町をショッピング

ファスト・トラベル

第13話 竜脈移動でお出かけ

「町を買う~っ!?」


 香辛料の香りが食欲をそそる朝食の席で、スプーンを握りしめたままのルドラが席を立ち大声を上げた。


「ルドラ=シャクティ、食事中に立つのは良くない。席を立つのは食べ終わってから」


「でもでも、クロエさん。町よ!? 町を買うなんて言われたら驚くに決まってるじゃない」


 いつもの無表情で席に着くことを勧めるクロエは、チュリが製造した巨大な揚げパンを何とか一口大に切ろうと、フォークとナイフで格闘している。


「あんなにお宝があれば、お城の空調を新しくした上で町の一つ、二つ買えちゃうよ~! コネがあれば! どうぞ~。クロエさま」


「ありがとうチュリ。ここにクリシュナ領の次期領主であるヴィッシュ君が居る。これ以上無いコネ。だから、町を買うのも大丈夫」


 仕えているお嬢様の苦戦に気がついたチュリは給仕の手を止めると、収納の神術で取り出したナイフを使い巨大揚げパンを解体してあげた。


 軽い調子で答えたクロエは、香辛料の練り込まれた揚げたてのパンをはふはふと口に運ぶ。


「買えるのね……。買えちゃうんだ……町」


「どうした? 確か……魚が好きだと言っていたか、これでも食って元気を出せ」


 町が買える事を前提にした主従の会話に、今までの常識を打ちくだかれたルドラは力なく椅子に座ると頭を抱えた。


 彼女の様子を心配したヴィッシュは、サイコロ状に切った魚の身を香草類と共に煮込んだ料理を皿に取り分けて差し出す。


「はむ……。ねえヴィッシュ、町を買うって……あに?」


「む、このスプーンを買うのと大差は無い。規模が大きいだけだ」


「規模が問題でほ……」


 極大の恥をかいた相手に対して感覚が麻痺しているルドラ。


 彼女は勧められるがままに香草香る魚の身を食べて復活し、町を買うという行為について魚を頬張りながらヴィッシュに尋ねる。


 しかし、主従と大差ない答えにあえなく撃沈した。


「ふむ……。ルドラ、君は生産階級ヴァイシャの神術を見たことが無いのだな」


「バラモン学園の西校舎で色々やってる人達のこと? そういえば、無いはも」


 意外そうな顔をしたヴィッシュの質問に、夢中で皿を空にしながら答えたルドラは、手の届かない場所にある魚の大皿を物欲しげに見つめる。


「なるほど、彼らの神術を見たことがないなら、驚くのも無理はないかもしれんな。……食べきるのが早くないか?」


「どんな神術なの? ……美味しいからしょうがないでしょ! ……ありがと」


 無言のメッセージを受け取ったヴィッシュが、せっせと皿に魚を取り分けてやると、顔を赤くしながら居直るルドラの表情がパァッと華やいだ。


「文字通り、何でも作れる神術だ。小物から家まで神力と媒体が許す限り製造できる」


「神力はわふぁるけど、媒体って何?」


「属性ごとに異なるが、地属性なら宝石や金属を媒体にして神力を物質化し物を作る。土でもイケるそうだが、神力の通りが悪いから強度が脆くなり実用に耐えないらしい」


「ずいぶん詳しいわね。知り合いでも居るの?」


「うむ。城を抜け出しては術を見せてもらっていた。面白いものだぞ、生産階級ヴァイシャの神術は」


「そんな顔で言われると、興味が出てくるわね。ちょっと楽しみになってきたかも! モゴ……むぅ……」


 楽しげな表情で巨大な揚げパンにかじりつくヴィッシュの真似をしたルドラは、口元がベタベタになってしまい、すぐに後悔する。


「ルドラさん、口を拭きますね。クロエさんの様に、切り分けて食べたほうが良いと思いますわ」


「んむ、ありがとね。アリサ」


 隣で黙々とヨーグルトを食べていたアリサは口元を拭いてあげつつ、慣れていなさそうなルドラにアドバイスした。


 朝から重めなイドの朝食は和やかに過ぎていく。


 #####


 竜脈移動の祭壇がある城の中庭に集まったヴィッシュ達は、二人の奉仕階級シュードラが手慣れた調子で儀式を進める様子を眺めている。


「コレを使うのは二回目だけど、便利よね〜。便利なのにどうして領主専用なの?」


「威嚇の一種。私達イド人は力で領民を押さえつけてるから、しっかりと圧力をかける為に何時でも帰って来れると周知する必要がある」


「割と物騒な理由なのね……」


 儀式で竜脈の神力により金色に輝く祭壇。竜脈の光を写して青い目を煌めかせたルドラの疑問に眩しそうに金の目を細めたクロエが答える。


 クロエの答えにルドラが青い目を半目にしていると、儀式を完成させたメリィとチュリがフラフラと祭壇に座り込む。


「朝から二回は疲れます」


「神力をいっぱい使うよね〜」


「ご苦労さま。早朝の分は家から報奨が貰えると思う。……奉仕階級シュードラの消耗が大きいのも理由の一つ」


 朝から疲れ切った二人を労わりながらクロエが祭壇に登ると、同じく登ってきた面々を見回し、目的と行き先を宣言する。


「お買い物の為、ヴィッシュ君のクリシュナ領に出発する」


 すると、祭壇が金色の光に包まれ、乗っていたはずのヴィッシュ達はこつ然と姿を消していた。


 長い間、沈黙を保ってきたシャクティの城は、新たな主が帰ってくるまで、再びの眠りにつく。

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