第7話
激闘の末勝利したのはメシアだった。まあ予想通りだ。
実力は拮抗していたが、アークは心で負けていた。メシアの覚悟を目の当たりにし、怯えを抱いた。故に最低限の防御すら捨て、攻めに意識を割きすぎたのだ。
メシアはその隙を見逃さず、最低限の魔力で炎を逸らし、攻撃に使う魔力を曲げな当てる勝利を収めた。
真っ向勝負と思わせておいてからの搦手。冷静だからこそできる判断だ。
戦闘は冷静さを失ったものが最初に負ける。実力の拮抗した者ならなおさらに。
ただやはり搦手は初見だからこそよく通用するもの。冷静さを保ち対策までされれば通用しない。
次二人が戦うことがあったとして、次もメシアが勝つとは限らない。
まあ、それは私に関係のないことか。
あの二人がどうなろうと、興味はない。さっさと帰ってしまおう。二人のおかげで、もう授業もないしな。
「あらヴァンさん、おかえりですの?」
「ああ」
「あの子、あなたを探していますわよ?」
「関係ない」
「……そうですの」
さっさと帰って依頼をしに行くとしよう。
◇
無事勝利を収めた俺は、倒れているアークに向けて言葉を向ける。
「なんだよ、お前強いじゃねぇか」
正直俺はこいつのことを舐めていた。他人を馬鹿にしないと自分を肯定できないような弱者と勝手に決めつけてしまった。
だから簡単に追い詰められてしまったし、途中までなす術もなくボコボコにされていた。
アークに同格との戦闘経験がなかったからなんとか勝てたものの、もう一度戦えと言われたら次も勝てるとは思わない。
極め付けに、アークの剣術だ。
一撃一撃が洗練されていて、尚且つ鋭かった。才能に頼ったものなどではなく、血の滲むような努力の末に得られた剣技だと見るだけでわかった。
そんな奴を俺は舐めていたのだ。
今すぐ、あの時の自分を殴り飛ばしてやりたい。
アークは弱者ではない。努力に努力を重ねた一人の戦士だ。それを侮辱することなど、あってはならない。
「アーク。俺はもっと強くなりたい。だからさ、俺のライバルになってくれないか?」
お前と競い合えば、もっと高みに行ける。
「………お断りだ!」
俺の差し伸べた手は払われ、代わりに送られたのは拒絶の言葉だった。
「なんで……」
「勝者には、敗者の気持ちなどわからない」
アークはそのまま立ち去ってしまった。
……嫌われちまったか。
せっかく競い合えるライバルができると思ったのに。
まあ、嫌われたものは仕方ない。早くヴァンに追い付くためにも、鍛えていかないとな。
「ごきげんよう」
そう声を掛けながら、一人の女が現れた。緩く巻かれた薄紫の髪の少女だ。
見るからに貴族だとわかる彼女を、俺は知っている。
「もしかして、リエラか?」
「あら、覚えていたのですの?」
「そりゃ恩人だからな」
まだ俺が小さいガキの頃、母さんが熱を出した。未知の病気らしく、教会の人たちもお手上げ状態。
そこに、こいつがやってきた。
引き止めるシスターさんや神父さんを押し退けて、母さんに無理矢理薬を飲ませたんだ。
当時は薬学が今のように広まっていなかったから、俺はものすごく反抗した。
子供だったリエラを殴り飛ばそうとしたり、薬を捨てようとしたりと、今思えばめちゃくちゃ馬鹿で取り返しのつかないことをやっていた。
あの時リエラが俺をボコボコにしまくってくれなければ母さんは死んでいたかもしれない。
感謝してもし切れない。この恩は絶対に返すつもりだ。
「あれからお母君のご様態はどうですの?」
「いつも笑顔で魔物をしばいてるよ。もう40超えてるはずなんだけどな……」
「元気なのは良いことですわ。貴方も随分強くなったではありませんか」
「いや、まだまだだよ」
確かに俺は強くなった。
だがそれでも、あのヴァンには手も足も出ず惨敗し、先程の試合ではアークの実力を見誤り戦士として恥ずべき行為をしてしまった。
俺はまだまだ未熟なんだ。
「過度な謙遜は嫌味ですわよ?」
「謙遜なんかじゃない。ヴァンと比べたら、俺はまだまだ弱いからな」
「………比較対象がおかしいですわ。あの方は世界最強ですのよ? あの方と比べればみんな弱くなってしまいますわ」
「え!?」
あいつ、世界最強だったのかよ……。
……思い出した。
確か小さい頃に父さんに聞いたことがある。なんでも10歳で特級冒険者になり、龍を討伐した大天才。
俺と同年代なのにすごい奴がいるもんだなぁ、と思った。
ちょうど同じ年に母さんが病気で倒れたから今日まで忘れていたが。
「今のあいつって、どんな感じなんだ?」
「曰く、11歳で国同士の戦争を終わらせ、13歳の頃に邪神教の信徒を撲滅したとか」
「すごすぎないか?」
「えぇ、大英雄と呼ばれているのも納得ですわ」
大英雄か……。
そりゃこういうことしてたらそう呼ばれるだろうな。
ヴァンのおかげでどれだけの人が救われたんだろう。どれだけの人が奮い立てたんだろう。
俺の頭じゃ想像できないくらいの人が希望を与えられ、救われたんだろうな。
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