第一章 生きた遺跡と謎の神

#1

 遺跡に踏み入った俺達を歓迎してくれたのは、なんだか耳障りな音楽が鳴り響く、機械で覆われた長い通路だった。

 聞いているだけで、集中力が乱れるような、リズムも音程もあったものじゃない……音楽と呼ぶのも躊躇われるようなメロディが、脳を揺さぶってくる。


「あ、頭が痛くなってきた……ルフィナ、平気?」

「えぇ、まぁ……不愉快だけど、それだけね」


 俺よりもメンタルが強いのか、ルフィナは顔をしかめる程度だった。

 ……忘れてたけど、俺は生まれつき、精神作用のある魔法とかに弱い体質らしいんだよな……そういう意味では、魔法への耐性が高めであるエルフのルフィナと出会えたのは、幸運かもしれない。

 その手の魔法に二人揃ってやられてしまえば、間違いなく正常な判断・行動が不可能になる。もしもの場合は、無理やり俺の手を引っ張ってもらうことにしよう。


 さて、通路を抜けて雑音から解放されると、線路と魔動列車の姿があった。都会では珍しいものではないらしいが、俺は実物を見るのは初めてだ。

 この遺跡は、昔は人が暮らしている場所だったんだろうか。人のいないところに駅は作られないだろうし。


「列車か……動力は、正常に動いているみたいだけど」

「お、ほんとか。乗って移動とかできそう?」

「ちょっと待って……どうやら、切符を買わないといけないみたい。近くの機械で買えたりしないかしら」


 さっそくその機械を探してみると、壁沿いに三台ほど、それらしいのが並んでいた。

 あいにく魔動機文明語は読めないので、どうやって買うのか、そもそもこの列車がどこに向かうのかも分からないんだけども。


「……?……硬化の投入口が見当たらないわね」


 俺が考えることを諦めていると、ルフィナがそう呟いた。確認してみると、たしかに機械のどこにも、ガメルを入れるための場所が見当たらない。

 もしかしてタダで買えたりするのかも、と操作版に適当に触ってみるが、画面が切り替わりこそしたものの、切符は一行に発行されない。


「駄目そうだな……なにか、ガメル以外のもので支払わないといけないのかも」


 そう言ってはみたものの、ガメル以外になにか価値のあるものと言うと、一体なんだろうか?検討がつかない。


「……どの道、行方不明者の捜索をしないといけないのだし。列車に乗って楽をせずに、地道に歩いて回るべきかしらね」


 悩む俺の隣で、ルフィナは早々に諦めをつけたようで、機械から離れることを選んでいた。

 現状、この機械と列車を動かす術が分からないので、俺もそれに続き、ひとまずは線路の上を歩いて移動することになった。


 ◇  ◇  ◇


「……待って。あそこ、誰か倒れているわ」


 線路沿いに進んでいると、ルフィナが少し先の地面を指さした。

 幸い、まだそこまで暗くないところだったので、俺もその姿を視認することができた。


「……人、だな。レインちゃんでも、ラザフォードさんでもなさそうだ」


 倒れているのは、タビットの……男性か女性かって、何を見て判断するんだ、わからん。ともかく、毛は薄い茶色だし、羽織っているのもコートではなくフードケープなので、別人であることは確かだ。


「迷い込んだのかしら……あの、聞こえますか───」

「待て。……死んだ振りをして、近づいてきた所を不意打ちする、っていう手口の野盗の可能性もある。俺が先に確認するよ」


 近づこうとしたルフィナを手で制して、俺はゆっくりと、そのタビットへの近寄っていく。……周囲に、誰かが潜んでいる気配は無さそうだ。

 本人が不意打ちをしてくるかもしれないので、先んじて剣と盾を構えてから、手を伸ばして身体に触れる。……反応はなかった。


「罠ではない、と。脈は……ちょっと失礼」


 そのまましゃがんで、右手首に触れつつ、心臓の辺りに耳を付けると、とくんとくん、と小さな音が聞こえた。まだ息はあるらしい。

 しかし、呼吸はかなり浅いし、よく見ると顔も少し痩せこけている。遺跡の中で迷っているうちに、食料が底を突いてしまったのだろうか。


「……罠じゃないなら、起こしても構わないわよね?」


 確認していると、いつの間にか隣に立っていたルフィナに、そう尋ねられた。

 真っ先に助けようとしていたし、怪我人をそのままにしておけない性格なんだろうな。神官であることも関係しているのかも。


「あぁ。でも、そういう応急手当の知識とかは……」

「大丈夫よ。……アーデニ様。どうかこの者に、癒やしと安らぎを」


 俺が悩みだすよりも早く、ルフィナは聖印を手にとって、祈りを捧げるように目を瞑ると……右手で感じる脈の勢いが、少し強くなった。

 そうか、神官なら魔法【アウェイクン】で起こせるのか……てっきり〈アウェイクポーション〉でも使わないといけないかと思っていたけど。


「う、うぅ……あら。ここは……」


 程なくして、タビットは目を覚ました。……女性だったのか。状況が状況だったからあちこち触ってしまったけど、許してもらいたい。


「あなた、名前は?どこから来たのか言える?」


 その後、事情を聞いてみたところ、彼女……ケイさんは、旅の吟遊詩人らしい。

 雨宿りのためにこの遺跡に入り、ついでに何か面白いものでも見つからないかと、彷徨いていたところを魔動機に襲われて……といった感じだそうだ。


「そう……逃げ回っているうちに、入口の近くまで戻ってきてはいたのね。よかったら、そこまで連れて行ってくれるかしら」

「えぇ、もちろん。いいわよね?エルレウム」

「あ、うん。このまま連れ歩く訳にもいかないしな」


 ひとまず、ケイさんを入口まで連れて行ってから───お礼に〈魔香草〉を三本貰えた───再び先へ進むことに。


 果たして、線路の先にあったのは……


「……ま、街?」

「……驚いたわね。あったとしても、廃墟くらいのものだと思っていたけれど」


 なんと、ルーンフォークの住民が暮らしている、機械の集落があった。

 外壁があって、門があって、住居があって……セーヌ村と同じか、それ以上に発展しているように見える。

 もしかして、魔動機文明時代当時から残り続けているのか……?


「……話、聞いてみよっか」

「え、えぇ。あの、少しいいかしら─────……しまった。当然ながら、魔動機文明語じゃないと伝わらないわね」

「あー……そりゃそうかぁ」


 道行く人に声をかけてみると、帰ってきたのは魔動機文明語らしき言葉だった。

 残念ながら、俺もルフィナも、それを理解することはできない。どうにか身振り手振りでやり取りしてみたが、やはり難しかった。

 なんとか、宿屋らしき場所と、道具屋らしき店を案内してもらえたが、やはり言語の問題は解決せず……

 休憩の必要もないので、今日の所は立ち去らせてもらうことにした。


「んー……魔動機文明語、勉強しておいた方がいいかもな」

「あるいは、ラザフォードさんが分かるかもしれないわ。……早いところ、彼と合流すべきかしらね」


 ルフィナの意見に頷いて、俺達は遺跡の更に奥を目指す。


 しかし、遺跡の中に街か……列車もあったことだし、昔は大都市だったりしたのかもしれないな、ここ。


 ◇  ◇  ◇


 入り組んだ道を進んでいくと、なんだか仰々しい建築物がひとつ、見つかった。

 中には、何かを祀っているような祭壇らしきものがあって、その周りにルーンフォークの人々が跪いていて……そう、まるでこれは───


「───神殿?……でも、あんな聖印、見たことないし、それに……」


 隣でそう呟くルフィナの顔には、困惑の色が見えた。確かに、ここは神殿以外の何物にも見えない場所だ。

 祭壇に描かれた聖印は、瞳の中に、胎児が映っているような形をしている。


 神官として、多くの神の聖印の形状を記憶しているのだろう。なのに見たことがない───無論俺も───ということは、とても知名度が低い小神マイナーゴッドなのかもしれない。

 だとしても……いや、だからこそ、おかしな光景だ。


「別に、こういう神様自体は、いるにはいるらしいけれど……問題は、、ということよ」


 ラクシアの神々が、その存在を維持できている理由は、ずばり信仰の力だ。

 人々の信仰が、神の力となり、神を神たらしめる。その力と教義に惹かれて、人はまた信仰を捧げ、そして神はさらなる力を得る。時には、人に啓示と力を与え、使徒プリーストとして生きることを求めることだってある。


 ……ということくらい、世間知らずな俺だって知っているのだから、ルフィナはそれ以上に、この状況の異質さを理解しているに違いない。


「あぁ……が、こんなにたくさんいるなんて」


 ───ルーンフォークは、神の声が聞こえず、姿も見えない……故に使徒になることも出来ないという、信仰とは縁遠い種族であるはずなのに。


 もっと言えば、世間一般に知られていない……つまり、この遺跡の外ではまったく信仰されていないはずの神が、どうして神格を保てているのか。

 あるいは、これは神ではなく、もっと別の何か……なのかもしれない。


「……どうする?調べてみる?」

「いえ……やめておきましょう。なんだか、深入りすべき事象ではない気がするの」

「そっか。……そうだな。俺も、なんだかヤバい雰囲気を感じる」


 この光景に、本能的な恐怖を覚えた俺達は、祈りを捧げる人々に気づかれないうちに、その場を離れることにした。

 ……結局、あれはなんだったんだろうか。魔神か、幻獣か、それとも……


「……本当に、神様を崇拝してたんだとしたら……どう思う?」

「……少なくとも、あのルーンフォークはただの変わり者集団では無いだろうし、崇められている神様も、とても異質な存在だと思うわ」


 怯えるアーデニ神官の震える手を引きながら、逃げるように先を急ぐ。

 この遺跡……もしかして、ヤバいところだったか?


◇  ◇  ◇


 水浸しの通路を進んだ先、壁沿いの道を行くと、水から上がったところの床に、赤い染みができているのを見つけた。

 なんの跡だろうか、と思って近づこうとすると───


「───待って。……血痕だわ、それ」


 ルフィナの一言で、咄嗟に足を止めて、腰に佩いた剣に手を伸ばす。

 血痕があるということは、誰か怪我人がいるということであり……そして、怪我を負わせた誰かもいるということだ。


「……下がってて」


 ルフィナを部屋の入口に待機させて、血痕へ近づく。

 まだ乾ききっていないそれは、部屋の奥へと続いている。人か獣か……分からないが、誰かいるのは間違いなさそうだ。

 それを追って進もうとする……前に、俺はに気が付いた。


「───いるな。四体、そこの影か」


 言うやいなや、俺たちがやって来たのとは別の通路の方から、奴らが姿を現した。

 宙をふらふらと漂う、やや丸っこい円錐型の魔動機と、球体から四本の腕を生やした魔動機、それが二体ずつ。


「ビットとレンガードね。どっちも、たいした強敵ではないけれど」

「そっか。でも……油断はしないでいこう」


 向こうも俺の存在に気が付いたのか、ビーッ、と大きな警報音を鳴らし、頭部のガラスのランプが赤く点灯する。

 どうやら、俺にも血痕を残させるつもりでいるようだ。


「自信があるっていう剣の腕前。見せて頂戴ね」


 その言葉を合図として、盾を構えながら前に駆ける。

 ここで格好いいところを見せなきゃ、男が廃るってもんだ。張り切っていこう。

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