#2
ハーヴェスから徒歩で一日、整備もしっかりされた街道をゆけば、そこにセーヌ村はあった。とても長閑というか、牧歌的な雰囲気を感じられる場所だ。
……おそらく、普段であれば。
今の村民のみんなは、なんとなくだけど、不安そうにしていると感じる。
無理もない、村の近くに謎の遺跡が出てきて、しかもそこに、子供が迷い込んでしまったのだから。
「おぉ、あなたたちが……どうぞ、まずは私の家へご案内させて頂きます」
到着するや否や、村長と思わしき───ルーンフォークは外見が変わらないため、いよいよ年齢がさっぱり分からないが、見た目だけで言うと二十半ばの人間くらいの───女性にそう言われて、村で一番大きな家屋へと連れてこられた。
推定村長さんをはじめ、あちこちで農作業やなにやらをしている村民たちも皆、耳や首などが部分的に機械になっている。見た限り、この村にルーンフォークでない者はいないようだ。
他種族との間に子供を作れない種族だから、必然的にこうなっていくか。
さて、豪華と言わないまでも裕福さを感じられる家の居間のテーブルに、俺とルフィナは腰を下ろす。程なくして、召使いらしき人がお茶を運んできてくれた。
ここまで歓迎してもらえるものなんだな……てっきり、立ち話で詳細を聞かされるものだと思ってたんだけど。
「改めまして……私はこの村の長、ニコラと申します。まずは、依頼のためにお越し頂きましたことに、感謝を……」
「あ、どうも……えーと、とりあえず依頼の詳細をお伺いしても?」
「えぇ。数日前のことになるのですが───」
この調子でやっていると、夕飯をご馳走になるくらいまで時間が掛かりそうな気がしたので、話を進めてもらうように促す。
どうやら、五日ほど前、レインという名前の女の子が、村の近くに出現した遺跡に入っていってしまった姿を、村民が目撃したらしい。
その遺跡というのも、つい一週間前に、地中から突如として現れたものであるらしく、大人たちも内部の様子について、稼働している魔動機の姿がある、くらいのことしか分かっていないそうだ。
故に、迂闊に入る訳にも行かず……こうして冒険者ギルドへの依頼を出すに至ったらしい。
「なるほど……ちなみに、遺跡が出現したのは、何の前触れもなく?」
ルフィナがそう尋ねると、ニコラさんは首を横に振る。
「いえ。一月ほど前から、断続的に地鳴りが起こっていまして……その影響か、地盤が沈んだ結果、遺跡が出土した、といったところです」
「地鳴り……それが遺跡によって起こされたものかどうか、というのは?」
「分かりません。遺跡が現れてからは、地鳴りは止んでいるのですが……不安ですので、原因を調べて頂くために、学者の方を呼んでおりました」
「その方は、今どちらに?」
「それが……今朝から、姿が見当たらなくて。もしかしたら、彼も遺跡に向かったのかもしれません」
ニコラさんの補足に、ルフィナは思案顔になる。俺にはいまいちピンと来ない話だったが、今の時点で、なにか分かることがあったのだろうか。
「遺跡自ら、誰かに発見してもらうために……?いや、それはあまりにも不自然か……でも、魔動機にそういう命令が与えられていたなら、あるいは……」
一口もつけていないお茶を見つめるように俯きながら、ルフィナは呟く。
知識面では頼りにしない、とは言われたけども。これは最早、俺はこの場に存在していないのと同じくらいの扱いを受けていないだろうか。
「あのー……ルフィナ?」
「え?……あぁ、ごめんなさい。そうね、一応あなたの意見も聞いておこうかしら」
「一応、なんだ……そうだなぁ。俺も、遺跡が勝手にやったことにしては、随分派手だなとは思う」
俺に視線を移したルフィナにそう言われて、自分の意見を述べてみたが……じゃあ何が原因なのかと訊かれると、皆目検討もつかない。
かと言って、ルフィナ一人に頭脳労働を任せるのも気が引ける……ああいや、せっかく学者が来てるんだから、その人にも聞いてみればいいのか。
「だから、そうだな……レインちゃんはもちろん、学者の人も探してみた方がいいかも。力を借りられるかもしれないし」
そう提案してみると、ルフィナにはその発想がなかったのか、目をぱちくりとさせた。
よかった、俺でも力になれたらしい。こういう意見の出し合いなら、対して頭が良くなくても貢献できそうだ。
「そうね……どちらが優先、ということもないし……ニコラさん、その人の特徴は?」
「えぇと……ラザフォードさんという、タビットの男性です。真っ白な体毛に、少し大きめのモノクルと、黒い革のコートを着ていらっしゃったかと」
「ありがとうございます。そちらの方も、救助の必要がありそうでしたら、そうさせて頂きます」
ルフィナは丁寧に言葉を続けると、ニコラさんは深々と頭を下げながら、
「えぇ。どうか、よろしくお願いします」
それに対して、お任せください、と返した後、俺達は家を出て、早速遺跡へ向かうことになった。
◇ ◇ ◇
「で、来てみた訳だけど……地面の中に埋まってるんだな、本当に」
教えられた通りの場所、なだらかな丘の麓へとやって来ると、抉られたように割れた地面の壁面に、真四角の暗闇が顔を覗かせていた。
魔動機の姿は今のところ見えないが、天然の洞窟の入口が、こんな形状をしているとは思い難い。おそらく、人為的……人為的?とにかく、何者かが掘って作ったものに違いないだろう。
何者か、が遺跡そのものなのかどうかは、未だ不明だけど。
「古い遺跡なら、珍しいことじゃないわ。……さ、行きましょ」
「あ、あぁ。……って、待って。中って多分、暗いよな」
「?……あぁ、そっか。……意外と魔法照明が残っていたりするし、浅い所なら、地上からの光が差し込んでいることも、なくはないと思うわよ」
「そうなの?……じゃあまあ、必要になるまでたいまつは残しておくか」
とはいえ、ルフィナは斥候でもなければ前衛でもないので、ここから先は、できれば俺が先行する形にした方がいい気がする。
「その……俺が先に行くよ。罠とか奇襲とか、そういうのがあるかもしれないだろ?ルフィナは、明らかに怪しいものが見えたら、それを俺に教えてくれ」
「……。そうね。ここからは、そういう可能性もあるものね」
可能性というか、考えるまでもないことのような気がするんだけど……
もしかして、一人で行動することに慣れすぎて、人に頼るということを忘れてしまっているんじゃないだろうか、彼女。
ならばここはひとつ、格好いいところを見せて、もう少し頼ってくれてもいいんだぜ、なんて言ってみることにしよう。
……なんでこの場で言わないのかって?
だって……ここまでの言動を振り返るに、たぶん信用してもらえないだろうから……
「それじゃ、先行よろしく。……私は、5メートルくらい後ろを歩かせてもらうわね」
ほら。なにかあった時に、巻き込まれないようにしようとしてるし。
大丈夫かなぁ。俺、本当にこの人の信用を得られるんだろうか。
「はは……手厳しいなぁ」
ほんのり悲しい気持ちになりながら、俺達は機械の遺跡への第一歩を踏み出す。
長いながい、大冒険の第一歩を。
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