第9話:奇襲

 騎士団の人たちが駆け回ってくれたおかげで、わたしはすぐにチームメンバーと合流することができた。五人とも血糊で隊服が赤黒く汚れているが、本人たちに怪我はない。

「大隊長が六人まで増員を許すと仰っていたので、全員で任務を進めましょう」

 わたしはダベンポート様のシェルターの前に五人を集めると状況を説明した。

「ダベンポート様の作戦では一七〇〇時に魔法が起動されるらしいの。魔法の被害範囲に残っていると危険だわ。だから、わたしたちは伝令官として各部隊に退避命令を伝達する。イングリッド、あなたは鳩を飛ばして。もう情報は行っているとは思うけど、念の為にキャンプにも同じ内容を伝えて」

 ダベンポート様の姿はなんでかここにはない。ルドルフの姿もないし、どこかに出かけたみたい。

 今、戦場はまさに混乱状態だ。

 二千人の隣国兵の隙間に四千人の王国兵が割り込む形で敵部隊を細かく分断し、各々が部隊の各個撃破を繰り返している。


「────!」

「アダム、右四時方向、迎撃しろ!」

了解イエス、サー!」

「隊長、敵陣が分厚い。増援願いますッ」

「わかった。すぐに増援を送る。それまで持ち堪えろ!」

「了解ッ!』

「────!」

「こちら敵部隊撃破、左側面の攻撃に向かいます」


 このシェルターからも敵兵の雄叫びの声や打ち合わされる剣の音が聞こえてくる。パンパン言っているのはおそらくマスケットだろう。王国に比べ、隣国はマスケットフリントロック銃の普及率が高い。王国も遅ればせながら銃士隊を編成し始めているが、その数はごく少数だ。

「でも、ダベンポート様はどんな魔法を使うのかしら?」

 マリアがわたしに訊ねた。

「竜巻、らしいわよ。一度起動したらエレメントが燃え尽きるまで止まらないんだって」

 実は王国でも竜巻は結構頻繁に起こる。年に四十個程度だが、その度に甚大な被害を受けるため王立魔法院は今でも竜巻を防ぐための方策を研究している。

 なにしろ竜巻の中の風速は時速百マイル(約一六〇キロ)を超える。大きな竜巻に襲われたら石造りの建物だって無事では済まない。ましてや生身の人間だったらあっという間に天空に飛ばされてバラバラに砕かれるか、運が良くても墜落死してしまう。

 だがダベンポート様はどうやらこの研究を逆手にとって人工的に竜巻を起こそうとしているらしい。一度起動したら止まらないと仰っていたので、おそらくは次々に新しい竜巻が魔法陣から吐き出されるのだろう。

「吸い込まれたら、かなりヤバいわ。みんな、一七〇〇時までにはキャンプかこのシェルターに逃げ込んで」


+ + +


 相談した結果、ダベンポート様が戻ってくるのを待ってわたしも五人と一緒に伝令官として戦場を駆け回ることになった。

 そうは言っても状況は共有しなければならない。

 イングリッドが羊皮紙にメモをしたため鳩を飛ばす。これでキャンプに帰ってきた若い戦場看護婦たちにも時間制限がちゃんと伝わるだろう。


 まだダベンポート様は戻っていない。

 先に五人を送り出したのち、わたしはシェルターから静かに外に出ると深い木陰から戦場を眺めてみた。

 王国領にしては天気が良い。今日は快晴、地平線から登ってきた太陽が明るく戦場を照らしている。

 横から照らす朝日の中で敵軍と友軍が斬り合っている。

 ダベンポート様の選んだ場所は見晴らしが素晴らしい。ここからだと戦場が一望できる。


 あっちこっちを走り回っている王国軍の騎兵団、数人で群れながら移動している隣国の銃士隊。ハルバードやロングソードを構えた王国軍の歩兵が敵兵を薙ぎ払い、その隙間で白い戦場看護婦たちが負傷兵を回収する。


 ここでぼんやりしていていることになんか罪悪感を覚える。

 わたしはシェルターに戻って入り口を丁寧に閉じると、一人戦場へと足を向けた。

(ここからあまり離れるわけにはいかないし……でも何かできることはないかな?)


 わたしが戦場に足を踏み入れた時、ふと後ろに馬の気配を感じた。

「よう。調子はどうだい?」

 振り返ると、それはグラムさんだった。青い制服が血に塗れて赤黒くなっている。相当に殺したようだ。

「グラムさん!」

 驚いて思わず声が大きくなる。グラムさんは少し照れたような笑みを浮かべると、

「君のところの戦場看護婦たちには全員ちゃんと伝えたんだが、どうしてるかと思ってな、ちょっと様子を見にきたんだ」

 と後ろ頭に手をやった。

「……その、気になってね」

「ありがとうございます」

「とりあえず、ダベンポートの様子を見に行くかい? たぶん、そこいら辺にいると思う」

 いるとしたら魔法陣のそばだろう。

「そうですね」

 二人で連れ立ってダベンポート様の仕掛けた魔法陣の方へと歩いていく。

 念入りにカモフラージュしたため、場所がよくわからない。わたしはポケットから地図とコンパスを取り出すと、バツをつけておいた方角を見つめた。


 と、その時。


「!!!」

 不意に殺気を感じて思わずわたしは立ち止まった。

 ほとんど同時に首に細いワイヤーが絡みつく。

 わたしは咄嗟に腰からナイフを抜くと、すかさずワイヤーと首の間に押し込んだ。

 細いワイヤーが締め上げられる。だが、ナイフのおかげで窒息することはない。

 ワイヤーは細く、だが鋭かった。

 キリキリとワイヤーが締まっていく。わたしはナイフを握った腕に力を込め、無理やりワイヤーを押し戻した。

 だが、これでは時間の問題だ。ワイヤーを引き絞る力が強い。このままでは失神するか、最悪首が飛ぶ。

「野郎!」

 すぐにグラムさんが鞍の鞘からロングソードを抜き、わたしの背後に回り込む。グラムさんが剣を振うと、急にワイヤーの力が抜けた。

 ナイフを使って首に巻きついていたワイヤーをかなぐり捨てる。

「……カハッ」

 わたしは思わず膝を突いた。

「イリングワース上級曹長! 下がれ! 敵の第三十五特務工兵だ!」

 第三十五特務工兵大隊。隣国の暗殺者集団だ。

「はい」

 わたしは立ち上がると近くの木陰に飛び込んだ。

「ここは俺が引き受ける。君はダベンポートを探してくれ。連中の狙いは魔導士か、あるいは……」

 少しグラムさんが口ごもる。

「あるいは、君たちだ」


+ + +


 わたしは斬り合っているグラムさんの方を見つめた。だが、敵の姿が見当たらない。

 馬に乗ったグラムさんが剣を振うたび、その場に激しい火花が上がる。連続した打撃音。

「クソッ、光学魔法か!」

 見えない敵にグラムさんが苦戦している。

 なんとかしたいが、どうしたら良いのかわからない。

「……なんだ、何をしている?」

 ふいに、何もないところからダベンポート様が現れた。ルドルフの手綱を引き、冷たい瞳でグラムさんの戦いを見つめている。

「ダベンポート! いるなら助けろ!」

「もう、やってるよ。……ちょっと待ちたまえ。今解呪ディスエンチャントする」

 ダベンポート様が手早く羊皮紙に魔法陣をしたためる。

「……二人、か」

 すぐにダベンポート様は起動式の詠唱を始めた。だが、とんでもない早口だ。

 高速圧縮詠唱。

 聞いたことはあるけど、見たのは初めて。

「────」

 次いで固有式。

「────」

 あっというまに詠唱が終わる。詠唱終了と同時にダベンポート様の持つ羊皮紙から浮かび上がった魔法陣が薄く輝きながらあたりを覆い、すぐに細かい光の粒となって砕け散る。

「これで見えるだろ?」

 ダベンポート様がそれでも油断なく周囲を見渡しながらグラムさんに言う。

 光の粒が消えていくにつれ、隣国の兵士の姿が現れる。黒い制服を着た二人の兵士。二人とも小柄で、しかも素早い。

「おう!」

 グラムさんは一言答えると、フェイントなのか、さっきと同じように剣を振り回しながら、でも今度は堅実に相手の後ろ側に回り込んだ。

 相手は呪文が砕かれたことに気づいていない。


 二人、いる。


 左右から入れ違いながらグラムさんに斬りかかっている。

 手にしているのは大きなナイフ。それも柄の終端にリングがついた、カランビットと呼ばれる南洋由来の大きなナイフだ。

 王国ではとんと馴染みのない武具だが、昔から隣国の暗殺者たちには愛されてきたみたい。

 一人が両手に握ったナイフのリングに人差し指を入れ、クルクル回しながらグラムさんに殺到する。

 グラムさんは今度はゆとりを持ってそれを避けると、よく研がれたロングソードを横に振り払った。

 一人目の首に剣が食い込み、胴体から切り離された頭が宙を舞う。

「…………」

 苛烈なことをしているのにグラムさんは無言だ。降り注ぐ返り血も気にせず、黙って馬を転回してもう一人に向き直る。

 再び敵の斬撃。

 すかさずグラムさんがその剣戟を剣で受ける。

 「なかなか、やるな」

 隣国の兵は王国の言葉でわたしたちに答えて言った。

「私の名前はアレクサンドル、中佐だ。機会があればまた相見えることだろう」

 グラムさんの剣戟を受けながら、黒髪の兵が淡々と自己紹介をする。

「君たちの隊はよく鍛えられている。できればもう会いたくはないな」

 アレクサンドル中佐はその場で恭しく頭を下げると、こちらが攻撃するよりも早く、

「此度はうちの作戦がよろしくなかった。ここは一つ撤退させてもらおう」

 と告げるなり姿を消した。

 どこに行ったのかはわからない。

「クソ、撃ち漏らした」

 グラムさんのつぶやきがその場に残る。

 アレクサンドル中佐はその場に重たい雰囲気を残すとそのまま気配を消した。

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