ツンデレわからせの後

高架下。

1人目



「はぁ…はぁ…。」


 膝に手をつき前屈みになり、肩を大きく揺らしながら呼吸を整える。


「…はあ…慣れないことは…するもんじゃないな…。」


 平然を取り繕おうとしているが、ハッキリいって無理だった。動揺は収まらない。

 自分の選択を悔いている訳では無い、むしろその選択によってもたらされるこれからを喜ぶはずなのだが。


「…はは、これから、どうすんだろ…俺…。」


 太陽はもう傾き始めていた。





 横から照らす光が強くなってきた教室。長細くなってゆく影はひとつしかない。


「ひっ…ぐすっ……ぐすっ…。」


 涙が止まることは無かった。手を嗅ぎ分けてぽろぽろと零れ落ちてゆく。

 これは自分のしてきたことに対する後悔。


「どうして…なんであんな…どうして…。」


 そんなこと分かりきっている。私が悪い。これは当然受けるべき罰なのだから、破滅の時はいつか来るものだから。悪いのは私、わかってる。


 それでも、


 ───おまえなんか、嫌いだ!!!!!


「うわあああん!!!!」


 捨てられてしまったという事実は変わらない。





 ◆





「…んん。」


 長らく聴いていなかった目覚ましの音で目を覚ます。今日は妙に穏やかな朝だ。


しかしその違和感の正体をすぐさま思い出す。今にも覚えている。


「そうだ、絶縁…したんだっけ。」


そうだ、そうだ、これから俺は自由の身だ。誰にも縛られずに、やりたいことをなんでもできるのだ、と。

そう思うと学校へと向かう足取りも少しばかりか軽く感じられた。





そういえば、家の入口で見かけなかったなと思いながら、担任の欠席連絡を聴いていた。隣の席は空いたままだ。彼女の取り巻きから心配の声が上がった。


「…」




高校での生活にあの女がいないこと以外、大きな変化はなかった。なにせあの女以外に友達と呼べる人はいなかったのである。まさにあの女の言う通り、俺はアイツがいなきゃ一人ぼっちだって訳さ。





彼女がいない生活も1週間が過ぎた頃、アイツの取り巻きの人の女が俺に訳を尋ねてきた。


「ねえ、アンタ何か知ってる?幼馴染なんでしょ?」

「あっ、え、ええと…。」


急に話しかけられて、まともに返事できないのかよ、俺。でもなんで俺の事知ってるのだろうか。あんなに関係を知られるのを嫌がっていたハズなのに。


「何か言ったらどうなの?ねえ?」

「ちょ、言い過ぎよ。」

「あっ…。お、親から聞いた話だと、ホントに体調が悪いらしい。か、感染症とかじゃないのかな…。」

「…ふーん。」


俺からはなんも聞き出せないとみたのか、さっと遠くへと行ってしまった。




そんな生活が続くうち、俺はある1つの懸念を抱くようになった。

例えば、授業内での小テストの範囲を、


「あれどこだっけ。なあ知って…。」


例えば、忘れてきてしまった課題の解答を、


「やべ…、なあちょっと貸し…。っていないよな。」


俺はアイツがいないと間違いばかり起こしてしまうのか。俺はアイツがいなきゃまともに生きることができないのか。


俺は、もう既に彼女に毒されているのではないか、と。







コンコン、と軽く扉を叩く。

久しぶりの叔母さんに出迎えられ、そのまま2階のトビラの前に来てしまった俺。案外ノックは軽くできた。


「…何…晩御飯…?」

「…俺だよ。」

「…えっ。」

「開けるぞ。」


ドタドタと音がする中、その扉を開ける。

中には酷く目の当たりが腫れ、痩せこけて、いつもの傲慢で高飛車な様子とかけはなれている彼女と、八つ当たりでもしたのだろうか、荒れに荒れた寝具が部屋中にあった。

アイツはその姿を見せまいと隠れようとしたが、ドアが開けられそんな暇もなく布団にくるまってしまった。


「な、なんで、アンタが…。もう、二度と…。」

「俺から言い始めたのに悪いんだけどさ。」

「ワタシはもう…アンタと喋る資格なんて…。」

「…ここにきてまでワガママかよ」

「ひっ…すみませんすみません謝るから許してお願いしますどうか」


拒絶されるようなことばを聴いた途端こうなってしまうようになってしまったのか。


「あー違う違うそういうこと言いたいんじゃなくて。」

「………」

「俺はさ、もうお前がいないとダメみたいなんだ。自分で言うのもアレだけどさ。」

「………」

「だからあの絶縁しようってやつ、嫌いって言ったこと、撤回させて欲しいなって。」

「…えっ」

「俺はさ、見事にお前の策略…?にハマっちゃたぽくて、お前の言う通り友達もいないし、ひとりじゃ何も出来ないらしいんだ。」

「…ご、ごめんなさいごめんなさい許してください本当に申し訳ありませんでした!!」


必死に頭を垂れて許しを乞う姿は、みたくないな。


「…だからさ、責任取ってもらわないとね。」

「何でもするから嫌いって言わ…な…い…で…。…え?」


情けない声を漏らす彼女を抱きしめる。こんなに細かったんだ。


「教えて、お前の気持ち。」

「……わかった。」


抱え込んでいるから表情は見えなかったが、ひぐっ、ひぐっと肩を揺らし涙をすすりながら話し始めてくれた。







昔からアイツはカッコよかった。家が隣って理由だけで、この我儘な性格からか周りに避けられていた私を、輪にいれてくれた。

昔からアイツは女の子からモテていた。持ち前の運動神経を生かして、ほかの男子生徒を圧倒する姿はとっても…。

でもそんな彼を狙おうとする女は私以外にもいるようで、どうしてもどうしても私は渡したくなかった。

その日は今でも覚えている。いつもの癖で私のリコーダーが少し見当たらないだけでクラス中を巻き込んで大騒ぎしたあの日。結局私が直ぐにランドセルの底にあったリコーダーを見つけたんだけど、私はこれを彼の机の奥底に入れてしまった。彼はそれを見つけてから、酷く青ざめて周りにバレないように隠そうとした。私はそんな彼の腕を掴み、耳元でこう囁いた。


「バラされたくなかったら、わたしの言うことを聴くのよ?」


その日から彼はわたしのモノとなった。他の女を寄せ付けないように、私以外の異性、いや同級生と喋らせないようにした。バラされたらどうなるかは彼も良くわかっているようで、素直に従ってくれた。私はというと、彼のために勉強や運動、かわいいと言われる努力をして、彼にふさわしい女になろうとした。

そんなこんなで中学、高校と成長していくにつれて、孤立誘導から支配へと変化してしまって、ほぼ暴言のような、暴言を吐きに吐きまくってしまった。








事の顛末を聴いた俺は若干引いていた。


「それじゃあのリコーダーはまんまと嵌められていたわけだったのか。」

「…ごめんなさい。」


あの頃から、なのか。てっきり嫌われていると思っていたのだが。まさか…ねえ。


ふとひとつ疑問が浮かんだ。


「んじゃなんでその脅しを今回使わなかったんだ?」

「だって…。」

「?」

「そんなことしたらホントに1人になっちゃうじゃない…かわいそうよ…。」


貴女がやってきたことも大分酷いけどね。とツッコミを入れつつ。


「まあ過程はどうであれ、結局俺はお前の理想としてた俺になっちまったわけだし。俺ももう元には戻れないし。また元に戻らないか?俺達。」

「いいの?私アンタに散々酷いことしてきたのよ?」

「でも好きな女の子が傷ついているのを見たくないんだよね俺も」

「えっ…。」

「だからさ、お願い!」


一旦彼女から離れて、正対して座る。


「もう、あんなにやられたのに、好きって…もしかして変態なの…?私がやったんだけどね…。」

「そーだそーだ。だから、責任とってね。」

「うんわかった。」


「大好き」

「俺も」


もう離せまいと、強く抱き締めた。









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ツンデレわからせの後 高架下。 @Koukashita

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