第17話:魔法義眼
そんなこんなで騎士団の人たちと訓練しているとき、ある日ひょっこりとダベンポート様が現れた。
「アロンソ君、少しリリス君を借りるよ」
「ああ、どうぞ」
アロンソ中尉が少し緊張しながらダベンポート様に答える。
「君の義眼ができたんだ。試してみよう」
+ + +
ダベンポート様は騎士団の医務室にわたしを連れて行くと包帯を取ってくれた。
出血も止まって久しいし、どのみちもう包帯は役に立ってはいない。だが、何にもつけてないと不安だから巻いていただけだ。
「もう包帯は要らんだろう?」
ダベンポート様が椅子に座らせたわたしの頭から包帯をほどく。
「これが完成品の義眼だ」
ダベンポート様はポケットから取り出した小箱を開いて中身を見せてくれた。
赤い虹彩の大きな義眼。中心には複雑な魔法陣が刻印されている。後ろ側がモシャモシャしているのが少し気味悪い。
「早速装着してみよう」
ダベンポート様は白い手袋をつけた右手でわたしの左目を押し開いた。
「……最初はちょっと痛いぞ。我慢したまえ」
ダベンポート様が片手の親指と人差し指で開いた眼窩にさっきの人工義眼を押し入れる。
眼窩におさまった義眼はすぐに活動を開始すると、ウネウネと左目の視神経を探り始めた。
これがとんでもなく痛い。
「い、痛いです」
そうダベンポート様に訴える。
「いっときの我慢だ。すぐに収まるから我慢したまえ」
やがて、痛みは引いていった。何かが義眼と繋がる感触。
「どうだね? そろそろ何か見えるんじゃないかね?」
ダベンポート様がわたしに訊ねる。
「……はい」
わたしは務めて左目で周囲を眺めてみた。
確かに熱源がよく見える。外のグラウンドが明るく輝き、ダベンポート様の姿が白く、くっきりと見える。
わたしは周囲を見回してみた。
全ての物体が白黒に色分けされて見える。だが、カラーで見ていた状況とはかなり異なる。全てが白黒。白の方が熱源の強さに応じて明るく見えたり、暗く見えたりするらしい。
やがて、頭痛を覚えてわたしは目を抑えた。
左目の赤外線光が右目の自然光と合わさるとかなり辛い。
「はい、見えます。でも、両目で見るとなんか変です」
「そりゃ変だろう。君の左目は赤外線を見ているんだ。一緒にしたら混乱する」
ダベンポート様はククク……と含み笑いを漏らした。
「ちゃんと見えているんだったら術式は成功だな」
すぐにダベンポート様はわたしの左目に眼帯をつけてくれた。
混乱が収まり、普通の状態に視野が戻る。
「とりあえず、これで君の左目は一応復旧したよ。この目は赤外線しか認識しない。だが、逆に言えば真っ暗闇でも左目なら周囲を見ることができるということだ。暗闇の中では眼帯を外して周囲を探るといい。きっとこれは君の武器になる」
ダベンポート様に頂いた義眼は確かにすごかった。
ちゃんと自分の目玉と同様に動く上、赤外線が白く見える。
試しにわたしは暗い訓練場を歩いてみた。
真っ暗なのに、周囲がよく見える。宿舎の
これなら闇に紛れて敵を襲撃することも可能だろう。
翌日から、わたしはクリス少佐にお願いして夜間訓練もプログラムに取り入れてもらった。
せっかく闇夜が見えるのだ。これを使わないでなんとする。
日が暮れてから、訓練場の中心に立ったわたしに三人の仲間が襲いかかる。
こちらの隊服は白に赤十字、対する相手は青い騎士団の制服だ。
状況的には圧倒的にこちらの不利、だが、わたしには赤外線が見える義眼がある。
暗闇であることを確認してからわたしは左目の眼帯を外して右目に違う眼帯を装着した。
付け替えた瞬間に視界が切り替わり、白い熱源が視界に現れる。
ぼさっと立っているところで最初の相手が忍び寄ってきた。相手は暗闇の中では充分な視界を確保できない。そのため、どうしても忍足になる。
充分に引きつけたところで振り向きざまに斬りかかられる。
すかさず反撃。
「うお?」
腕を切り払い、胴に渾身の打ち込みを放つ。
木剣が当たる確かな感触。
「ワン・ダウン」
残りの二人は左右から素早く接近してきた。
左側の相手の方に手をかけて、宙返りの要領で背後を取る。
わたしは背後をとった相手の肘の関節を極めて動けないようにすると、そのまま相手を盾にしてもう一人の相手に迫った。
「うわ、待て待て待てッ」
関節を極められている方の相手が悲鳴を上げる。
わたしはその脇の下から相手の胸板に木剣を突き出して相手を沈めた。
最後に盾になってもらった相手にも木剣を突きつけ、相手に降参を迫る。
「リリス、ま、参った」
相手が両手をあげて降参の意を示す。
わたしは極めていた関節を緩めると、相手を解放した。
「こりゃあ、三人じゃあダメだな」
遠くから格闘戦の様子を眺めていたクリス隊長がため息をつく。
「真っ暗闇で三人、これを屠るとなると今度は人数を倍にして六人にするか」
それからしばらくの間、夜間訓練は一対六の変則格闘戦となった。
何やら部下にクリス隊長が入れ知恵をしたようで、相手は必ず左側から攻めてくる。
左は死角になっている。だが、首を回せば問題はない。
昼間の間は乱打戦、それぞれの相手を沈めてから夜間訓練に入る。
わたしの身体能力は言ってはなんだが低くない。
斬り込んでくる相手の背後をバク宙で取って、これを盾にして残りの五人と対峙する。
「お、おい、リリス、こりゃ卑怯だ」
背中で腕を極められた騎兵が悲鳴を上げる。
わたしはそのまま五人に突進すると二人を沈めた。
「ツー・ダウン」
斬り込んでくる相手に対し、盾にしている騎士を向ける。
「お、おい、勘弁してくれ」
勘弁する訳がない。
わたしは引き続き盾にした騎士を前に据えるとそのまま残りの三人に突進した。
相手は味方を盾に取られてどうしていいのかわからないらしい。次々に刺突を加えてくる。
わたしは背中からアイギスの盾を振り出すと、その刺突を次々に往なしていった。
木剣なので火花は散らない。だが、激しい音が響く。
バン、ガン、ゴゥン!
アイギスの盾はビクともしない。何しろアームストロング砲を凌いだ盾だ。この程度の攻撃は屁でもない。
わたしは相手の攻撃が止むのを待つと、こちらから打って出た。
突撃し、三人並んだ相手の真ん中の相手の肩に手をかけ背後をとる。相手が振り返るよりも早く真ん中の一人に刺突、アイギスの盾で防ぎながら残りの二人の剣撃をいなしていく。
右側の一人に刺突を加え、そのまま上に斬りあげる。木剣なので致命的なダメージはないが、木剣で殴られるのはそれなりに痛い。
わたしは相手を踏み倒すと、そのまま喉に木剣を突き立てた。
これで呼吸困難だ。
ヒューヒュー言っている相手の側頭を木剣で殴って意識を切り飛ばす。
同僚ではあるが、対戦となれば容赦はしない。
「おいおい、ひでーな」
場外から腕を組んで観戦しているクリス少佐が感想を漏らす。
しかし、そんなことには構っていられない。
残りは二人。
わたしは距離を取って二人に向き合った。
距離三フィート。
まずは一人目。
わたしは左側の的に突進すると、相手が身構える前に相手の股下を潜った。そのまま背後をとり、ふたたび相手を盾に取る。
「うお、うわわ!」
わたしは相手を盾にしながらもう一人の的に突進した。
+ + +
別途、馬も頂いた。ジークリンデ、艶やかな芦毛が綺麗な女の子の馬だ。
毎朝、朝ごはんの前にジークリンデを丁寧にブラッシングする。ジークリンデは足の速い、純血のサラブレッドだ。ブラッシングしている間、ジークリンデは目を細めて気持ちよさそうにしている。
乗馬の経験はないのでアロンソ中尉に相談したところ、アロンソ中尉が直々に訓練してくれることになった。
「まあ、馬なんてペットみたいなもんだ。ルールは三つ、方向指示は足で腹を蹴る。優しくな」
「こ、こうですか?」
ジークリンデは優しい子だ。拙いわたしの指示にもちゃんとついてきてくれる。
「そうそう、その調子」
アロンソ中尉の周りをぐるぐる回っているうちに要領がわかってきた。要は意思疎通の問題だ。ルール通りに指示をすれば、訓練されているジークリンデはちゃんとわかってついてきてくれる。
「スピードを上げたい時は手綱で首を叩く。優しくな。これで馬は速く走るようになる」
「はい」
言われた通りにすると、ジークリンデはすぐに駆け足になった。
「速度を上げたいときはさらに手綱で首を叩くんだ。そうすれば速度が上がる」
言われた通りにするとジークリンデの速度が上がった。
「最高速で走りたい時は鞭を使え。鞭で尻を叩けばその馬も全速力で走り始める」
ジークリンデの最高速度はとんでもなく早かった。わたしが男性よりも軽いこともあるのだろう。なんだか嬉しそうに全速力で訓練場の中を駆け抜ける。
「最後に止まる時だが、これも手綱を使う。手綱を引けば馬は止まる」
確かに手綱はジークリンデと話をするための道具のようだ。手綱を引くと、ジークリンデがぐわっと立ち上がって急停止した。
「ま、こんなもんだ。あとは練習あるのみ。誰でも一週間も練習すれば乗れるようになるさ」
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