#3
「……どうなってるんだ、これ」
遺跡に再進入して、開口一番、俺はそう呟いた。
目の前にあったのは、先ほどと同じような鉄道駅だ。
ような、というのは、線路が伸びている方向に変化があったからだ。
「……さっきは、西側にも伸びていたはずだけれど……見当たらないわね」
「ふむ……内部構造が変わっているのでしょうか、この遺跡」
「な、内部が変わる……?有り得るんですか、そんなこと?」
ラザフォードさんの言葉に驚いて、俺はなんとも間抜けな声を出してしまった。
「魔剣の迷宮や魔域の内部では、起こり得る事象ですな。即ちこの遺跡も、そのどちらかである可能性が高いのではないかと」
「……確かに、魔剣の迷宮であるなら、地中から突然姿を現したことにも、説明がつくかしらね」
一方ルフィナは、説明を聞いて納得したのか頷いている。
どうやら、話についていけていないのは俺だけらしい。肩身が狭いなぁ。
「ま、いずれにせよ、調査をしなくてはならないことに変わりはありませんな。参りましょう、お二人共」
「えぇ、行きましょう。……エルレウム、どうしたの?そんな渋い顔をして」
「あぁ、うん……もうちょっと、勉強した方がいいのかなって思ってただけ」
己の不甲斐なさを感じながら、再び線路の上を進む。
この際、魔動機文明の知識を得るためにも、魔動機術か賦術でも学ぶべきなのかな……でも魔動機術はともかく、賦術はお金が掛かるらしいし……
「あら、これは……ルーンフォークのジェネレーターかしら」
斥候の仕事も忘れて、考え事をしながら歩いていると、そんな声が聞こえた。
我に返って目の前を光景を確認すると、たしかにそこには、淡い緑色の光を放つ、ガラスの円柱───そしてその中には、男性でも女性でもない、一糸纏わぬ人の姿があった。
……どうしよう、目のやり場に困るんだけど。二人は気にしていないのか?
「ふむ……どうやら、一日だけ動くルーンフォークを、即座に生成できるみたいですな。既に肉体は用意されていて、あとは人格を与えるだけのようです」
「インスタントのジェネレーターってことね……なんだか、命を粗末に扱っているようにも思えるけれど……試しに、動かしてみてもいいかもしれないわね」
振り返ると、どうやらそのようで、二人は話を進めていた。またも内容を殆ど理解できていないが、とりあえず、ジェネレーターを動かしてルーンフォークを完成させてみようとしていることは分かる。
「何が必要になるのですかな、と……体毛でいいみたいですな」
「なら、私がやるわね。タビットの毛って、切るのも毟るのも大変そうだもの」
言って、ルフィナがおもむろに髪の毛を一本、ナイフで切ると、それをジェネレーターに取り付けられた装置の中へと入れる。
どうやら、自分の情報を与えることにしたみたいだ。
……うん?自分の情報を……
「ふむ。……私とエルレウムさんは、後ろを向いていたほうが良いですかな?」
「……そうね。気になるのなら、そうして頂戴」
「おや。ルフィナさんは特に気にしないと」
「私が与えるのは人格だけなんでしょう?なら、これは私の身体とは、まったく別のものじゃないかしら」
ルフィナは、毅然とした態度でそう応えているけど……いやいや、気まずいって。
だって、その……ルフィナの情報を元に作られたルーンフォークが、これから生まれるわけで……それはつまり───
「……エルレウム。馬鹿なことを考えているなら、ひっぱたくわよ」
「はっ、はいっ。黙って目を瞑っておきます!」
とても冷ややかな視線と言葉に、俺はすぐさまジェネレーターから離れた。
いや、合理的に考えるなら、ルフィナの言う通りかもしれないけどさ。意識しちゃうじゃんか、どうしても。
「ほほ。思春期ですなぁ」
「貴方は……タビットだし、そもそもあまり気にしていなさそうね」
「えぇ。我々は、同族同士でなければ、そういうことはあまり考えませんな」
悶々としている俺の背後からは、ふたりのそんな会話が聞こえた。
くそ、なんだか理不尽を感じる。
◇ ◇ ◇
『───、─────』
「この先、コントロールルーム……だそうです。何をコントロールしているのかは分かりませんが」
ジェネレーターから生まれたルーンフォーク───ローラ、と命名された。ちなみに容姿はルフィナにちょっと似てる、くらいだ───を連れて進んでいくと、ラザフォードさんが彼女の言葉を訳したのか、そう告げた。
言語こそ分からないが、ローラの口調はやはり、ルフィナのそれに近いものを感じる。ルフィナが持っていた予備の衣服を貸し与えたこともあって、髪の色くらいしか明確に見分けのつくところがない。
改めて、誕生の瞬間を観測しなくてよかったな、と思う。恐らく一生忘れられなくなっていただろうから。
バカな話はさておき、コントロールルームとやらに踏み入ってみると、部屋中をたくさんの管……ケーブルって言うんだっけ、それが巡らされている光景が広がっていた。
それらはすべて、部屋の中心にある大きな機械へと繋がれていて、その機械に取り付けられた水晶盤が、規則性に点滅を繰り返している。
そして───その傍らに、探している少女の姿があった。
十歳になったばかりくらいの人間の子と同じ背丈と顔立ちで、目の下には、雫の形をしたマークがついている少女。
「君がレインちゃんかな。よかった、無事だったんだな」
まずは一安心して、そう声を掛けるが……
『───。───────、─────』
彼女は、無表情な顔をこちらへ向けて、なにやら魔動機文明語で喋るのみだった。
……共通語が分からないなんてこと、ないよな?村の人達は、普通に話せていたんだし。
それにニコラさんは、レインちゃんのことを、とても明るくて好奇心旺盛な子だ、と言っていた。そんな子に話しかけて、こんな反応を示されるとも思い難い。
「ラザフォードさん、彼女はなんて?」
「『はじめまして、私は” ナビゲーターナイン”。この施設の管理を任せられています。お困りのことがありましたらなんなりとお申しつけください』……だそうです」
「……なんて?」
この遺跡に入って何度目だろうか、俺はまた、間抜けな声を上げた。
人違い……ってこともないと思うんだけど。どういう状況なんだろう。
「……ふむ。もしかすると、ルーンフォーク本来の機能……他人に服従する性質が、強く活性化させられているのかもしれませんな」
「それで、洗脳されたかのような状態になっている……ということかしら」
「かもしれません。しかし、それをどう解除したものやら……」
ふたりの話を聞くに、少なくとも人違いではないみたいだ。なら、そこは安心してよさそうだな。
しかし、洗脳?とやらを解除できないと、多分村へ連れて帰っても、ニコラさんは喜んでくれないだろう。むしろ悲しむかもしれない。
「洗脳……ってことは、魔法かなにかの影響なんだよな?きっと」
「そうね。あるいは……遺跡のどこかにある機械の仕業、とかかもしれないけれど」
「なら、それを壊したらどうにかならないかな。このままじゃ、連れて帰ったところで、って感じだろ」
「そうですな……そこの機械で、なにか調べられるかもしれません。見てみましょう」
「お願いするわ。……背丈が足りないと思うから、私が持ち上げるわね」
「ほほ。助かります」
ラザフォードさんとルフィナが中央の機械に近づき、操作盤らしきものを弄っている間に、俺は推定レインちゃんの様子を、改めて確認する。
その表情と瞳は、まさに機械のようにぴたりと静止していて、瞬きと呼吸以外では一切動かない。身体も同じく、発見した瞬間から、まったく姿勢に変化がない。
ニコラさんから聞いている話とは、全く別人のような振る舞いだ。これを明るく元気な子と表現するなら、うちの里は、世界一賑やかな場所だと取り上げられているはずだ。
「レインちゃん。どうしてこの遺跡に入っちゃったんだ?」
『───、─────』
「『すみません、言語の翻訳が不可能です』……だそうですな」
「……駄目かぁ」
言葉も、やはり魔動機文明語でしか返されない。
まるで、人格を形成するあらゆる要素……記憶とか性格とか、そういうものがすべて、上書きされてしまっているみたいだ。
これが本当に洗脳なんだとしたら……どこの誰が、何のために?
「……お、見つかりましたな。どうやら、ここから南へまっすぐ行った所に、装置があるようです」
「じゃあ、次はそっちね。……この子はどうする?」
「最終的には、連れ帰らないといけないんだ。ひとまず付いてきてもらおう」
「では、そのように。───、─────」
『──。─────』
ひとり考えていると、ラザフォードさんがレインちゃんになにか話しかけた。
するとレインちゃんは極僅かに頷いて、俺達の後を追うようになった。付いてきて、とでも命じたんだろうか。
「……本当に、不気味な遺跡だな」
あの謎の神殿といい、洗脳装置といい……この遺跡は、本当になんなんだ?
言い知れない恐怖、そして不安を感じながら、俺はコントロールルームを後にするのだった。
◇ ◇ ◇
レインちゃんを連れて南へまっすぐ向かうと、蔦で覆われた壁面に、それらしい装置が埋め込まれているのが見つかった。
「あれが洗脳装置かな。……何も考えず、普通にぶっ壊しちゃっていいのかな」
「不安でしたら、一応確認いたしますかな?」
「そうね、そうしてもらえると。……エルレウム。その前に、周囲の安全確認をお願いね」
「あぁ。みんなは、ちょっと離れてて」
まずは偵察、ということで、装置に俺一人で近づいていく。
そして、装置にまとわりつくように伸びている蔦を、適当に剣で切り払おうと思って、腰に手を───
「───!エルレウムさん、上!」
伸ばした瞬間、ラザフォードさんが叫んだ。慌てて見上げると、やけに太い蔦が、まるで生きているかのように蠢いて……なんと、俺の顔面に飛びかかってきた。
「っ、ぶねぇ!」
咄嗟に盾で弾こうとするも、勢いを少し削ぐ程度のことしかできず、俺はそのまま、床に叩きつけられるように倒された。
急いで上体を起こし、剣を抜き、足元で跳ねている敵の姿を見る。
螺旋状に伸びた、他のものより一回り太い蔦。それが、まるでばねみたいびよんびよんと伸び縮みしていている。見た感じ、植物系の魔物か。
「コイルアイヴィーだわ。中々すばしっこいから……攻撃を避けることに、専念した方がいいかも」
「それじゃ、いつまで経っても倒せなくないか。それともルフィナが倒すつもり?」
「あら。いるじゃない、ついさっき増えた攻撃役が」
ちらりと後ろを見ると、ルフィナの横に無言で突っ立っていたローラが、ファイティングポーズを取っていた。その手には、
「……なるほど。俺が気を引いて、ローラになんとかしてもらう作戦か」
「えぇ。名案だと思わない?」
「かも。それじゃ……ローラ、よろしく!」
俺の言葉を理解しているのかいないのか、ルフィナ似のルーンフォークは俺の隣へと駆けつける。
攻撃を避けさせたりするのは、指示のタイムラグがある関係で厳しいだろう。彼女には攻撃に専念してもらおう。
「ローラさんへの指示は、私がやっておきますかな」
「任せたわ。私もある程度は加勢するから、頑張りなさい、エルレウム」
俺達が作戦会議を終えると同時、蔦野郎が再び飛びかかる体勢に入った。
先程の突進速度を見るに、俺の剣で奴を捉えることは難しそうだ。無理に叩き落とそうとすれば、直撃することになるだろう。
ここは大人しく、俺に突っ込んできた後の隙を、ローラに突いてもらうのがいいか。
「よし。こっち来な、蔦野郎」
鞘に収めたままの剣を盾にぶつけて、音を鳴らす。奴はまんまとその挑発に乗って、俺の方へ飛躍した。
不意を打たれなければ、さっきよりはまともに対処できる。今度はしっかり盾の中心で奴を捉えて、まさにバネの原理のように、床に向けて弾き返す。
奴は床で軽く跳ねて、少しずつ勢いを殺しながら、次の跳躍の体勢を整えようとしている。
今なら、仮に突っ込まれたとしても、大した勢いにはならないはず。
「今だ!」
俺の掛け声に合わせて、ラザフォードさんがローラへ指示を出し、ルフィナも氷解を撃ち出す。
打撃と氷では、植物相手にはあまり通りが良くないだろうか、とも思ったが、明らかに奴の動きが鈍ったのが確認できた。
「効いてる。もう一回、同じ流れでやろう」
倒し方が分かればなんのことはない。もう一度同じことを繰り返して、殆ど身動きが取れなくなったところに、俺が剣を突き立てて……
それでもしぶとく抵抗しようとしたので、ルフィナが薄めの氷解を撃ち、胴体(という表現でいいのか?)を真っ二つにしてくれた。
「しかし、植物の魔物まで出てくるとはな」
「えぇ……魔剣の迷宮かもしれない、という説が、またひとつ説得力を増したわね」
「ですな。……さて、それでは失礼しまして」
他に動き出す植物もいないようなので、ラザフォードさんに道を譲る。
それから装置をしばらく弄ると、満足げにうんうんと頷いてから、装置の前を離れた。
「大丈夫そうですな。やってしまってください」
「それじゃ、遠慮なく……あー……剣より、打撃でやってもらった方がいいか」
「確かに。では、ローラさんにお願いしておきますかな」
ラザフォードさんが指示を出すと、ローラはすぐに、その拳を壁に叩き込み始めた。
なんだかんだ、役に立ってるなぁ、ローラ……
「これで、洗脳が解除されるといいんだけど」
一心不乱に装置を殴打する、なんともバイオレンスな光景を眺めながら、俺はレインちゃんの様子が元に戻るのを待つことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます