#3
「かつての魔動機文明は、多くの事象を解決した。飢え、病、災害、格差……しかし人々は、それでは満足しなかった」
スペリオルなんとか、と名乗った男は、淡々と言葉を紡ぎ出した。
まるで、実際に自身の目で見てきたかのように……そして、それを嘲笑するかのように、冷たい声で。
「死、すべての人族の幸福……そして、神の力。文明の末期に、人々はそれらを超えるべく、さらなる研究へと明け暮れた。この遺跡は、その残滓と呼ぶべきものだ」
「死を超える……永遠の命を、ルーンフォークの身体によって実現しようとした、ってことかしら」
「そう。実際に、僕は幾度も転生を繰り返し続けて、悠久の時を過ごしている」
ルフィナの言葉に、スペ……男は頷いた。
彼もまた、ラシェルさんやそのお姉さんのように、実験によって身体を滅茶苦茶にされてしまった存在なんだろう。
「……形はどうあれ、実現できたと言える、のかしら」
「どうだろうね。魂は不変だが、肉体には
男が肩をすくめる。その身体は若々しく、外見年齢は人間で言うと二十半ば、といったところだ。
三百……いや、大破局より前ならもっとか。ともかく、それだけの月日が流れれば、どんな身体だって朽ちていく。……一部例外を除いて。
本来のルーンフォークの稼働限界は、せいぜい五十年くらいだと聞くから、単純計算で考えても、彼は両手で数えられるかどうか、くらいの回数の転生を経験していることになる。
それは……多分、とても苦しいことだ。
一部例外たる俺は、死ねばそれまでの命だけど。彼らは……おそらく、自ら命を絶ったとしても、その魂は、他の身体に吸い寄せられてしまうのだ。
永遠の命と言うよりは、終わりのない人生……といったところだろうか。
ここで同情の言葉を投げかけたところで、彼は何も感じないだろうから、俺は黙って話の続きを促す。
「さて、本題はここからだ。君たちがまだ知らない、もうひとつの呪いの話だ」
すると男はそう切り出して、懐から何かを取り出した。
それは……ルフィナが着けているような、銀製の聖印のようなものだった。
ただひとつ、大きな問題点がある以外は。
「……その形状は」
描かれているのは、瞳の中に、胎児が映っているような模様。
はじめてこの遺跡に踏み入った時に見かけた、怪しげな神殿の中にあったものと同じ、正体不明の聖印だ。
「既に見たことがあるかな。これは、この施設が生み出した……ある種、異形の神と呼べる存在、"創造と庇護の太母"イドラの聖印だ」
その正体を、男は明かした。当然、聞いたことのない神様の名前だ。
隣に視線を送ると、ルフィナも小さく首を横に振っている。やはり、一般的に知られている神ではないらしい。
「そもそも、生み出した、って……神様を?そんな馬鹿な話が……」
「あってしまったから、こうして聖印まで存在するのさ。それに……あいにく僕は使えないけど。神聖魔法だってちゃんと発現できる」
揺りかごのように左右に動く聖印を、ルフィナは睨みつけるようにする。
この不気味極まりない神の聖印は、ルフィナが信仰しているアーデニ様の聖印と、なんら変わらない力を持っている……その事実は、この遺跡で聞いてきた話の中で、一番恐ろしいものに思えた。
この世界の神々は、既存の神々からその力を認められ、昇華させられることで誕生する。だから、人として生きていた頃の逸話が多く残る神様も存在しているし、それは決して珍しいことじゃない。
そうでなければ、"始まりの剣"の意志によってその力を与えられるか、だけど……ルミエルとイグニスは行方知れず、カルディアは自壊済みで、おそらく今後実現することはない。
「……どうやって生み出されたのか、教えてもらっても?」
「なに、簡単なことさ。神がその力を振る舞えるのは、人々からの信仰によるもの。即ち、信仰さえ集められるのであれば条件は成立する。だから、当時の研究者たちは……架空の神を作り上げ、それに信仰を集めさせた」
けど、イドラはその理から外れている。たぶん、どの神様にも、どの"始まりの剣"にも、認知されていない。
どころか、そもそも実在すらしていない。なのに神としての力を有する。
そして。
「そして……架空の存在であるが故に、通常の神々とは大きく異なる点がある。それが何か、分かるかな」
「……声が、聞こえるんだろう。ルーンフォークであっても」
「その通り。正確にはタビットもね。もっとも、
世界の理を、まるごと否定するかのような存在。
それが、イドラという神の正体らしい。
「かくして、人々は仮初めの不死と、人工の神を手に入れた。しかし、最後の課題……すべての人族の幸福は、成し遂げられなかった。イドラはそれに、深い悔恨の念を抱いた」
「その結果が、遺跡の再稼働……そして暴走、ということかしら」
「半分正解、かな。暴走しているのは、施設の中枢である魔動機が、長い時間の中で狂ってしまったことによるものだ」
「その中枢の魔動機というのが、イドラとやらを制御しているもの?」
「制御……とは、少し違うかな。言ってしまえば、彼女の本体みたいなものだね」
「どちらでもいいわ。それを止めないといけないことに、変わりはないのだから」
狼狽える俺とは真逆に、ルフィナは淡々と言葉を口にしている。
でも……心なしか、その表情には、怒りの色が感じられる。
正しい神を信ずる神官として、許しがたく思っているんだろうか。
「いい覚悟だ。神に抗うのなら、それくらいでなくちゃいけない」
言葉に反して淡白な声で、男はそう言う。
ルフィナと同じかそれ以上に、感情を表に出すのが苦手なのか……それとも彼もまた、ラシェルさんと同じ様に……なのかな。
名前からしても、普通に生まれ育った人のようには思えないし。
「さて……そんな君達に、いいお知らせだ。この建物は、実は"保険"として機能しているものでね」
イドラと遺跡についての話は終わったのか、話題を切り替えながら、男は扉の向こうに広がる空間へ視線を向ける。
「どういう意味だ」と訊ねると、男は背を向けたまま、
「既に知っているかもしれないけど、この遺跡の中で命を落とした場合、その魂は、ルーンフォークや魔動機に吸い寄せられる可能性……即ち、遺跡の一部とされてしまう可能性がある」
「……今の説明を聞いた後だと、ぞっとする話ね」
「だろうね。でも、この建物の中にある装置での生体認証を済ませれば、魂を優先的にここへ導くことができる。そうすれば、少なくとも、遺跡の思うようにはされずに済む」
「……まるで、自分は遺跡の一部ではないかのような言い方ね」
「その通りだよ。いや、百数年前までは、そうだったんだけれどさ」
ルフィナの訝しむ声に、男は振り返る。
ここに至るまで、常に薄ら笑いを浮かべていたその顔は……随分と険しいものに変わっていた。
「先述の通り、僕たちの創造主は壊れてしまった。ならば今、僕たちがすべきことは、自らの足で歩き出すこと。そのためにも、まずはこの束縛を振りほどかなくてはならない」
だから、どうか協力して欲しい─────そう訴えかける瞳に、俺は頷く。
「分かった。イドラの暴走、止めてみせるよ」
「……私も。本物の神々は、こんな紛い物の存在を、望んでいないはずだわ」
ルフィナも俺に続き、改めて決意を表明する。
それを聞いた男は、しばらく目を閉じてから、
「ありがとう。……保険がある、と言っておいてなんだけれど。君たちが無事にイドラの前に立つことができるよう、祈らせてもらうよ」
「……祈る相手は、誰なのかしら」
「はは。……さてね。少なくとも、イドラでないことは確かだ」
再び、薄ら笑いを浮かべるのだった。
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