第3話:キャンプ設営

 わたしたちの馬車は予定通り翌日の明け方には目的地に到達した。ここは予定されている交戦地帯の外縁部だ。ここで資材を降ろし前線キャンプを設営する。


 キャンプ設営は全員の仕事だ。雑用係の少年たちがテントを張り、わたしたちがその中にベッドを設営する。テントは合計十張、それぞれのテントに一人の医師が居を構える。申し訳ないが雑用係のベッドはない。ま、それを言ったらわたしたちのベッドもないんだけど。

 一つのテントが収容できる怪我人の数は約百人。そこから推定されるキャンプのキャパシティは千人程度、対して出撃する騎士と一般兵の合計人数は六千人。今回の目標損耗率は三〇%以下だから、最大千八百人が怪我をする計算だ。

 わたしたちの仕事はこうした負傷者を回収し、再び戦場に送り戻すこと。ないしは後方支援部隊に搬送をお願いする。なにしろキャパシティは約千人、そうでもしないとすぐにベッドの数が足りなくなってしまう。

 ただ怪我人を収容していたらあっという間にキャンプがパンクする。

(それにしても目標損耗率が三〇%って……ギリギリじゃん)

 一般論として交戦中に損耗率が三〇%を超えたら部隊は敵軍に投降して戦闘は終了となる。この三〇%を目標としている今回の作戦はどうやら熾烈なものとなりそうだ。


 キャンプ設営は作戦開始日の当日〇一〇〇時に完了した。

 中央には指令テント、その周りに医療テントが円を描く。その外側には装甲馬が配置され、万が一に備える。さらにその外側には濃密な樹木が積み上げられ、一見したら灌木にしか見えないようにキャンプは設置された。

 ちなみにテントと馬車に赤十字の印、赤い十字はまだ施されていない。赤十字の旗と幕は攻撃が開始されたのちに設置する。そうしないと目立ってしまって隠密行動が取りにくくなるためだ。


 設営後、各隊のリーダーが指令テントに招集され、今回の作戦の詳細に関するブリーフィングが始まった。わたしもリーダーの一人なのでブラブラと指令テントに向かう。

「現時点で敵軍が我々の存在に気づいている気配はない。騎士団が斥候兵を出したそうなのだが、気取られている様子はなかったと先ほど報告が届いた」

 全員が揃ったことを認め、フィールドマップを前に大隊長が説明を始めた。

「今回の作戦は移動中の敵軍に対して側面攻撃フランキング・アタックを加えるという単純なものだ。敵部隊はこのキャンプの前を通過して、南部の主力部隊に合流しようとしているらしい。前回の戦闘を覚えているか?」

 大隊長が周囲を見回す。

「西部戦線での”小競り合い”のことですか」

「うむ」

 ”小競り合い”とは言ってもその結果は壮絶だった。戦死者千五百名、負傷者四千名。この時は戦場看護婦からも犠牲者が出た。赤十字のエンブレムがついた服を着ている戦場看護婦を襲ったものがいたらしい。戦場看護婦の犠牲は十五人。

「どうやら連中はこの”小競り合い”の生き残りのようだ。現在二千名が本隊と合流するべく移動している」

 こちらの損耗が五千五百人。あの時は隣国が一万人近い兵を投入したと聞く。先方が二千人で移動しているところを見るとどうやら戦果的にはこちらの方が圧倒的な勝利だったようだ。


(それにしても、敵軍の損耗率が八〇%近い。連中には降伏するという考えがないのかしら?)

 わたしは敵軍の指令系統に呆れるよりはそれに従って戦い続けた兵士たちに哀れみを覚えた。

 それだけの乱戦になったら、とっとと白旗をあげるべきだろう。

「…………」

 大隊長はしばらく言葉を切って部下たちの顔を見回していたが、再び口を開いた。

「問題はだ、この二千人の一部が隣国の特殊部隊であることだ」

「!!」

 周囲の戦場看護婦隊のリーダー達が息を呑む。

 隣国の特殊部隊は暗殺が主な任務の厄介な相手だ。しかもこのような部隊は騎士道精神を重視している王国には存在しない。

「この二千人のうちの何人が特殊部隊なのかは現状不明だ。最悪、二千人全員が特殊部隊兵であることも考えられる」

 地図の上には設置したキャンプとすでに展開している部隊のマーカーが置かれていた。青いマーカーが王立軍、赤いマーカーが敵部隊。敵部隊はまだ遥か西、ここから五十マイル程度の場所をゆっくり移動中のようだ。

「騎士団と一般兵のグループはすでに迎撃地点での展開を終えている。魔導士隊も現在展開中だ。彼らは今、予測される通過ルートに魔法陣を設置している。挟撃作戦だ。騎士団の待機地点を敵部隊が通過後、その進軍を先行している別動隊が東から押し戻し、後ろからも一斉攻撃を行う。敵部隊の脚が止まったら魔導士隊の出番だ。彼らが魔法攻撃を浴びせ、一気に敵部隊を殲滅する」

 魔導士隊は基本単独行動だ。それぞれが一人か二人で移動し、事前に準備してきた魔法陣を展開する。

 そのため、魔導士隊の指揮系統は独特だ。作戦が立案された直後から魔法陣の組み立てを始め、各々が我々医療部隊や騎士団とは独立して活動を行う。

 魔導士隊に司令官は存在しない。それぞれが司令官として働けるだけの力量と知識を備えている。

「迎撃準備はいつから開始予定なのでありますか?」

 わたしは右手を挙げて大隊長に質問した。

 これによってこちらの展開も大きく変わる。

「〇三〇〇時の予定だ、イリングワース上級曹長サージェント・メジャー・イリングワース

 二時間後に展開開始。でも、それでは遅い気がする。

「この状況であれば我が隊はすぐに展開を始める必要があると考えます」

 できれば〇六〇〇時までには展開を終了したい。

 一度戦闘が始まれば、すぐに負傷者の回収が始まる。

 できる限り交戦地帯の近くに移動しておきたい。

「……うむ。その通りだ、イリングワース上級曹長」

 大隊長は大きく頷いた。

「各隊はブリーフィング終了後、速やかに作戦指示書に記載された地点への移動を開始して欲しい」

 戦場看護婦達は一度戦闘が始まれば戦場を縦横無尽に駆け回る。だが、敵味方が衝突してからキャンプを飛び出していくのではあまりに非効率的だ。今回のように作戦行動が明確な場合、戦場看護婦隊は事前に各所に展開しておいて適宜負傷者を救護する。

 作戦中盤には展開させておいた戦場看護婦隊も散り散りになってしまうが、それでも序盤の救護は非常に重要だ。

「イエス、サー」

「作戦指示は以上だ。質問は?」

「…………」

 作戦指示書はすでに各隊に配布されている。これ以上の質問は特にない。

 他のみんなも同じだったようで、これ以上大隊長に質問する人はいなかった。

「よろしい。今回の作戦は重要だ。一人も取り逃がすな。全員殺すか捕縛せよ。……それでは我が隊も即時行動を開始する」


+ + +


 大隊長がわたしの隊に指示した待機場所は街道から少し内側に入った森の中だった。ここからなら戦場フィールドがよく見えるし、敵からは目立たない。

 わたしはブリーフィング後に配布された迷彩ポンチョ──迷彩ポンチョはその戦場に合わせるため、毎回違ったものが配布される──をチームメンバーに配り、頭から被るようにと指示をした。

 もっとも、これまたいつもの準備なのでみんな言われる前にポンチョをかぶっていたけど。

 わたしのチームはわたしを含めて六人だ。みんな同室の見知ったメンバー。この六人がわたしの指示に従って負傷者を回収する。

 負傷者の回収は落とし物を拾うのとは話が違う。大概の場合、負傷者のそばでは引き続き殺し合いが行われている。その殺し合いをうまく回避し、負傷者を回収するのがわたしたちの役目。

 盾と剣を持たないわたしたちはもっぱら忍び寄ることで負傷者を掠め取る。敵も無力化した相手にはさほど興味を示さないので、上手に近づけばあっという間に負傷者を背負うことが可能だ。体術を駆使するのは最後の手段。できれば相手に気づかれないうちに負傷者を背負い、あとは走ってキャンプまで帰るだけ。

 つと、隣のマリアが頭を上げた。

「……あれ? ダベンポート様?」

 言われて見てみれば確かにダベンポート様だ。何やら小さな手帳を見ながら大きな魔法陣を組んでいる。

 一体どんな魔法を駆使しようとしているのだろう? あんまり派手なことはして欲しくないなあ。

 というか、魔導士隊と医療部隊が近すぎるのは問題だ。最悪こちらが巻き込まれてしまう。

 わたしは他の四人にもっと東に移動するように伝えると、マリアを連れてダベンポート様の元へと近づいていった。

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