第10話:迎撃

「……これは、困ったな」

 ダベンポート様はくずおれた二人の敵兵を見下ろしながら呟いた。

「連中の狙いは、おそらく君たちだ」


 え? なんでわたしたち?


「ああ。俺もそう思う。隣国は王国のメカニズムに気づいているんだ」


 メカニズム?

 何を言っているのかわからない。


「要するに、君たちがこの戦争の勝敗を分ける鍵だってことだよ」

 困惑しているわたしを見て、ダベンポート様が説明してくれた。

「兵はな、時間をかければいずれ補充が効く。しかし戦場看護婦はそうはいかん。リリス君、君だってもう何年も訓練しているのだろう? こんな過酷な任務をこなせる人員は多くない」

「そう、なんですか?」

「そうさ。どこのバカがバチバチ斬り合ってる現場から負傷者をさらって、しかも全速力でキャンプまで運ぶというんだ。なにしろ兵士は誰もがよろいをまとっているからな、重量は二百ポンドを超えている。こんな任務、他の誰がこなせる?」


 そうか。わたしたちって思ったよりも偉かったのね。


「王国軍は決して疲弊しない。しかし、それは君たちあってのことなんだ。君らがいなければ負傷兵を回収できない。回収できなければ回復魔法も使えない。回復できなければ戦力は徐々に衰退する」

 だから、とダベンポート様は肩をすくめた。

「君たちを壊滅させれば戦況が変わることを隣国の参謀たちも気づいたんだろう」

「……それは、困ります」

 わたしは事の重大さに気づくとダベンポート様とグラムさんに答えて言った。


 わたしたちを壊滅させる。

 それは、困る。


「わたしのチームが傷つくことは許せません」

「ああ」

 ダベンポート様はうなずいた。

「幸い、うろついている特務工兵の数は多くはなさそうだ。さっきまで戦場を回ってザッと見積もったんだが、おそらくは約五十人、四個か五個の分隊で行動している。こいつらを始末するか、あるいは無力化しない限り被害は出続けるだろう。グラム、とっとと連中を始末してくれ」

「そうは言ってもようダベンポート、連中は光学魔法を使っている。居場所の特定は困難だ」

 ダベンポート様は困ったグラムさんの愚痴を受け流すとベストのポケットから時計を出した。

「なに、戦場看護婦たちのそばにいればいずれボロを出すだろう。現在時刻は〇九〇〇時に近づくところだ。あと八時間、なんとか持ち堪えてくれ」


+ + +


 結局、結論は出なかった。

 そうは言っても何もしないわけにはいかない。

 わたしたちは先に大隊長と打ち合わせた通り、ダベンポート様と遊撃して他の戦場看護婦たちに状況を伝えることにした。

「リリス君、信号弾は持っているかね?」

 ダベンポート様がわたしに訊ねる。

「はい、あります。あと三発」

「よし。とりあえず一発撃ってもう一度仲間をここに呼び戻したまえ」

「はい」

 わたしはショルダーバッグから取り出した信号銃フレア・ガンに信号弾を一発装填すると、頭上に向けて発射した。

 すぐに信号弾が頭上で炸裂し、赤と白のストライプを上空に描く。

「時間を合わせないといかんな。リリス君、時計は持っているかね?」

「いえ、ありません」

 そもそも戦場看護婦は時刻を気にしない。脈拍を測るための時計を持っているものもいたが、そもそも脈拍なんて死にかけている重傷患者にはほぼ無益だ。戦闘が終われば騎士団の人が教えてくれるし、脈を測っている暇があったら負傷兵回収を優先する。

「ふむ……グラム、ちょっと持っていてくれ」

 ダベンポート様はルドルフの手綱をグラムさんに渡すと、おもむろに死んだ隣国の工兵の懐を探り始めた。

「……ああ、あった。リリス君、これを持って行きたまえ」

 ダベンポート様が差し出したのは隣国の懐中時計だった。王国の時計とは仕様が違う。王国の時計が二十四時間計であるのに対し、隣国の時計は十二時間計だ。

「時間を決めよう。まずは一二〇〇時にグレン大隊長のところに集合して進捗を報告する。次のことはその時に中将と相談しよう」

「わかりました」

 あと三時間。

「これから先、君たち戦場看護婦は用心して行動するように。暗殺者がウロウロしているんだ、気を抜くと殺されるぞ。……グラム、彼女らの護衛を頼めるか?」

「ああ、大丈夫だ。隊長には俺から連絡しておく」

 戦場に出ている騎士団の人数は約百人。対してこちらは約百二十人。キャンプへと移動中の看護師を勘案すればおそらく今の騎士団の人数で事足りる。

「……しかし、こういう連絡を口頭でしなければならないのは歯がゆいな」

「まあ、垂れ幕下げるわけにもいかんからな」

 グラムさんがダベンポート様に軽口を叩く。

「垂れ幕ねえ。水素でも詰めれば幕は上げられるが、それだとこっちの動きが丸見えだ。却下だ、グラム」

「冗談だよダベンポート。マジメに受け取るな」

 グラムさんは思ったよりも困っているダベンポート様に助け舟を出した。

 信号弾が打ち上げられた時はダベンポート様のシェルター前に集合することはすでに打ち合わせてある。

「でも、集めるにしてもどういう指示を与えたら良いのでしょう?」

 再びルドルフに跨ったダベンポート様にお伺いを立てる。

「とにかく、危険地帯で行動するときは常に騎士団に護衛してもらいたまえ。もちろん君もだ」

 ダベンポート様は地図を取り出すと要注意地点を指で示してくれた。

「外縁部はおそらく大丈夫、激戦地帯に突撃する時が要注意だ。戦場看護婦だけで行動するのは避けるように。単独行動は危なすぎる」


+ + +


 戦場に散っていた五人はすぐにダベンポート様のシェルターの前に集合した。

 わたしもダベンポート様とグラムさんと一緒に集合場所へと移動する。

「リリス、今度はどうしたの?」

 五人が揃うのを待ってからマリアは不思議そうに訊ねた。

 確かに、さっき集められて散ったところでまた集合、忙しないことこの上ない。

 しかし、状況が状況だ。

「あのね、今交戦している相手に暗殺者軍団がいることがわかったのよ」

 わたしは簡潔に説明した。

「しかも標的はわたしたちみたい。私もさっき襲われたんだけど、すんでのところでグラムさんに助けてもらったわ。これから先は単独行動は控えて。必ず騎士団の誰かがいるところで行動するように」

「でも、負傷者を背負っているときに騎士様に護衛されるわけには行きません」

 クラリスが意見を述べる。

「そんなことをしたらこちらの戦力が削られてしまいます」

「そうね、クラリス」

 わたしはクラリスにうなずいた。

「でも、わたしたちの速度はおそらく暗殺者たちよりは早いでしょう。今までの訓練を信じて。ひとたび全速力で走り始めたら暗殺者でもそうは追いつけないと思うわ。必要だったら騎士団の人たちにも手伝ってもらって。そうすれば負傷兵を二人は運べるでしょう」

 わたしは全員に諭すように作戦を告げた。

「クラリス君、暗殺者の足は意外と遅いんだよ。彼らは長距離を走る訓練は受けていない。だから、ひとたび走り出したら君たちの方が優勢なんだ。あとのことは騎士団に任せてとにかく負傷兵の搬送に集中したまえ」

 ダベンポート様はクラリスにそう諭した。

「騎士団へはグラムさんが通達してくれるわ。ともあれ単独行動は避けてちょうだい。一人でいると危ないから」

「ああ、君たちの護衛は俺たちに任せろ。絶対に守ってやる」

 グラムさんが力強く言葉をそえる。

「……ありがとうございます」

 五人の仲間が同時に敬礼する。

「みんなにはこれを411大隊全員に伝えて欲しいの。リディア、鳩を飛ばして。暗殺者軍団が戦場看護婦を狙っていることをキャンプに伝えないといけないわ。キャンプに連絡が飛べば帰ってくる戦場看護婦たちに警告を与えることができるから。……とりあえず知らせることが重要よ」

「わかりました」

 リディアがひざまづき、羊皮紙に先の状況をしたためる。

 リディアはショルダーバッグのピジョン・ケースから鳩を取り出すと、羊皮紙を丸めて収めた筒を脚に取り付け、鳩を空へと放った。


 五人が再び戦場へと散っていったのち、わたしはその場に残ったダベンポート様とグラムさんに呟いた。

 わたしも行かないと。

 でも、

「これで、あとは神のみぞ知る、ですね」

 という思いが思わず口元を伝った。

 しかし、ダベンポート様の答えはわたしの想像とは異なっていた。

「何を馬鹿なことを言っているんだ、リリス君」

 ダベンポート様の瞳が暗い光を帯びる。

「この世に神なぞ存在しない。一度死んだらさようなら、来世なんてものは存在しないし、神のご加護なるものも存在しない。頼れるのは自分だけだ」

 え? ダベンポート様は無神論者なの?

 わたしのびっくりした表情に気がついたのか、ダベンポート様は言葉を継いだ。

「リリス君、魔法院っていうのはね、究極のリアリストの集団なんだ。だから神も信じないし、霊も信じない。ましてや死後の世界なんてとんでもない。人は死んだら無に帰するだけだ。……魔法院に所属している人たちはそういう人たちなんだよ」

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