エピソード2──王立魔法軍第411衛生兵大隊特務小隊──
第14話:病院生活
魔法院に帰院後、わたしはそのまま附属病院に入院させられてしまった。
なんでも負傷の程度が大きいのでしばらくはおとなしくしていなさいということらしい。
傷口はダベンポート様が塞いでくれたが、頭蓋骨の修復にはもう少し時間がかかるという。確かに、こめかみに銃弾を撃ち込まれてこれで済んでいるのは
わたしは命じられるがまま王立魔法院の附属病院に入院した。
相変わらず頭は割れるように痛いが、これは病院の魔導士の人が痛み止めの呪文を定期的にかけてくれるおかげで耐え難いほどではない。
それよりは左目だ。
わたしの利き目は右目なので日常生活に支障はない。だが、左側が見えないのは非常に困る。これでは戦場での死角が広くなってしまうため、ひょっとすると致命傷になる。
そうは言ってもできることはほとんどない。
わたしは医師団に指示されるがままベッドに横たわり、ひたすら回復に専念した。
そんなある日のこと、グレン大隊長が何やら大きな花束を持って面会に来てくれた。
連れていた女性の補佐官に命じて持ってきた花束を花瓶に生けさせる。
「イリングワース君、具合はどうかね?」
大隊長は相変わらずの鋭い目つきでわたしに訊ねる。
「はい大隊長、まだ痛みはありますが医務官によれば一ヶ月以内に戦線復帰可能だそうです」
わたしはベッドの上に起き上がると大隊長に答えて言った。
「うむ。それはよかった。今日は君に二つ良いお知らせがある」
大隊長はもう一人の補佐官に手招きをすると、受け取った小さな箱を開いた。
「一つは、君に『名誉戦傷章』を授与するということだ。どうか受け取って欲しい」
大隊長が差し出したのは赤い十字の勲章だった。十字の勲章とともに隊服につけるための略章が添えられている。
どうしてなのかはわからない。
でもわたしは胸が詰まって涙がこぼれ落ちるのを堪えられないでいた。
「……ありがとう、ございます」
「本当だったら授与式を開くべきなんだろうがな。この状況だ、手渡しで勘弁して欲しい」
「…………」
わたしは涙を堪えつつ、無言のまま頷いた。
「もう一つ」
大隊長はふと笑顔を見せた。
「私は君を准尉に昇進させることに決めた。隊服につける肩章はもう発注済みだ。これから君には分隊長ではなく、小隊長としての権限を与えることにする。さらにだ」
大隊長は懐から黒いアイパッチの束を取り出した。
「左目を失った君のためにアイパッチを特注した。私の右目とお揃いだ。三組あるからぞんぶんに使って欲しい」
大隊長一行が病室を去ってから、早速わたしはアイパッチをつけてみた。
手鏡で写して自分の姿を眺めてみる。
なんか海賊みたい。でも、包帯を巻いて戦場に赴くわけにはいかないからアイパッチはとてもありがたい。
ベッドに座って自分の姿を眺めている時、ふとわたしはドアがノックされたことに気づいた。
「はい」
「入るよ」
ノックしたのはダベンポート様だった。両手一杯に武具を抱えている。
「どうかね、具合は?」
ダベンポート様は持ってきた武具を壁に立てかけるとわたしの隣の椅子に座った。
「良好です。ただ、左側が見えないのが玉に瑕ですが」
わたしは率直に答えた。
ひょっとしたらダベンポート様が何か良いことをしてくれるかも知れない。
「左目か……」
ダベンポート様は顎に手を添えると考え込むような仕草をした。
「可視光線はまあ、無理だ。だが、赤外線ならどうにかなるかも知れない」
ダベンポート様は制服のポケットから小さな箱を取り出した。
「開けてごらん?」
「はい……」
言われるがままに箱を開ける。
中に入っていたのは大きな目玉だった。虹彩の色は赤、中には複雑な魔法陣が組み込まれている。
「これは?」
「君の左目の試作品だよ」
ダベンポート様は私から箱を受け取ると再び蓋を閉じて制服のポケットにしまってしまった。
「今見た限り、サイズ的には問題がなさそうだ。だが、この義眼には問題がある」
「と言うと?」
わたしはダベンポート様に訊ねた。
「この義眼は赤外線しか認識しないんだ。従って、君の右目と併用するとおそらく脳が混乱する。……しかし、それでも良ければ制作を続けよう。どうするね?」
「自然光での義眼は無理だったと言うことですね?」
「ああ、残念ながらね」
ダベンポート様は肩をすくめた。
「お願いします。左側が見えないのは非常に困ります」
わたしはダベンポート様にお願いした。
「リリス君、そうは言ってもこれを入れたところで左側が見えないことに変わりはないぞ。せいぜいがないよりはマシ程度だ」
「それでも、見えないよりは見えたほうが助かります」
ダベンポート様はしばらく考えるようだったが、やがて頷いた。
「わかった。とりあえず作ってみよう。うまく行かなければ取り外せばいいだけだ」
つとダベンポート様は椅子から立ち上がると入り口の壁に立てかけていた包みを取り出した。
「グレン大隊長にも許可は得た。今日からこれが君の武器だ」
包みから長い剣と大きな盾を取り出す。
「持ってごらん?」
ダベンポート様はわたしの膝の上に長い剣を乗せてくれた。
少し苦労しながら鞘から剣を抜いてみる。
とても綺麗な、それでいてとんでもなく凶暴な雰囲気を持った白銀の剣だ。
「それはね、伝説の魔剣カラド・ボルグだよ。
カラド・ボルグならわたしも知っている。大昔の英雄、フェルグス・マック・ロイヒの愛剣だ。
そんな魔剣がなんで魔法院に?
「ま、どういう経緯かは僕も知らないんだが、ともあれそれが魔法院の倉庫にしまってあったんだ。なので今回書類を作って永久貸与してもらった。カラド・ボルグは長さを自在に変えられるからおそらく君には最適だろう」
ついでダベンポート様は大きな盾を取り出した。
白い盾に赤く大きな十字が描かれている。
「そしてこれはアイギスの盾だ。こっちの方はもっといわれが怪しくてね、伝承によればこれはギリシャ神話のアテナの盾だと言われている。ま、こちらもどこから王国の
ダベンポート様はわたしからアイギスの盾を受け取ると、入り口近くの壁に再び立て掛けた。
「君は二週間後に退院する。そうしたら一年間、みっちり騎士団で剣技の修行を受けたまえ。騎士団にはもう話をつけてある。一年間修行することについては大隊長も承認済だ。どうやら大隊長はリリス君を資金石として今後戦場看護婦を武装集団にしようと画策しているようだ」
+ + +
(アイギスの盾って、確かメデューサの首がくっついているんじゃなかったっけ?)
ダベンポート様が帰ってからわたしはアイギスの盾とカラド・ボルグを改めて見つめてみた。
アイギスの盾は長方形の巨大な盾だった。上端はまっすぐ、下端は普通の盾と同じように丸まった形。これなら戦場で後ろに隠れれば身体全体を隠すことができる。伝承では山羊革の盾だが、王国のアイギスの盾は何かの金属でできているようだ。
それにメデューサの首がくっついている様子もない。正面から見たところで石化してしまうことはないだろう、たぶん。
一方のカラド・ボルグは王国の剣としては珍しい、細身の長剣だった。ダベンポート様によれば習熟すれば自在に長さを変えられるようになるとのことだったが、それにしても限界はありそうだ。せいぜい五フィートが限界だろう。それ以上伸ばしても逆に振り切れなくなってしまう。
二週間後、ダベンポート様の予告通りにわたしは退院した。入院中に届けられた新しい隊服──届けられた隊服にはちゃんと准尉の肩章が縫い付けられていた──に着替え、腰のベルトにカラド・ボルグの鞘を取り付ける。
大きなアイギスの盾を左手に持ち、わたしは病院を後にした。
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