第三章 虚像の太母と反逆の狼煙

#1

 再び遺跡に潜り、コントロールルームへと辿り着いた俺達は、ラシェルさんから託されたスフィアを装置へとかざした。

 すると、取り付けられていたモニターに、"移動用ゲートの開放:完了""二百メートル南、第一ゲートルーム"という文字列が並んだ。


「だってさ。魔動機文明語、学んでおいてよかったな」

「そうね。結局、私も手伝うことになったけど」

「それはまぁ……ほら、ルフィナの方が、文献を調べたりするのは得意だろうし。読み書きができて損はしないだろ」

「……そういうことにしておいてあげるわ」


 呆れているかのような台詞だが、ルフィナの声と表情は、柔らかいものだ。

 小言ではなく、冗談として言っているのだろう。この数日間で、それなりの信頼関係を築けたということの証……になるんじゃないかな、きっと。


 さて、ハーヴェスに滞在している間に、俺達はいろいろと知識・技術を身に着けた。俺はマギテック協会で賦術───物質の第一原質プリマ・マテリアとやらを抽出して作った札を用いる術、らしい。詳しい理論は正直よく分からないけど、分からなくても使えることこそ、利点のひとつと言える───を、ルフィナは詩人から呪歌を。

 加えて、賦術を学ぶための前提知識となる、魔動機文明語も教わった。現代で主に使われている交易共通語は、この魔動機文明語が元になっているらしく、おかげで覚えるのにそれほど苦戦はせずに済んだ。

 会話はまだ少し不慣れだけど、読み書きならご覧の通り、問題なくこなせるくらいに仕上がっている。

 ……まぁ、ルフィナは同じ期間で、俺よりもたくさんのことを勉強してたみたいだけど。これが才能の差、ってやつか。


「それじゃ、次はゲートルームか。気をつけて進もう」

「えぇ。エスコート、よろしくね」


 さらに冗談めかしながら、ルフィナが俺の後ろを歩く。

 背後から聞こえる足音は、調査初日のものよりも、気持ち近い位置から聞こえた。


 ◇  ◇  ◇


「エルレウム、来るわよ!」

「分かってる───っ、掠っただけでもなかなか痛いな、これ!」


 人型の魔動機が背負った、細長い鉄の筒から放たれた光の弾が、俺の脇腹を掠める。当たった箇所をゆっくり確認する余裕はないが、火傷した時のようなひりつきを感じるので、おそらく鎧ごと焼けているのだろう。

 そんな物騒な弾を放った当人は、前傾姿勢から直立状態へと移行し、今度は鉄の拳を見舞おうとしている。攻撃の手を休めてくれるつもりはないらしい。


 ゲートルームに着いて早々、俺達を出迎えてくれたのは、警備用らしき人型魔動機のコンビだった。

 背中に砲塔を背負った奴と、右腕が巨大なハンマーのようになっている奴。ザーレィとルドルンという機体名だそうで、現代においても、複製されたものが工事などに使われていることがあるらしい。

 残念ながら、眼の前の連中はそうではなく、視界に入った奴をとにかく攻撃する、以外のことを命令されてはいなさそうなんだけど。


「けど、耐えられない程じゃないな!」


 ザーレィの拳より早く、俺は右手で剣を振るった。今まで使っていた剣〈ロングソード〉よりも、一回り大きな剣〈バスタードソード〉───それも、魔法の加工を施してある業物だ。

 その刃が奴の腕にぶつかると、キィンと高い音が鳴って……少し後、切り落とされた腕が、床に落下していた。

 それに怯むことなく、次はルドルンがハンマーを振るうが、それには左腕に着けた細長の鉄盾〈カイトシールド〉をぶつけて、強引に軌道を逸らす。腕がびりびりとした感覚に包まれたが、それだけで済んだ。

 以前使っていた小盾〈バックラー〉は、攻撃を受け流すのが精一杯だったけど。この盾の耐久性なら、多少乱暴に扱っても問題ない。


『───戦士はまず、最初の冒険を無事に終えたのなら、装備を見直せ。

 なまくらや折れた剣じゃ敵は殺せねえし、砕けた盾と鎧じゃ命は守れん』


 冒険者向けの鍛冶工房の親方である、ドワーフの爺さんに言われるがままにしてみたのは、間違いではなかったみたいだ。


「装備の力に頼ってると言えば、それまでだけど……間違いなく、強くなったな」

「それはなによりだわ。正直、私の戦闘能力は、そこまで変わっていないから」


 隙ができたところへ、ルフィナが氷の礫を放つ。それに直撃したルドルンは、大きく仰け反り、音を立てて床へと倒れ込んだ。

 それに続いて、俺もザーレィへもう一撃加えるために踏み込む。再び弾を放つつもりなのだろう、俺へ向けて下ろされた砲塔に、力任せに剣を振り下ろすと、今度はごぎゃんと鈍い音が鳴った。柄を握る手には、かなりの手応えがあった。

 あいにく、切り落とすまではできなかったが、射撃を止めるには充分な衝撃だったみたいだ。怯んでいる隙に、もう少し強度の低そうな所……砲塔の付け根のところを狙ってさらに剣を振ると、今度こそ砲塔と本体は二つに分かたれた。

 それがとどめになったらしく、既に寝転がっていたルドルンに重なるようにして、ザーレィも倒れ込んだ。脈も何もないので、生き死にを確認することはできないけど、おそらく、これ以上動くことはないだろう。


「お疲れ。悪いわね、結局殆どあなたがやったようなものだわ」

「そんなことないって。なんだかんだ、無傷とはいってなかったから、回復してくれなかったら危なかったよ」

「そう。ならいいんだけど」


 乱戦に巻き込まれないよう、少し離れたところにいたルフィナが、抱えていたハープをバックパックにしまうと、稼働停止した二体の魔動機へと近づく。

 そして、使えそうな部品を頂戴するために───マギテック協会に売ると、結構いい値段で引き取ってもらえるからだ───状態確認を始めた。


 彼女が得意とする神聖魔法は、人を助けるための魔法だ。第二の剣イグニスに連なる蛮神邪神や、一部の武闘派の神様を除いて、攻撃的な魔法というのは、あまり授けてもらえない……らしい。

 呪歌も同じくで、基本的には直接的な攻撃を行なうことができない。だからさっきの戦闘でも、ルフィナが用いた攻撃手段は、氷の礫を飛ばしたのみだ。

 もちろん、だからと言って、俺はそれについて何か言うつもりは全くない。


「あるいは、終律……特殊な旋律を奏でる呪歌であれば、攻撃魔法のそれに近いこともできるんだけど」

「今のところ、これでどうにかなってるんだし。それに、ルフィナの出番が少なくて済むように頑張るのが、俺の仕事だよ」

「あら、言うわね。……ま、なんにせよ、もう少し攻撃手段があってもいいかもね」


 けれど、肩をすくめながら自嘲気味にそう笑うルフィナは、少し気にしているのかもしれない。

 たしかに、魔法があるに越したことはないんだけど。たかがフッドやゴブリンを相手するのに、魔法銀ミスリルの剣を持ち出す必要がないように、魔法もまた、常に必要とすべきものではないのだ。

 ……なんて、里の狩人たちが言っていたのはまぁ、おおよその事を肉体で解決してしまう、ソレイユ特有のジョークってやつだったんだろう。

 今の俺たちみたいに、あれこれ考えた末に出した言葉ではないと思う。たぶん。


「ともかく、そんなに気にしなくていいさ。どうしても俺だけじゃ手数が足りないってなったら、その時に考えよう」

「あなたがそれでいいなら、お言葉に甘えさせてもらうわね。……と、こんなものかしら」


 部品の物色を終えたのか、いくつかの細かなパーツを手に、ルフィナが立ち上がる。ここへ来る道中、またルーンフォーク達の街を見つけたので、そこへ売りに戻ってもいいんだけど……


「帰るにはまだ早い、かな」

「そうね。ゲートとやらの先の様子を確認してからでもいいと思うわ」


 一言、そう交わし合った後、ふたりで部屋の中央へと視線を向ける。

 床には円盤のような魔動機が取り付けられていて、その真上の天井にも、同じものが見える。他にそれらしいものも見あたらないので、これが移動用のゲート、ということなんだろう。


「ゲートって言うか、転移装置ってやつかな」

「確かに、扉や門には見えないけれど。他の空間との境界線、というニュアンスで言うなら、そう間違った表現でもないんじゃないかしら」

「なるほど……とりあえず、俺が先に乗ってみるよ」


 そういうもんか、と納得しつつ、その円盤の上に立ってみる。

 瞬間、身体がふわりと浮かび上がるような感覚と共に、視界が歪んでいく─────かと思えば、すぐに元通りになった。

 ……いや、部屋の見た目が微妙に違うな。別の場所に移動できた、のか?


「"居住区"、だって。ちなみに、さっきまでいたのは"連絡用通路"らしいわ」


 辺りを見回していると、ルフィナも移動してきていたらしく、いつの間にか後ろに立っていた。

 部屋のあちこちにある機械は、相変わらず使い道の分からないものが殆どだが、お互い、それに書かれている文字くらいは読めるようになっている。発音も少し練習したので、今回は現地住民との意思疎通も望める……と思う。


「居住区ってことは、人が暮らしてた……あるいは、今も暮らしてる場所ってことだな。なら、人に出会える可能性は高そうかな」

「そうね。あの神殿みたいな、怪しい集団はごめんだけど……まともな人と出会えれば、もっと情報を得られるはずだわ」

「まともな人、か……」


 前回発見した集落の人達は、まともそうではあったけど……どうなんだろう。

 話してみたら、実はとんでもないことを言っていた、なんてパターンが無いことを祈りたいけど。

 それに……ラシェルさんと、そのお姉さんを見たあとだと、この遺跡に長く囚われている人ほど、正気を保つのは難しいようにも感じる。


「不安そうね。まぁ、気楽に進める場所ではないけれど」


 考え込んでいる俺の顔を、横から覗き込んだルフィナの表情は……普段とあまり変わりない。いや、もともとそんなに顔に出ないタイプではあるんだけど。

 それを込みで考えても、先のことをそれほど心配していなさそうというか……楽観的とまでは言わないけど。


「そういうルフィナは?」

「不安が全くない、と言えば嘘になるけれど……そうね」


 不思議に思って問い返してみると、小さく微笑みながら、


「それなりに頼りになるパーティメンバーがいてくれてるから。何かあっても、その人を頼れば、最悪の事態は避けらるんじゃないかしら、ってところね」


 部屋の隅にある扉へ視線を移すと、「さ。早く進みましょう」とだけ言った。


「……はは。そりゃあどうも」


 頼りになるパーティメンバーこと俺は、少し面食らいつつも、その言葉に従って足を動かし始めたのだった。

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