#2

「ここは……なんだろう。やけに広い空間だけど」


 連絡通路エリアとやらに比べると、比較的生活感のある───実際に人が住んでいることは極稀だけど───建物が並ぶ、静かな住宅地を進んでいくと、半球状の薄暗い空洞の中に辿り着いた。

 地面には円周状に腰掛けが設けられていて、まるでここで一休みしていくことを促しているかのようだ。


「せっかく用意してくれているのなら、と休みたくなるところだけど」


 ルフィナは、俺の返答を待っている様子だ。確かに、いくら安全そうな場所とはいえ、罠や魔物による奇襲が無いとは言い切れない。


「念の為、中を一通り見てから判断しようか」


 そう返して、しばらく空洞を歩き回る。

 敵の姿はなかったが、代わりに空間の中心部に、これまで見かけたものと比べると、小綺麗で洒落た見た目の装置を見つけた。

 円筒の先端に、これまた半球状の物体が取り付けられている。半球はなにやら二重構造になっていて、内側のものには、細かな斑点模様のようなものが描かれている。


「これ、なんだか分かる?」

「……。なにか、映像を映し出す装置に見えるわね。動かしてみる?」

「映像か……そうだな。直接的な害は無さそうだし、万が一の時も、止めるなり壊すなりできるだろうし」

「分かった。えぇと……ここを弄ればいいのかしら」


 文字や入力装置を見て、ルフィナがあれこれ触れていく。

 そのうち、半球がぼんやりと光を放ち……描かれていた模様の正体が、空洞の壁と天井一面に映し出された。


 きらきらと輝く星たちが、ごくゆっくりと動く、幻想的な光景。それが俺たちのことを覆っている。

 上を向いているか横を向いているかの違いはあるが、まるで、故郷の里の夜を思い出すような光景だ。

 どうやらこの装置は、星空をいつでも見られるようにしてくれるものらしい。


「……安全も確認できたし。少し、ゆっくりしていく?」


 人工の星空をしばらく無言で眺めてから、思い出したようにそう提案すると、


「こんなに綺麗なものを見て、最初に出てくる言葉がそれなの?」


 冷たい視線、そして言葉を返された。

 調査中とはいえ、デリカシーってやつが足りなかったか……と落ち込みかけると、今度はおかしそうに笑って、


「冗談よ。せっかくだから、座って眺めていきましょう」

「……へこんだの、顔に出てた?」

「えぇ。それはもう、分かりやすいくらい」


 そう言った後、すぐ近くの腰掛けに座った。一本取られたな、と思いながら、俺もその隣に並び、星の流れを見つめる。

 この瞬間だけ切り取れば、まるでデートかなにかのような光景だけど……ルフィナの方は、そんな気はなさそうな雰囲気だ。

 決して、下心でパーティを組んだわけではないけども。だけど、こう……だからと言って、その気を全く感じられないと、それはそれで悲しい気持ちになってしまうのは、男の性という奴か。

 まぁ、本人にそれを言っても変わらない───むしろ余計にからかわれる予感がする───と思うので、黙っているほかないんだけど。


「……それこそ、勘違いさせるような質問になってしまうけれど……私なんかがパーティメンバーで、良かったの?」


 くだらない意地の扱いについて悩んでいると、ふいにそんな問いが投げられた。

 ルフィナの顔は、天井の星々に向けられたままだ。内容が内容だから、流石のルフィナも、顔を見て話すのは少し気恥ずかしく思ったのだろうか。


「今度こそ、ロマンチックな受け答えを期待されてる?」

「いいわよ、別に。無理に変なことを言おうとしなくても」


 俺の推測は正しかったらしく、すこしむすっとした横顔は、冗談混じりの言葉を求めてはいないようだ。

 であるなら……正直に答えておくか。

 俺もルフィナに倣って、天井を見上げたまま言葉を続けることにした。


「俺達が初めて会った日は、まぁ……誰でもよかった、って言うとあれだけど……こういう人と組みたい、って願望は特になくってさ。まずは、いろんな人とパーティを組んでみて、冒険者っていう仕事に慣れるところからかな、って考えてた」

「そう。……それで、どうかしら?初めての仲間の評価は」


 なんだか、普段よりも意地悪な雰囲気のある調子の声だけど……どことなく、不安げにも聞こえた。


『─────少しばかり、物言いが厳しいみたいです。数日前に登録されていらっしゃるんですが、いまだにパーティを組む相手が見つからないようで』


 彼女と初めての会話をする前に、職員さんから聞かされた言葉を思い出す。

 自分が今、どう思われているのか、というのが気になるのだろうか。てっきり、気にしているのは俺だけだと思っていたけど。


「はじめは……ちょっと、手強い人だなって思ったかも。どうやって打ち解ければいいのかな、とか、見捨てられないように頑張らないと、とか考えてた」

「それは……あなたもまた、理解者の少ない人だから?」

「それもあるかな。でも……一ヶ月近くか。一緒に活動して、その辺りのことは、もう考えなくなってきた」


 そりゃあ、『今この場にいる冒険者で、あなたに適しているのはこの人だけです』なんて言われたら、誰だって必死にならざるを得ない。

 ましてやナイトメアだ、ルフィナみたいに言動や性格ではなく、存在そのものが理由で避けられているとなれば……


 いや、そんなことは、もうどうでもいいか。

 今、俺がルフィナと組んでいる理由は、とっくに違うものになっているんだし。


「言われてたほど、冷たい人でもないし……というか、本当に冷たい人だったら、神官なんて務まらないだろ、って思ってさ。だから今は、純粋に、頼れる仲間として見てるよ、ルフィナのこと」


 頼れる仲間。信頼できる存在。だから一緒に組みたい。それが今の俺の気持ちだ。

 ……まぁ、本当にちょっとだけ、こんな美人な子と合法的に一緒にいられることへの欲望というのも、なくはないけど。


「……そう。……ありがと」


 邪な気持ちを知ってか知らずか、ルフィナは短い言葉を返すのみだった。後半は、なんだかくぐもった声をしている。

 気になって、顔を横に向けようかとも思ったけど……それはやめておいた。

 直接見なくたって、なんとなくその姿に、想像がついたから。


「どういたしまして。……休憩、まだしていく?」

「……そうね。もうしばらく、空を眺めていたいかも」


 その後結局、一時間が経って、装置が勝手に動作を終了するまで、殆ど言葉を交わすことのない、静かな時間が過ぎていった。


 ◇  ◇  ◇


 人工の星空の鑑賞───後で調べたところ、プラネタリウムと言う施設だったらしい───を終えた後、再び寂れた住宅地を行く。

 すると、なんだか違和感のある扉がひとつ、見つかった。


「これ……木製か?ほかはみんな、金属ばっかりなのに」

「確かに……そもそも、壁に無造作に埋め込まれているというのも、おかしな話じゃないかしら」


 その通り、この扉は建物の入口、という雰囲気ではなく、抜け道かなにかのように、何もない壁に存在しているのだ。

 もっとも、何処に何があるのか分かったものではないこの遺跡の中では、どこに扉があろうが、要警戒対象ではあるんだけど。それにしたって、どうしてこんなところに、と気になってしまう。


「罠は……ないみたいだけど」


 簡単に調べてみるが、罠もなければ鍵も掛かっていない。この先になにがあるのかが分かるような記述も見当たらない。

 こういう時、真語魔法の心得があれば、僅かに開けた隙間から使い魔を忍び込ませたり、とかできたんだけど───


「───やぁ、ようこそ。君たちを待っていたんだ」

「っ!……ど、どうも、こんにちは」


 考えていると、突然向こう側から扉が開かれ、俺より少し背が高いくらいの男───よく見ると耳や首が機械化されているので、おそらくルーンフォーク───が姿を現した。

 服装は、いつぞやの街で見かけた人達と同じ様な……柄も装飾もない無地の服を、見窄らしくは見えない程度に手入れや洗濯をしたものという、地味な格好だ。外ではあまり見かけないが、この施設における一般的な装いなんだろうか。

 顔は……常に笑っているけど、どちらかと言うと、薄ら笑い、と表現すべきもので、自然な笑みとは思い難い。


 さて、そんな男が一切の音もなしに出てきたものだから、俺は思わず後ずさってしまった。けど、武装をしていたり、敵意を抱いていたりはしなさそうだ。

 しかし……初対面のはずなのに"待っていた"というのは、一体どういうことだろう。俺たちがここに来るまでの様子を、どこかで見聞きしていたのか?


「驚かせてしまったかな。まぁ、中に入りなよ。君たちに話さなければいけないことが、いくつかあるんだ」


 困惑する俺とルフィナを置いてけぼりにする勢いで、眼の前の男はそう告げると、扉を大きく開けた。どうやら歓迎してくれるみたいだけど……


「……どうする?」


 訝しむ顔のまま、ルフィナに問われる。おそらく彼女も、この男を信用していいものかどうか、悩んでいるんだろう。

 まぁ、当然といえば当然だよな。今のところ、不可解な言動しかとっていないし。


「……うちの里じゃ、立ち話も足の鍛錬の一環だ、なんて言われてまして。良ければ、このままいかがですか」


 そういう訳で、出任せの提案をしてみると、警戒されていることを察して……それがおかしかったのか、男はくつくつと上品に笑った。


「君たちがそれで良ければ。話の途中で椅子が恋しくなってきたら、いつでも客室に通すよ」


 それから、そう前置きをして、改めるように一礼をしながら、


「僕は、スペリオル・スタイルMミュー。大破局が起こるずっと前から、この施設……今は遺跡か。ともかく、生きている被検体さ」


 ターコイズをそのまま嵌め込んだような、美しくも奇怪な目を細ませてみせた。

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