第13話:魔法起動

(……ここは、どこ?)

 気がついた時、わたしは簡素な折りたたみ式のベッドに寝かされていた。

「……ッつ」

 意識が戻るにつれ、頭全体に激痛が走る。

「気がついたかね?」

 不意にダベンポート様がわたしの顔を覗き込んだ。

「ここはシェルターに作った簡易病室だ。流血がひどくてキャンプまで保たなそうだったからね、ここにベッドを作って運び込んだんだ」

 思ったよりもダベンポート様の言葉は優しかった。

 それにしても視野が狭い。

 どう目を動かしても左側がよく見えない。

「一応止血して、増血呪文も施した。傷口にも治癒魔法を施してある。ほとんど頭蓋骨が吹っ飛ぶ勢いで撃たれていたからな、生きているだけでも幸いだ」

「……何が起きたんです?」

 ベッドに寝かされたまま、ダベンポート様に訊ねる。

「君はマスケットで狙撃されたんだ。左側のこめかみから入射して、弾は左目ごと飛び出していったらしい。狙撃者はすかさず馬車から飛び降りた騎士団の連中にメッタ切りにされたよ」

 やれやれというふうにダベンポート様は肩を竦めた。

「君と一緒にいた騎士団の連中の怒りはそれはもう激烈だった。俺たちの戦場看護婦を、それに赤十字の紋章が入っている馬車を狙撃するとは何事かってね。……うむ、包帯を変えよう。血が滲み始めている」

 視界からダベンポート様の姿が消える。

 カチャカチャという医療器具の音、微かな衣擦れの音。

「連中は辺り一面の敵兵を根絶やしにすると息巻いていたんだが、それよりは友軍回収の方が優先だと説得した。君の乗っていた馬車は今も戦場を駆け回っているよ」

「……今、何時なんですか?」

 わたしはダベンポート様に訊ねてみた。

「今は一六四五時だ。君が撃たれたのが一五〇〇時頃のはずだから、ほぼ二時間は意識不明だった計算になる」

 ダベンポート様はトレイに包帯とガーゼ、それに鉗子を乗せて戻ってくると、

「起きられるかね?」

 と優しく訊ねた。

「……はい、たぶん」

 ダベンポート様が優しく背中を支えてくれる。

 わたしは頭の痛みを堪えながらもなんとかベッドの上に起き上がった。

「痛むかい?」

「はい……」

 わたしの声は弱々しい。

「ふむ、では痛み止めの呪文も唱えてあげよう。だが、とりあえずは包帯の交換だ。一七〇〇時に魔法が起動する。できればその前に歩けるようにしておきたい」

 一五〇〇時に撃たれて一七〇〇時には歩けって、野戦病院さながらだ。

 まあ、ここも野戦病院のようなものだけど。

「はい……」

 ダベンポート様は優しかった。

 傷が痛まないように慎重に包帯を外し、傷口にガーゼを当てた後に再び包帯でぐるぐる巻きにする。

「……リリス君、残念だが君の左目は治せなかったよ」

 慎重に作業を続けながらダベンポート様は静かにわたしに告げた。

「この紛争が終わったらガラスで左目を作ってあげよう。もし可能なら魔眼にしようとは思うんだが、こっちはあまり期待しないで欲しい。なにしろ眼球は複雑なんだ。眼球の後ろの視神経と人工眼球を繋げるのは少々難しいかも知れない」


 左目を失ったことに関して大した感傷は抱かなかった。

 そもそも戦場看護婦だ。もっと重大な損傷を受ける看護婦も多い。腕を失うもの、脚を失うもの、そして死ぬもの。

 だが、左側がまるで見えないのは少々困る。いずれは慣れるのだろうが、それにしても……

 そういえばグレン大隊長も隻眼だった。あの方も同じ理由で片目を失ったのだろうか?

「そういえば、グレン大隊長はなぜ隻眼なんですか?」

 包帯を変えてもらいながらダベンポート様に訊ねた。

「君と同じ理由だよ。大隊長は斬り合いの最中に遠方から矢を射られて右目を失った。左腕を失ったのもその時だ。当時は医療魔法も未成熟だったからね、眼窩は大隊長の希望通り、そのまま縫合してある。一応義眼を入れるかどうか聞いてみたんだが、大隊長の答えは『No』だった。なんでも右目を失ったことを思うたびに闘志がき上がるらしい」

 背中を向けたまま、ダベンポート様がため息を吐く。

「ま、片腕隻眼の大隊長も悪くはないかもな。さて……」

 包帯を変え終わるとダベンポート様はベストのポケットから携帯時計を取り出した。

「……そろそろ時間だ。リリス君、信号弾の残りはあるかね?」

「はい。わたしのショルダーバッグにあと二発」

「一発借りるぞ」

「はい」

 ダベンポート様はわたしのショルダーバッグから救難信号弾と信号銃フレア・ガンを探し出すと、ブラブラとシェルターの入り口へと歩いていった。

 入り口で信号銃に救難信号弾を装填し頭上に向ける。

「あと三分だ。戦場から全部隊を撤収させる」

 ダベンポート様はシェルターの入り口で頭上に向けて救難信号弾を放った。

 救難信号弾にはパラシュートがついている。今頃ダベンポート様の放った救難信号弾はパラシュートを開き、周囲に赤と白の煙を放っているはずだ。

「わたしのチームメンバーは無事ですか?」

 恐る恐るダベンポート様に訊ねる。

「ああ、無事だ。五人ともこちらに向かっている。もう効果範囲からは離れているので安全だ」

「よかった……」

 彼女たちは若い。わたしも言ってはなんだが若いのだが(わたしは今年で二十三になる)、クラリスに至ってはまだ十七歳、死なせるわけにはいかない。

「……時間だ。始まるぞ。リリス君も見るかね?」

「はい、できれば」

「椅子を用意しよう。入り口付近にいると吸い込まれる。少し下がったところから王国の魔法がどんなものかを見るといい」

 わたしはダベンポート様に手助けしてもらいながらフットレストのついた折り畳み式の椅子に座ると、そこから外の様子を眺めてみた。

 いつの間にかに乱戦が終結している。友軍がみんな引き上げてしまったため、隣国兵がやるせなくうろついている。


 と、不意に魔法が発動した。


 最初は積乱雲スーパーセル

 魔法の起動と同時に周囲から積乱雲が迫ってくる。

 そして降り出した大粒のひょう。同時に稲妻が上空を覆う。

 分厚い積乱雲が空を覆い、周囲が重く、暗くなる。雲の厚みはおそらく三百フィートを超えているだろう。

 魔法陣の起こす上昇気流がどんどん積乱雲を育てていく。

「今回は三つの魔法陣を設置している。一つが熱気、もう一つが寒気、最後の一つが水蒸気。これでスーパー・アウトブレイクを起こすんだ」

「スーパー・アウトブレイク?」

 訳が分からず、かたわらのダベンポート様に訊ねる。

「ああ。簡単に言えばだね、これで小さな竜巻を発生させてより大きな竜巻に育てるんだ。魔法陣はエレメントが燃え尽きるまで止まらない。スーパー・アウトブレイクがうまくいけば生成された小型竜巻が勝手に集まって超大型の竜巻きになる。これで敵軍を根絶やしにできるはずだ」

 落ち着いた様子でダベンポート様が教えてくれる。

「今はひょうが降っているが、いずれこれもおさまるだろう。僕の計算通りなら、二時間吹き荒れたのちに竜巻は積乱雲とともに消滅する」


 見ている間に何本もの竜巻が原野に現れた。

 八つ、九つ。何本もの竜巻が積乱雲から吐き出され、円錐状の渦巻きが次々と空から原野へと着地する。

 着地した竜巻は原野を駆け巡りながら敵兵を飲み込み始めた。

「────ッ!」 

 隣国の兵士たちがなすすべもなく宙に舞い上がる。

 猛烈な風切り音と雹の嵐。

 風切り音がまるで魔女の歌声のようだ。

 見ている間にもどんどん竜巻が増えていく。

 十五、十六……

 わたしは竜巻の数が二十を超えたところで数えるのをやめた。


 これは常軌を逸している。こんな力、人が扱うべきではない。 


 やがて暴れ回る竜巻の群れは一ヶ所に集まるとより巨大な一個の超大型竜巻になった。

「リリス君、これがスーパー・アウトブレイクだよ」

 身じろぎもせず、ダベンポート様は腕組みをしたまま戦場を荒らしまわる巨大竜巻を静かに見つめた。

「……ここは危ない。もう少し下がろう」

 ダベンポート様がわたしを立たせ、椅子をより深い位置に移動させる。

 猛烈な稲妻。

 紫色の雷撃が次々と戦場だった原野に降り注ぐ。

 目の前の超大型竜巻はまるで自分の意思を持つかのように走り回ると、残った隣国兵たちを無慈悲に吸い込んでいった。

………………


 ダベンポート様の予告通り、二時間ほどで竜巻は上空へと消えていった。

「……終わったな」

 ダベンポート様は時計を取り出すと時間を確認した。

 見渡す限り、原野に動くものは何もない。

 何もかもが吸い上げられ、薙ぎ払われてしまった。

 敵兵も、馬車も、何もかも。

 覆い茂っていた灌木や大きな立木すらが吸い上げられて更地になってしまっている。

「一九〇〇時、作戦終了だ。撤収しよう」

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