#4

「レイン!……あぁ、よかった。無事だったのですね」

「えへへ、ごめんなさい……ありがとう、おにーちゃん、おねーちゃん、もふもふの先生!」

「この子は、もう……本当に、ありがとうございました。御三方とも」


 無事に正気を取り戻したレインちゃんを連れて、俺達はセーヌ村のニコラさんの元へと戻ってくることができた。


 あの装置を破壊した結果、レインちゃんはすっかり元通りになった。

 ……のだが。『面白そうだから、ひとりで探検しようと思った』『でも、遺跡に入ってからの記憶がまったくない』と言われて、俺達は……特にルフィナは、顔を強張らせた。


 『あの、正体不明の神……無関係だとは思い難いけれど、もう一度あそこに行く気にもならないわね』


 その言葉に賛成し、そしてレインちゃんを送り届けなければいけないということもあって、俺達は足早に遺跡を抜け出したのだった。


 この場にいないローラは、どうやら遺跡の外には出られないように作られているらしく、外へ出るための通路に入った途端、一歩も動かなくなってしまった。

 そもそも一日しか動けないことを考慮すると、無理やり連れ出したところで、あまり意味もないだろうと考え、少し名残惜しく思いながらも、その場に置き去りにしてきたのだ。

 あるいは、魔動機の学者や技術者の研究材料になったかもしれないけど……それはいよいよ、命を冒涜する行ないのように思えて、気が引けた。


 さておき、無事に依頼を終えた俺達は、ニコラさんのご厚意に預かって一晩泊めてもらった後、ギルドへ報告しに戻ることになった。

 あいにく、ラザフォードさんは冒険者ではないので、今日で別れることになったのだが。


「ラザフォードさんも、ありがとうございました。色々助かりました」


 ハーヴェスへ続く街道の途中で、俺はラザフォードさんに感謝の言葉を述べる。

 彼はそれに笑顔を返した……かと思えば、やれやれ、と肩をすくめてみせる。


「こちらこそ。……しかし、あの遺跡には、まだまだ秘密が眠っていそうですな」

「そうね……ギルドには、その辺りも報告しておかないといけないわね」


 続けてルフィナがそう言うと、ラザフォードさんは何か考えるような素振りを見せた後、ポーチから……封蝋の施された封筒を取り出した。


「もしも、今後もあの遺跡を調査するのであれば……ディガット山脈の頂上付近に住んでいる、ラシェルという方を頼ると良いかもしれませんな」

「はぁ……この封筒は?」

「彼女宛ての手紙です。まぁ、紹介状代わりだと思っていただければ」


 よく分からないが……そのラシェルという人が、あの遺跡について、なにか知っているのだろうか?


「……ラザフォードさん。もしかしてあなた、あの遺跡がどんな遺跡か、既にある程度知っていたりするかしら」


 俺が首を傾げていると、ルフィナがそう尋ねた。

 一体何の根拠があって……と俺は思ったのだが。ラザフォードさんは「鋭いですな」と一言呟いてから、


「実は、そのラシェルさんから、この遺跡の話を聞いたことがありましてな。実際に踏み入るのは、今回が初めてでしたが」


 ……本当に知っていたらしい。じゃあ、地鳴りの調査のついでに、あの遺跡を調べているところだったのか。

 今まで、それを伏せていた理由については……訊いて教えてくれるなら、そもそも伏せていなさそうだな。


「……そのラシェルという人は、この遺跡の何を知っているのかしら」

「あいにく、私も少し聞いただけなので、そこまで正確に覚えてはいませんな。ただ……」


 続くルフィナの問いには、少し険しい表情になってから、咳払いをひとつ挟んで、


「とても恐ろしい実験が行われていた場所、とだけ。……それでは、お気をつけて。ラシェルさんに、よろしく伝えておいてください」


 そう答えると、彼は足早に、ハーヴェスとは反対方向に歩きだしてしまった。

 ……とても恐ろしい実験、か。


「謎の神に、洗脳装置、おかしな仕様のジェネレーター……確かに、恐ろしそうな要素はもりだくさんだったな」

「……そうね」


 素っ気なく応えるルフィナの横顔は、出会ってから一番、真剣なものだ。

 まるで、既に答えの一歩手前まで辿り着いているような……そしてその答えが、あまり喜べない内容であるような、そんな顔。


「……ま、とりあえず俺らも帰ろうぜ。追加の調査については、ギルドにも相談してみよう」

「そうね。……。あの神は、もしかして本当に、ルーンフォークからの信仰を……?」


 すっかり考え事にふけってしまったルフィナが、うっかり転ばないようにと守ってあげながら、ハーヴェスへの帰路に着く。


 それが、俺達の初めての冒険の終わりで……あの遺跡との、出会いの日の話だ。

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