第3話:星を継ぐもの
コカーレンとの会話から3日後。
「女神の星」駅に、星の人の船が到着した。
主力は、軽巡洋艦ユカタン。全長は1.2キロメートルもある。
リング級駆逐艦2隻(デカップリング、イカリング)が随行していた。
「前回と違って、強襲降下艦はいないので、地上作戦は出来ないですよ」
コカーレンがわざわざ説明してくれた。
「それは・・・安心です」
リーシャは、一瞬顔色を変えたが、すぐに笑ってみせた。
前回、帝国艦隊が来航した時は、首都テロンガーナで地上戦が発生した。
戦闘といっても、偶発的かつ小規模なものだった。
テロン陸軍の素早い展開により、当日のうちに終結したと伝えられている。
星の人の3隻が補給を済ませ、テロンへと飛び立つ直前。
女性兵士が、慌てた様子で、エアカーでやって来た。
リーシャへの荷物があるという。
「ついさっき、届いたんです。間に合って良かった」
ビデオ通話で、コカーレンが説明した。
箱を開けると、中には、一振りの長剣が収められていた。
「これは・・・」
リーシャは絶句した。
かつてドゥルガー家が代々所有していた、聖剣だった。
「どうして、星の人が、この聖剣を持っているんですか?」
リーシャは気色ばんで、コカーレンに尋ねた。
約百年前。テロン人が信仰する女神ウルカが、地上に降り立つという
その際、当時のドゥルガー家の当主アニクは、太古に授けられた聖剣を、ウルカに返還したのだ。
「これまでは、武力をもって、大地を治めてきました。
これからは、徳治により民を導きます」
そう言上して、武力を象徴する聖剣を、女神に返したのである。
(というふうに、リーシャは、学校で習った)
「帝国政府の倉庫に保管されていたのです。
タグ情報が『惑星テロン』と『忘れ物』だけなので、詳しい経緯は、分からないのですが・・・」
コカーレンも、珍しく困惑顔だ。
「恐らくですが、この剣は、星の人ではない人物が、管理していたのでしょう。
星の人だったら、MIが詳細情報を付与していたはずです。
それが、何らかの事情で、我々の手元に、残されたんですね。
良い機会なので、持ち帰って下さい」
驚きながらも、リーシャは聖剣を受け取った。
テロン恒星系への、臨時ワープゲートが展開された。
リーシャは、娯楽メディアをコカーレンに転送する。
「お世話になりました」
「こちらこそ、娯楽メディアを、どうもありがとう」
3隻に続いてアーナヴ号も、ゲートに吸い込まれていった。
**
惑星テロンの恒星系にワープアウトすると、軽巡洋艦ユカタンと駆逐艦デカップリングは、さっそくテロンに急行した。
アーナヴ号は、駆逐艦イカリングが、テロンまで曳航してくれた。
軽巡洋艦に、100キロメートルの小惑星を、丸ごと曳航する力はなかったが、レーザーで巧みに切り分けた上で、安全な場所へと移動させた。
1か月で、月はきれいに姿を消した。
こうして、惑星テロンの破滅は、回避されたのだった。
**
惑星の危機が過ぎ去ると、地上では新たな対立が始まっていた。
ドゥルガー家当主には、リーシャと妹の2人の女子しか、嫡子がいなかった。
当主は、統治権をリーシャに継承させようと考えていたが。
一族の中には、女性への継承に反対する者が、少なからずいた。
更に、外戚であるファントゥ家の影響を憂い、ドゥルガー家の傍流に統治権を戻すべきだ、とする派閥もあった。
平素、反対派は本心を露わにすることはなかった。
それが、リーシャの出立(当然、帰らぬものと見なされていた)や、月の落下の恐怖で当局の権威が揺らぐ中、公然とリーシャ(と妹)への継承に、反対を唱え始めたのである。
**
「サンジヴ、参りました」
ドアをノックする。リーシャに呼ばれて、駆け付けたのだ。
宇宙軍の敷地ではなく、当主の館にある、リーシャの部屋である。
部屋にいたのは、リーシャ一人だった。
派遣団では、他の団員と同じ、飾り気のないフライトスーツを着ていた。
今は、刺繍の施された、美しい藍色のサリーを身にまとっている。
卓上には、女神の星から持ち帰った聖剣が置かれていた。
「100年前の奇跡に、星の人が関与していたのは、間違いありません」
リーシャは、聖剣を見つめながら、言った。
「これは、私の想像にすぎませんが、
地上に降り立ったと伝えられる、女神ウルカ。
彼女も、自分の人生を、自分の力で、文字通り切り開いたのではないか。
そんな風に感じるんです」
聖剣に触れる。
「彼女は、道を切り開いた。
だから、この聖剣はいらなくなった。
それで、巡り巡って、この聖剣は、私のもとに来た」
「実際に、この剣をふるうことは、なかったのでしょう。
でも、聖剣が私のもとに来たことが、暗示していると思うのです。
次は、私の番だと」
リーシャは顔を上げると、サンジヴを見つめた。
「今回の騒動で、反対派が旗色を明らかにしました。
私は、これが当家の統治権を揺るぎないものにする、チャンスだと思っています。
反対派を除去することを、決意しました。
協力してくれますか、サンジヴ」
サンジヴは、両手を胸の前で組み合わせて、
「御意のままに」
するとリーシャは、腹に手を当てると、
「この子にも誓って下さい」
と言った。
2人の秘密を、はっきり口にしたことに、サンジヴは驚いたが、リーシャは平然としていた。
そうか、これが母の強さというものか。
サンジヴは、リーシャのことを、眩しそうに見つめた。
そしてリーシャを抱きしめると、愛と忠誠を誓った。
親族との対立を宥めるのは、容易なことではあるまい。
だが、慣習を打ち破り、女性であるリーシャの、統治権継承を実現できれば、
庶民の自分と、貴種であるリーシャとの、正式な結婚も、叶うのではないか。
ファントゥ家の力を利用すれば、北半球の大陸諸家の協力も、得られるだろう。
一度は、惑星のために捨てると覚悟した命。
それを、惑星を一つにまとめるのに、使うのもまた、一興。
「きっとこの子を、星を継ぐ者にします」
リーシャと、星を継ぐもの 蒼井シフト @jiantailang
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