第3話

「説明は以上じゃ。この他に何か質問のあるものはおるか?」

「一つ」


タレスの問いかけに私は静かに手を挙げた。おそらくタレスもこの質問待ちだろうしな。


「ヴァンか。なんじゃ?」

「なぜ、姿を変えている?」

「……は?」


私の質問にアークが変な声を上げる。

気付いてなかったのか……。

まあそれも仕方ないか。タレスの魔法は特級冒険者でも容易に気付くことができないレベルだからな。


「……まさか生徒に気付かれるとは思わんかった。まあ、そなたを学生と言うには無理があるがの」

「私もなりたくてなんぞに学生になったわけではない」

「その年で特急冒険者になっておれば必要ないんじゃろうが、さすがにの」

「特級!?」

「あら、知らなかったんですの?」


何やら驚いているが、それよりもタレスの方が重要だ。口ぶりから察するに、私がこの学園に来た理由も知っているだろう。

ギルド長と話せる人物となると限られてくる。こいつは相当な重鎮なのだろうな。


「バレてしまっては仕方ない。姿を偽るのはここまでにしよう」


タレスの魔法が解け、姿が変わる。老人の姿から赤色の長い髪に緑色の瞳の幼女になった。


「この姿じゃナメられる故化けておったのに、簡単に見抜くとはの。自信無くすぞ儂」

「知ったことではないな」

「冷たいのぉ。まあお主相手なら儂の面目も保たれるか」

「幼女の面目なんぞあってないようなものだろ」

「貴様ー! 言ってはならぬことをー!」


はぁ、耳が痛い。そんなに怒ることか?

こんな事で怒っていたら余計幼く見えることに気付いてないのかね。まあ、気付いていたらもっと余裕のある対応をするか。


「何はともあれ! 話は以上じゃ! 足を掬われんよう気を付けるように!」


キーキー言いながらタレスは教室から出て行った。どこから見ても幼女でしかないな。

今日と明日の授業は作戦会議や鍛錬の為なくなっているので、私も帰るとしよう。

帰ると言っても、学園の寮にだがな。


「おい、ちょっと待てよ」

「ん?」


タレスに続き教室を出て行こうとしたら、なぜかアークに呼び止められた。面倒くさい。


「何だ?」

「俺は認めねぇからな」

「そうか」


訳がわからんな。ただ、どうだっていい事なのは確かだ。

アークの事は放っておき、寮に向かう。この学園の構造は塔のようになっており、それぞれのクラスが一から七階に別れている。Sクラスが一番上で、そこから一つずつ下がっていく形だ。

教室に案内された時は魔導式上昇装置という前世でいうところのエレベーターに乗って移動したので、今回は階段で降りよう。

エレベーターは性に合わんし、ゆっくりと学園を回る方が有意義だ。もしかしたら、学園側が見落とした逸材を見つけることができるかもしれないからな。


「はっ、Eクラスの落ちこぼれがBクラスの俺に逆らう気か?」

「さっきから落ちこぼれ落ちこぼれって、お前こそBクラスの中途半端な野郎だろ!」

「んだとぉ!?」


ある程度学園内を見回し、玄関に着いたらこれだ。

Bクラスの腕章を付けた茶髪の生徒と、Eクラスの紋章を付けた銀髪の生徒が言い争っている。

はぁ、初日から問題発生か。

せめて玄関でするのはやめてほしかったな。野次馬が集まってものすごく邪魔だ。


「はぁ……」


ため息を吐きながら二人の元へ歩く。何人かが私に気付き、道を開けた。気付いていなかった者もすぐに頭を下げながら道を開ける。向けられる様々な感情の視線を無視し、ゆっくりと歩みを進める。

今私に気付いていないのは、この二人だけだ。


「どけ、邪魔だ」


やっと私に気が付いたのか二人が驚いたような顔で私を見る。一瞬の沈黙の末、先に口を開いたのはBクラスの生徒だった。


「てめぇ、俺に向かって邪魔だとはいい度胸だなぁ!?」

「事実を言ったまでだ。貴様ら二人とも邪魔だ。喧嘩なら外でやれ」

「おいおい、お前俺のクラスを知らないのか?」

「Bだろ。見たらわかる」

「なら逆らうんじゃねぇよ! どうせお前も、この階の奴らと同じ、EかDの……は?」

「Sクラス……」


どうやら私の腕章に気付いたようだな。そんな事はどうでもいいからさっさと退いてくれないだろうか。


「もう一度言うぞ。喧嘩なら外でやれ」

「は、はい! すみませんでした!」


そう言ってBクラスの生徒は走り去って行った。所詮口だけの男だったな。さて、さっさと帰ろうか。


「あんた、Sクラスの生徒なんだよな」


はぁ、またこのパターンか。今日で二回目だぞ。


「それがどうした?」

「対抗戦、負けねえから」

「そうか」


私はどうでもいいがな。名前も知らない他人にそのようなことを言われても、興味なんぞ湧くはずもない。



寮に帰った私は、その何もない部屋のベッドに横になっていた。


「……まだやってなかったな」


そういえば、今日は日課をしていなかった。さて、いつも通り失敗するか、奇跡的に成功するか、どっちだろうな。

ゆっくりと腰に差している刀を抜き、己の首筋に当てる。そのまま刃を押し込み、頸動脈を切る。首から夥しい量の血が吹き出し、部屋を染め上げる。

だが——


『ダメ』


どこからか子供のような声が聞こえ、勝手に傷が修復していく。失ったはずの血も、飛び散ったはずの血も全てがなかったかのように私に戻り、元通りになる。


刀を納め周りを見る。


やはり、誰もいない。


「今日も失敗か」


いつになったら、終わらせてくれるのだろうか。

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