パンチラなかった未来【IF】

梵天覚醒、婚約者の凶行

第4話 特待生の見た夢

 空を駆けている。


 あたしは屋台の綿飴みたいな雲の上を駆け回り、飛び上がれば今度は自由自在に空中を蹴り飛んでいる。


 これは夢だ。


 あたしには夢の中で自由に行動できるという、ちょっとした特技がある。


 雲のカーペットに隙間を見つけたので、試しに飛び込んでみた。夢は下手なことをしても起きるだけだから、こんな大胆なことも平気でやっちゃうの。


 雲の隙間だと思って飛び込んだ場所は、どうやら雲と雲の継ぎ目だったみたいで、わずかな隙間に地上が見える。


 あたしは空を飛んでいるより、地上を見て回る方が好きだから、隙間めがけて駆け出した。

 

 分厚い雲をなんとか抜けだした後で足下に見えたのは、大きな校舎の東西南北に四つの校舎がくっ付いたあたしの通っているバラモン学園だ。空から見ると四つの校舎がそれぞれ高い壁で繋がれ、外側を囲むように張り巡らされていて、まるでお城みたい。


 夢の中の学園が気になったあたしは、学園めがけて一直線に飛んでいく。


 空から学園に入るのは、何だか悪いことをしているみたいで気が引けたから、南側の戦士階級クシャトリヤ専用校舎にある正門をくぐるようにして入ってみた。


 校舎内は何故か物々しい様子で、普段から帯剣している剣以外にも長物を持った生徒がいたりしておかしい。夢なのに胸騒ぎがする。


 気になったあたしは話をしている生徒達に近づいてみた。夢の中だけど集中すれば話が聞けるの。


「聞いたか? クリシュナの奴、弱いから婚約を破棄されたんだと」


「聞き及んでいる。なんでも階級外アウトカーストの少女に敗北したとか。勝敗は時の運だが、少々外聞が悪いな」


 どういうこと? 試合は引き分けだったはず。それに婚約破棄って何!? あんなに仲が良さそうだったじゃない!


「それだけじゃ無いぜ! 今ならクリシュナの奴を倒した男が次の婚約者になれるんだってよ! 俺も司祭階級ブラフマナの子とお近づきになりたいぜ!」


「待て。意味がわからんぞ。弱いから婚約を破棄された男に勝って何になる? 遺恨による嫌がらせでは無いか? 友として警告するが、関わるべきでは無いぞ」


「やっぱ? でも皆クリシュナを倒すために石像広場へ殺到して――」


 夢らしい荒唐無稽さに混乱しつつ居ても立っても居られなくなったあたしは、南東の広場へ駆け出した。何か干渉できる訳じゃ無い。だけど気がする。


 南の戦士階級クシャトリヤ校舎と東の奉仕階級シュードラ校舎の間にある広場には、武器を持った人がたくさん集まっている。


 ここは巨大な石像が並んでいることから石像広場と呼ばれている場所で、普段は食事を持ち寄った学生達が一時の団らんを楽しむ場所なのだけど……。


 今は殺気だった生徒に溢れていて見る影もない。


 あまりの数に学校職員の腕章をつけた戦士階級クシャトリヤ達も対応が間に合っていないみたい。


 あたしは空中を駆けて人だかりを飛び越えると、人だかりの中心で相対する二人に近づいた。


 一人はあたしによく絡んでくる嫌な奴だったヴィッシュ。今は目を離すわけにはいかない変態であり、再開発のための貴重な労働力でもある。

 もう一人は縦にも横にも大きいニヤニヤとした奴。会った記憶が無いから違うクラスの戦士階級クシャトリヤだと思う。


 あたしの夢は知らない奴も普通に出てくるけど、大体の奴は実在の人物だったりする。


 二人を観察していたら、ヴィッシュじゃない方が口を開いた。


「クハハ! お前をぶっ飛ばしたい奴が、こんなに集まった気分はどうだ?」


「妙な噂を流したのは貴様かアスラ。クロエに迷惑だから即刻止めろ」


「アスラ様、だろうが! 戦士階級クシャトリヤ気取りは、今日までにしてもらおうかヴィッシュ」


「いや、気取りも何も俺は戦士階級クシャトリヤだ」


階級外アウトカーストに負けたお前は戦士階級クシャトリヤに相応しくないと言っている!」


「貴様に階級の是非を論ずる資格があるとでも?」


 嫌らしい声で語る知らない奴は、あたしに絡んできていた頃のヴィッシュがまともに思えるレベルの失礼な奴だった。


 誰かアスラとやらの頭をぶったたいてくれないかな。


 というか、あたしがぶったたきたい。


 階級外アウトカーストなめんな。


「む、ぐ、く、口だけは達者な奴め! お前達! やってしまえ!」


 ヴィッシュに言い負かされて顔を真っ赤に染めたアスラって奴は引き下がりつつ、子飼いの手下らしき連中をけしかけた。


 自分では戦わないのね。どっちが口だけなのやら。


 #####


 最初にけしかけられた手下以外にも、集団の中には煽動役の手下がいたみたいで、圧倒的な数の不利さで、戦いとは言えない状況は混沌としている。


 あまりの大規模な騒ぎに学校の職員は逃げ出してしまって頼りにならない。


 ヴィッシュはポンポン人を吹き飛ばしていたけど、ついに膝を突いてしまった。


「ざまぁないなヴィッシュぅ! このアスラ様に言うことがあるんじゃ無いか?」


「っぐ」


「口答えしてすいません、っだ! おら!」


「っふ、っふ、はぁ」


 こういう夢はたまに見るけれど、知り合いがぶっ飛ばされ続ける様子を何も出来ずに眺めているのは辛い。

 一つだけ幸いなのは、しゃしゃり出てきたアスラとやらの攻撃は芯を捉えられない拙いモノで、ぶっ飛ばされているにしてはダメージが無さそうな事かな。


 ……あれ? 吹っ飛んでる間に休憩してない?


 ぶっ飛ばされたヴィッシュはゴロゴロと転がって石像の足下で止まると、片膝立ちとなり肩で息をしながら片手を上げた。


 その手に風が集まっていく。


 アレを使う気なの!?


「ありがとうアスラ」


「はぁっ?」


「貴様のおかげで俺は強くなれたらしい。血統兵装スダルシャナ・チャクラ……!」


「それはクリシュナ最強の……。何でお前が……どうして……」


 風が集まっていた手には、いつの間にか円状の刃が握られていた。円状の刃を見たアスラとやらは、限界まで目を見開き怯えてる。


 ヴィッシュの血統兵装はガルーダじゃないの!?


「回れ!」


 円状の刃が振るわれたら、広場の巨大石像全部に横線が入った。


 何事だろうと見ていたら、横線から上がズレていき巨像が地響きを立てて倒れていく。


 広場全体に配置されている巨大石像をまとめて切り払ったの!?


 一瞬で造られた惨状をヴィッシュ以外の全員が腰を抜かして呆然と見ていると、やけに耳に残る早足の足音が聞こえてきた。


 早足の足音は、固まっているヴィッシュの前で止まる。


「ごめんね。ヴィッシュ君」


 やって来たのはヴィッシュとの婚約を何故か破棄したらしいクロエさんだった。倒れかかってくる元婚約者を愛おしげに抱き留めた彼女は、最近見た無表情と違い透明とでも表現するべき表情で周囲を見回す。


 今気がついたけど、ヴィッシュの黒かった髪が白く染まってクロエさんとお揃いだなぁ……。


 生き物は神力が尽きると死んでしまうんだ。あたし達イド人は神力が尽きると髪が白くなる。


 ヴィッシュは……。


「誰がやったの?」


 夢だから相互に一切干渉の出来ないあたしにも感じられる圧が、真っ白な少女から放たれる。


「わだじがやりまじだぁ!」


 食いしばっていたけど圧に耐えられなかったらしいアスラとやらが、地面を這いずってひれ伏したままクロエさんに自白した。


「ここに居る人は全員。私の婚約者になりたいと聞いた」


「あなた様のおっしゃるとおりですぅ!」


「いいよ。この私、クロエ=ブラフマンが、皆まとめて婚約者にしてあげる」


「えっ!」


 何を考えてるのクロエさん!?


 彼女の言葉に……動かないヴィッシュ以外の全員が一斉に顔を上げて――


「神力だけ吸い出して婚約者ヴィッシュ君の一部にしてあげる。血統兵装サラスヴァティ


 クロエさんの続く言葉で、彼らは地面から生えた黒い剣に貫かれた。


 何を考えてるのクロエさん!?


 黒い剣は突き刺さった彼らを瞬く間に白髪にし枯れさせ、塵へと変えた。


 剣は更に形を崩し、黒い水となってクロエさんの手の中に集まる。


 クロエさんは黒い水を動かないヴィッシュに塗りたくりながら、確かにあたしの方を見て声をかけてきた。


「そっちの私とヴィッシュ君をよろしく」


 意識が薄れてくる。


 そろそろ起きる時間みたい。


 今日の夢は心臓に悪かったなぁ……。


 #####


 目を覚ましたあたしは誘惑する温かいかけ布からなんとか抜け出すと、ベットに腰掛けて夢に見た事を思い返す。


 ボロボロになって頑張るヴィッシュが、ちょっとだけカッコ良かったかも「ガチャ」……ん? ガチャ?


「起きろルドラ、チュリがせっかく作ってくれた朝食が冷めてしまっ……」


 物音がした方を寝ぼけ眼でゆっくり確認したあたしは、寝起きのふんわりとした意識で正面にあるドアにて立ち尽くすヴィッシュを見つけた。


 その視線をたどると、ネグリジェの裾が持ち上がっていて……!?


 一気に目が覚めたあたしは即座に足を閉じ、急いでかけ布を体に巻き付けながら、ヴィッシュを睨みつける。


「……見た?」


「素晴しき鮮烈なる赤であった」


「変態! 勝手に乙女の部屋へ入るな!」


 渾身の力で枕を投げつけて変態をぶっ飛ばしたあたしは、ちょっとでもアイツのことをカッコ良かったかも、だなんて思ったことを猛烈に後悔した。


 あんなデリカシーの無い変態と一緒に、領地の開拓だなんて大丈夫なの!?


 こんな調子で、あたしの前途多難な開拓の二日目は始まった。


――あとがき――

ここまで読んでくださり、ありがとうございます!

次回からシャクティ領の再開拓編です。

降ってわいた幸運に喜ぶ間もなく現実を突きつけられてしまった特待生ルドラ。

そんな彼女をヴィッシュが嫌がらせの罪滅ぼしに手伝います。


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