第12話:王国式策略術

 今の時刻は一二三〇時。魔法発動が一七〇〇時だから、使える時間は限られている。

 今も目の前の作戦マップの上を白と黒の駒が滑るように移動し、それを観ながら大隊長と二人の補佐官、ダベンポート様、それに騎士団の団長がああでもない、こうでもないと議論を続けている。


 わたしは淹れてもらった甘い紅茶をちびちびと飲みながら、できる限り全体像を掌握しようとした。

 状況は膠着している。戦場は完全に乱戦状態、わたしが追っているのは戦場看護婦たちだけだが、それでも敵味方が入り混じっているのがわかる。

「この混乱状態をなんとかして頂かないと、魔法を行使できません」

 ダベンポート様のその言葉に補佐官が喰らいつく。

「それは、わかる。しかしどうする?」

「……なんとかして敵部隊を包囲して魔法陣の中に囲い込むか……」

 ダベンポート様の言葉にもキレがない。

「いっそ、今すぐ魔法を起動するというのはどうなのかね?」

 グレン大隊長が再び過激な提案を述べた。

 大隊長、その考えは先にも聞きました。

「いえ、それだと味方の被害が大きすぎます。それにもう一七〇〇時に魔法を起動するように魔法陣が設定されています。今からこれを変更するのはかなり難しい。あの激戦地帯で魔法陣をいじるのは自殺行為です」

 ダベンポート様はわたしの考えを汲んでくれたのか、グレン大隊長に意見具申してくれた。

「……なるほど。これは困ったな」

 ふー、っと大きなため息をつき腕を組む。

 グレン大隊長は再び考え込んだ。


 要するに敵の中に味方がいるから面倒なのだ。

 ならば、馬車でもなんでも使って味方を回収してしまえばよろしい。

「……意見具申、よろしいですか?」

 わたしは会議卓の傍らから右手を上げた。

「なんだね? イリングワース上級曹長」

 グレン大隊長が発言を促す。

「要するに、敵味方がゴチャゴチャになっているから面倒なだけなんです」

 わたしは自分の考えを述べた。

「続けたまえ」

「この乱戦状態で敵のみを排除するのは実質不可能です。でも、味方だけであればあるいは回収可能かと」

「どういう意味かね?」

 興味をひかれたのか、グレン大隊長が先を促す。

「今回は三十台の馬車を出しています。通常であれば一両に載せられる人数は二十人ですが、詰め込めばおそらく倍の四十人は積めるでしょう。短距離であれば三倍の六十人も可能かも知れません。ともあれ、それだけ積めれば複数回の往復で少なくとも負傷者と戦場看護婦は全員回収可能と考えます」

 戦場に出ている人数は四千人強だが、馬車で運べば一回につき千人以上を輸送できる。

 それに、騎士団の人たちには歩兵を積んで馬で移動してもらえば良いのでその分輸送能力が稼げる。

「ふむ、面白いな」

 グレン大隊長がうなずいた。

「うむ、君の案は面白い。敵を殲滅するのではなくて、逆に敵を置き去りにして味方だけを引き上げるというのだな?」

「はい、その通りです」

 わたしは地図の上に指を走らせた。

「この案であれば相乗効果も見込めます。いきなり敵がいなくなってしまえば敵も混乱することでしょう。その上で騎士団のお力添えを頂いて敵の残存勢力を魔法陣の勢力範囲に誘い込むのです。上手に魔法を起動できれば一気に敵を殲滅することが可能です」

「うむ、面白い。イリングワース上級曹長、君の案は面白いぞ。面白いというのはな、戦場では大切なことだ」

 グレン大隊長は部下の補佐官、騎士団の団長、それにダベンポート様にも一応お伺いを立ててみた。

「どうだ諸君? 私はこの案を大変に面白いと思う」

「魔法起動のタイミングを図る上では最良の方法です」

 考えながらダベンポート様がうなずく。

「よし。この方法で戦闘を終結させよう。さてその方法だが……」

 グレン大隊長は再び作戦地図を覗き込むと馬車の侵入タイミングや撤収の流れについて部下たちと相談を始めた。


+ + +


 解散後、早速作戦が実行された。複数の信号弾が打ち上げられ、戦場の友軍に撤退開始を知らせる。

 残り時間は三時間。その間に馬車で兵士を回収する。

 わたしも一台の馬車の御者台に乗ると戦場に繰り出した。

 馬車の両側面にはどれにも大きく赤十字のマークが描かれた旗が固定されている。隣国は国際人道法を無視しているようだったが、それはそれで構わない。ともあれ、こちらの正当性を主張することが重要だ。

 回収は外縁部から行うと大隊長が決定した。螺旋状に馬車を走らせ、散開したところで外縁部の兵士から馬車に収容する。中央の激戦地帯は一番最後だ。この地域には精鋭が陣取っているため、急いで回収する必要はない。

「私たちは西側の兵を回収しましょう」

 御者台の隣に座る騎士に言う。

「了解です。西に向かいます」

 御者台の騎士は右手を挙げると後続の馬車に合図を送った。

 十台ほどの馬車がわたしたちの後ろに連なる。

「できる限り沢山の兵士を積んでください。重傷者優先、軽傷者は後回しで」

「了解」

 連なる馬車がガラガラと戦場へと繰り出していく。

 わたしは振り向いて馬車の荷台を眺めてみた。

 今乗っているのは五人の騎士と一人の戦場看護婦だ。

 この人達は戦闘中の現場から兵士を回収するために馬車に乗っている。グレン大隊長の発案で、それぞれの部隊の先頭車両には騎士が同乗していた。万が一戦闘中だった場合には騎士団が降り立ち、一気に戦況をひっくり返す。

 戦場が近づくにつれ、剣同士がぶつかり合う騒音が激しくなる。その隙間では剣を受ける盾の音。

「止まってください」

 斬り合いを続けている一団の兵士たちから少し離れた地点でわたしは停車をお願いした。

 今斬り合っているのは王国軍の歩兵14、隣国兵16。

 状況的にはこちらが不利、ならばここからやっつけよう。

「あの人達を回収します。クリス隊長、よろしくお願いします」

「おうよ」

 荷台で退屈そうにしていた大柄な騎兵が立ち上がる。

「よしお前ら、とっとと連中を片付けろ」


 騎士対歩兵の戦闘は一瞬で終わった。

 盾を構えた五人の騎士が激しい戦いの中に突撃する。

 割れ鐘のような重い音、剣が擦れ合う耳障りな音。

「────!」

 突然の乱入に隣国兵たちが浮き足立つ。

「おらあッ」

 いつもは無言の騎士団から気迫の声が漏れる。

 盾で剣を躱しつつ、隙をついて急所を狙う。

 王国の刀剣はその切れ味が鋭いことで有名だ。

 騎士団の長い剣が鎧の隙間から相手の首を狙う。あるいは真っ向から突きを繰り出す騎士もいる。

 気がついた時には決着がついていた。隣国兵は壊滅、こちらの損傷は軽微。

 わたしは御者台から飛び降りると王国の歩兵さん達を馬車へと誘導した。

「全部で十台来ています。ちゃんと全員乗れるので、一番最後の車両に乗車してください」

 わたしは歩兵を最後の車両に誘導すると再び先頭車両の御者台によじ登った。

「あと、何人いるのかしら?」

 つと思ったことが口を伝う。

「あと友軍兵は三千五百人、敵兵は八百人と言ったところだな」

 後ろの荷台からクリス隊長が情報を流してくれた。

「……ま、斥候隊の受け売りだけどな。そうそうズレてはいないと思うぜ」

「そうですか。まだ三千人……」

「まあ、この人数ならあと三周もすれば全員回収できるだろうよ。次、行こうぜ」

 クリス隊長に促され、わたしは馬車隊を次の現場へと向かわせた。


 もっとも激しい戦闘は原野の中心で行われている。しかも戦闘の中心は騎士団の最精鋭の人たちだ。彼らは最後でも構わないだろうし馬もある。最悪、馬で戦場を離れてもらうことも充分に可能だ。

 わたしは激戦地帯を避けながら、疲弊している歩兵のグループを中心に馬車を走らせ、彼らの回収を続けた。

「イリングワース上級曹長、そろそろ満員になるぞ」

 後ろの荷台からクリス隊長が状況を伝えてくれる。

「何人回収できたのかしら?」

 わたしは回収兵のカウントをしている戦場看護婦に話しかけた。

「一両につき約四十人積んでいます。我々の隊は約四百人収容しました」

「そう……」

 そろそろ潮時かもしれない。

 一度キャンプに戻って兵を下ろしてから次に繋げよう。

「わかりました。一旦キャンプに戻って兵士の皆さんを降ろしましょう。降車が終わり次第、次のソーティ(作戦の単位の一つ) に向かいます」

「……だってよ。もう一踏ん張りだ」

 後ろの荷台からクリス隊長とその部下達の笑い声が漏れる。

「イリングワース上級曹長、これは高くつくぜ。街に帰ったらエールを奢ってもらわんとな」

 つられてわたしも含み笑いを漏らす。

「大丈夫、パブの払いはグレン大隊長につけましょう。それにダベンポート様にも」

「おお、いいね。スポンサーが二人いるんだったら大盤振る舞いできそうだ」

 クリス隊長が景気良く笑う。


「!」

 つと、わたしはこめかみに激痛を感じた。

 身体を立てていられない。

 気がつく前にわたしは馬車の御者台の上に倒れ込んでいた。

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