第16話:魔剣カルド・ボルグとアイギスの盾

 アイギスの盾はともかくとして、カルド・ボルグの操作は難しかった。

 何もしていない状態だと全長三フィート程度の幅広の剣なのだが、これを構えて念を送ると長さが変わる。

 ここでもダベンポート様のおっしゃる通り、質量保存の法則ロウ・オブ・コンサベーション・オブ・マスが生きているみたい。

 ダベンポート様に教わった通りに念を送るとカルド・ボルグは長くなると同時に細身の剣へと変性する。とりあえずわたしは六フィート(約百八十センチ)まで試してみた。これだと刃の幅がだいぶん細くなって、まるで長いフルーレのようだ。出自は判らないが、見た目は隣国の剣に似ている。本物のフルーレと違うのは刀身全体、背にも腹にも鋭い刃が備えられていることだ。そのためどちらの向きに振るっても物が切れる。切れ味はとんでもなく鋭く、大概のものならみじん切りにできそうだ。一度試しに庭の立ち木を斬ってみたが、なんの抵抗もなく振り抜けた。

 これならどんな敵でも造作なく片付けることができるだろう。


 一方のアイギスの盾はブラウン団長が強い興味を示したこともあって、一度試してみようということになった。

 ブラウン団長と一緒に騎士団の訓練場に赴く。

「ま、試してみようよ。準備はしてあるから」

 ブラウン団長が連れて行ってくれた先にはなんとアームストロング砲が置かれていた。六ポンド(口径2.5インチ)の軽野砲だ。

「ダベンポートが言うことが確かなら、あの大砲程度なら防げるはずだよ」


 え? いや、たぶんそれは無理。


 でもヘドモドしている間にわたしはアイギスの盾を持ってアームストロング砲の前に立たされてしまった。

「ブラウン団長ー、大砲はたぶん無理でーす」

 一応大声でブラウン団長に訴える。

「いやあ、魔法の盾だからねえ、きっと大丈夫だよ」

 ブラウン団長はニヤニヤ笑うと、

「さあ、構えて。盾の裏に身体を隠すんだ。はみ出てると怪我するぞ」

「さすがに女性一人でアームストロング砲は無理でしょう。俺が手伝いますよ」

 つとクリス少佐が助太刀を買って出てくれた。

 しゃがんだわたしが盾を構え、その後ろからクリス少佐が支えてくれる。

「いつでも良いぞー」

 クリス少佐が無茶を言う。

 こっちは吹き飛ばされるんじゃないかと思ってハラハラドキドキだ。

「よーし。砲手から見てはみ出ている場所はないかね?」

「大丈夫でーす。二人とも盾の後ろに隠れてます」

 大砲についている引き綱を握った砲手がOKサインをブラウン団長に送る。

「では……、撃てッ」

 ブラウン団長の号令と同時に砲手が引き綱を引いた。


 ドゥンッ!


 アームストロング砲が爆炎を散らす。

 吐き出された弾はアイギスの盾を直撃した。

 ガウンッ……

 割れ鐘のような猛烈な衝撃音。

 でも、不思議とショックがない。アイギスの盾はアームストロング砲の衝撃を吸収すると、何事もなかったかのようにその場に佇んでいた。

「おー、すげーなアイギスの盾」

 見物していたブラウン団長がパチパチと両手を鳴らす。

「でも、これってわたしたち必要だったんでしょうか?」

 硝煙が晴れたのち、わたしはブラウン団長に訊ねてみた。

 防御性能を見るだけだったら盾を固定して撃てばよかった気がする。

「いやー、なんでもダベンポートが言うには人が支えていないとアイギスの盾の性能が発揮されないらしいんだよ」

 アイギスの盾を持って戻ってきたわたしとクリス少佐に対してブラウン団長が言った。

「どうやらアイギスの盾も君のカルド・ボルグと一緒で持ち主の精神力が必要らしい。誰も持っていないと単なる板っぺらになっちゃうんだってさ」


+ + +


 三ヶ月の特訓の後、わたしはバク宙と空中転回を完全にものにしていた。

 例え何もなくてもその場で空中前転もバク宙も出来る。ただ、飛んでいる高度が低いため、これだけではあまり戦力にはならない。

 そこでわたしは相手の脚をうまく操作して踏み台に使うことを練習した。

 相手が脚を踏み出せば必ずそこには段差ができる。この段差をうまく使って空中転回するのだ。

「そりゃッ」

 アロンソ中尉が上段に剣を構えて突進してくる。

 わたしはアロンソ中尉の上段を身体をひねって躱すと同時に踏み込んできた膝を踏み台にして前方転回した。

「フッ」

 一気に頭上を飛び越えアロンソ中尉の背後を取る。

 同時に空中で抜いたカルド・ボルグの長さを調整し、アロンソ中尉の首に刀身を添える。

「まいった」

 すぐにアロンソ中尉が両手を上げた。

 わたしはカルド・ボルグを鞘に収めると、

「ありがとうございました」

 と頭を下げた。

「いやいや、頑張っているみたいじゃないか」

 アロンソ中尉が剣を収めながらわたしに言う。

「次は低空戦の練習だな」

「低空戦?」

 聞き覚えのない言葉に訊ね返す。

「今までは相手の頭上を飛び越える戦闘をしてきただろう? 今度は相手の足元を擦り抜けて背後を取るんだ。王国の騎士道は手段を選ばない。相手の足元を滑って背後を取るんだ。これができるようになればかなり無敵になるぞ」


 その日から今度はスライディングの練習になった。

 カラド・ボルグを構え、背中にアイギスの盾を背負った状態で相手の股間をすり抜ける。最初はアイギスの盾が邪魔になったが、それはすぐにうまく操作できるようになった。要はアイギスの盾を背中にぴったり背負えば良いだけの話だ。

 どうにもフックの位置が気になったので騎士団の鍛冶屋さんとも相談した。今までは上だけで支えていたが、下にもフックをつけたらどうだろうかというアドバイスを受けてフックを増設した。しかし、そうしたら今度は盾を構えにくくなってしまったので鍛冶屋のお爺さんと相談しながらフックの位置を変え、ようやく使いやすい位置を割り出したのがちょっと前のことだ。

 おかげで今ではすぐに盾を構えられるし、不要な時は背中側に固定できる。

 カルド・ボルグとアイギスの盾の合計六ポンド(約三キロ)も負担に感じなくなった。この装備をつけたまま、リングIワンを十周回ることだってできる。

 リングIワン一周は十マイル(十六キロ)、十周だったら百マイル(約百六十キロ)。これでも戦場看護婦の頃のランニングよりは負担が少ない。そのぶん速度を上げることができるから運動量としては申し分ない。

 背負った盾と腰の剣が動くため慣れないうちは辛かったが、すぐに慣れた。

 戦場看護婦だった頃は毎朝二百ポンド(約百キロ)背負ってランニングをしていたのだ。それに比較すれば今の負荷は軽いものだ。


 それに合わせて訓練も実戦的なものとなった。今まではアロンソ中尉一人と訓練していたが、今では三人が相手だ。わたしが使っているカルド・ボルグの切れ味がとんでもないことはみんな知っていたので、今後訓練の時は刃のない木剣を使うようにと言うのが団長からのお達しだ。

 まあ、確かにカルド・ボルグが当たったら腕ぐらいなら簡単に持って行ってしまう気がする。

 刃渡り三フィートの木剣を構え、三人と対峙する。

「おりゃあッ」

 最初に切り込んできた騎士の肩に左手をかけ、頭上を飛び越える。

「フンッ」

 飛び越えると同時に木剣で相手の背中を斬りつけ、すかさず背後に剣を突き出す。

「ワン・ダウン」

 わたしはそう宣言すると残りの二人に向き合った。

 残り二人。アロンソ中尉ともう一人。

 二人が剣を構えてわたしを睨みつける。

 どっちから片付けよう?

 わたしは二人の様子を見ると、右側の相手の方に隙があることに気づいた。

 すかさずダッシュ。

 右側の相手の目前にまで飛び込み、すぐに身体を沈めて相手の足元でスライディング。背後を取ったところで斬りつける。

「うおッ」

 びっくりした様子の相手が振り返る前に肩から腕に斬りつける。真剣だったら腕を落とせるところだ。撃ち抜いた剣を構え直し、振り返る相手の胸元に木剣を叩き込む。

「グエッ」

 悲痛な悲鳴。だがそんなことは気にしていられない。

 わたしは、

「ツーダウン」と宣言すると最後のアロンソ中尉に向き直った。

「だいぶん上達したな、リリス」

「いえ、まだまだです」

 木剣を構え直し、アロンソ中尉に対峙する。

「いざ」

 わたしは正眼に剣を構えると、アロンソ中尉を睨みつけた。

 さすがに騎士団の中尉だけあって隙がない。今までは練習のために手を抜いていたらしい。本気になったアロンソ中尉は闘気に満ちている。

 上か、下か?

 わたしは瞬時に上から攻めることに決めるとアロンソ中尉に向かって全速力で接近した。

 アロンソ中尉が下からの攻撃に備えて盾を低く構える。

 アロンソ中尉が剣を振りかざすよりも速く、わたしはその腕に脚をかけるとアロンソ中尉の頭上で前転した。

 すかさず背後を取り背中側から斬りつける。

 だがアロンソ中尉もそれを予測していたようで、わたしの斬撃は構えた盾で受けられた。

 ならば……

 二発目の斬撃を躱されたところで今度はスライディング。アロンソ中尉の股間をスライディングで駆け抜ける。

「うお?」

 小柄な女性だからできる技。わたしはすぐに立ち上がると再び木剣を抜いた。そのまますかさず連撃に繋げる。

 五発、六発。

 それぞれ必殺の斬撃だったのだが、アロンソ中尉の盾で受けられる。

「フンッ」

 こちらの斬撃が止まったところでアロンソ中尉が木剣を突き出した。

 木剣が喉元に迫る。

(当たるッ)

 アロンソ中尉は直前で木剣を止めるとニヤッと笑った。

「これで、ワン・ダウンだな」

「参りました」

 わたしは素直に敗北を認めると木剣を鞘に収めた。

「なんの。この短期間でものすごく上達している。この調子で頑張れば一年後には最前線でも戦えるようになるぞ。まったく、末恐ろしい限りだ……さて、続けようか」

「はい」

 わたしは身だしなみを整えると、再び三人と対峙した。

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