勝者は勝ち続け、敗者は負け続ける。勝者は充足感に笑みを浮かべ、敗者は屈辱に顔を歪める。
敗者は勝者に勝つことはできない。一度でも負けてしまえば、もうそれに勝つことは不可能だ。
敗者は一生、敗者のままなのだ。
アーク・グランナイトは生まれながらの敗者だ。剣術では兄に負け、魔術では弟に負けている。
どれをとっても中途半端で、勝つことができない。弱い奴に威張ることでしか心の平穏を保てない弱者なんだ。
そしてそんな俺の目の前にいるこいつは、生まれながらの勝者。
一度も負けたことがない最強。
全てを救う英雄。
偽りなき真の聖人。
俺が絶対に勝てないであろう相手、ヴァン。
大英雄と呼ばれる彼女と生まれながらにして敗者である俺は、一匹の魔物と相対していた。
翅をもたない大地の竜、地竜だ。
この世界の絶対的な覇者として龍が存在する。彼等は天を駆け大地を割り、海すら支配する絶対的な強者である。
そんな龍に進化する前の魔物が竜だ。
ただ龍ではないからと言って侮ってはならない。竜は一級相当の魔物だ。今の俺が勝てる相手ではない。
だが、英雄はそうは思わないようだ。
「実力を上げるならこれくらいの相手が手頃だろう。私は手を出さん。貴様がやれ」
「は?」
無理だ。勝てる相手じゃない。
相手は生まれながらの絶対的勝者。対して俺は生まれながらの敗者。
敗者は勝者に、勝てる訳がないんだ。
「ガァーーー!!」
「ぐっ……」
そんなことを考えていても敵は待ってはくれない。ギリギリで攻撃を躱し、魔法で反撃をする。
だが傷一つ付かない。
くそっ。
やっぱり無理なんだ。敗者が勝者に勝つなんて。
「貴様が何を思い何に震えているのかは知らんが……勝たねば死ぬぞ?」
事もなげに、そんなことを言って来る。
「無理だ。……勝てるわけがない」
無意識のうちに、口が動いていた。
そうだ、勝てるわけがない。こんな結果がわかりきった勝負なんて意味がないんだ。
だが、英雄はその言葉を否定する。
「勝てるわけがない、か。関係ないな、そんなこと」
「は?」
「今貴様が立っているのは勝負の場などではない。血生臭い殺し合いの場だ。生きるか死ぬかの戦場だ。生きたければ勝て。死にたいのならそのまま喰い殺されろ。甘えるな。甘えたところで死ぬだけだ」
その言葉で、ようやく理解した。
目の前の英雄が、俺を助ける気などさらさらないということを。
ここが綺麗事の通じる場ではないということを。
そして俺が、惨めったらしく死を待つだけの弱者でありながら、対して抵抗もせず馬鹿みたいに救いを待とうとする愚者であるということを。
やっとわかった。
俺のするべきことが、なんなのか。
「ガァー!」
「くっ……はっ!」
剣に炎を纏わせ、竜に振るう。
相変わらず擦り傷すら負わせられない。
どうすればいいっ……!
こいつを殺すために、何が必要だ!!
———っ、そうか
「
再度、魔法を使用する。
俺の魔法は、剣を創る魔法だ。素材を指定し魔力を消費することにより自在に剣を創る事ができる。ただそれだけだ。
自由自在に剣を操る事なんてできないし、複数の剣を一気に創る事もできない。
なんの変哲もない、剣を創るだけの魔法だ。
だが気が付いた。
俺の魔法で創れる剣の性能には、限りがない。
「魔剣ルーザ」
こんな風に、魔剣さえ創り出すことができる。
幼い頃、英雄は魔剣を持つものだと教えられた。だから俺も、魔剣に憧れ創ろうとした。
もちろん魔力量が足りず創ることはできなかったが。それからは一々魔剣を創るよりも剣を操り射出した方が効率的だと思いそればかり鍛えていた。
だが今はどうだ。
生半可な攻撃は全て弾かれ、魔法も魔術も対して効果がない。
英雄に言われた。
俺は甘えていたんだ。究極を追求しようとせずただ妥協して、勝てるわけがないと勝手に決めつけて逃げていた。
攻撃が通じない?
相手の方が強い?
それがどうした。そんなもの、乗り越えてしまえばいいだけだ。
この竜に勝ち、俺は俺を越える。
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