モノクロ

たんぜべ なた。

写真展

「こんにちは。」

 この店に来るのは、何年ぶりぐらいだろう?

 久しぶりに、店先のドアのカーテンが開かれていたので、お邪魔することにした。

 勿論、買い物が目的なのは言うまでもない。

 引き戸を開けると、見覚えのない若い女性が一人、キョトンとした表情で、こちらを見ている。


「あ、あのぉ、今日お休みでしたか?」

 私の問いかけた言葉を反芻し回答を導き出すべく、いろいろとボディランゲージで応対を始める女性。


 さて、一頻りダンスを済ませ、落ち着きを取り戻した女性がゆっくりと答えてくれる。

「祖父は、一昨年亡くなりました。

 今日は、店舗の整理で私が来ています。」


 あまりにも突然の言葉に躊躇ためらってみたが、思えば店主もだいぶん年配だったので、当然と言えば当然なのだろう。


「そうでしたか、買い物がてら立ち寄ってみたのですが…。

 これは、失礼しました。」

 軽く頭を下げ、店を離れようとすると

「お探しのモノは何ですか?

 良ければ覗いて行かれませんか?」

 彼女が思わぬ言葉で引き留める。


「それでは、お言葉に甘えて…」

 店内に入ると、昔ながらの見慣れた風景が広がっていた。


「A4印画紙…と。

 現像液に定着液…と。

 すいません、これをお願いします。」

 商品をレジに持っていくと、小首をかしげる女性。

「あのぉ、これって何に使うものなんですか?」

「ひょっとしてご存知無い?」

 私の質問に頷く女性。

「であれば…。」

 私は、自分の写真展の招待状を手渡した。

「上通り画廊という所で、来週から個展を開く事になりまして。

 これらの道具の使い道など、来て頂ければ、すぐに分かって頂けると思います。」

「は…はぁ…。」

 あまり興味のなさそうな女性を残し、私はお代を払い帰路についた。


 ◇ ◇ ◇


「こんにちは。」

 私の写真展に、くだんの女性がやって来たのは、展覧期日の二日前だった。


 彼女は部屋に入るなり、目を丸くする。

「あのぉ~、ここの写真って、全て白黒モノクロなんですけど…。」

「ええ、僕が撮影し、僕が現像した作品ですから。」

「ゲンゾウ??」

 小首をかしげる女性。

「ええ、僕たちのようなアマチュア写真家だと、白黒モノクロの現像だけで手一杯なんですよね。」

 そう言いながら、過日彼女のお店で買った商品の空き箱を見せながら、写真の現像方法などの話をした。


「…なるほど。

 それじゃ、おじいちゃんが経営していたお店っていうのは…。」

「そっ、僕たちのようなアマチュア写真家御用達の道具屋さんですよ。

 もっとも、写真機もデジタルカメラが普及し、ここに有るような『』で残す人もずいぶん減ってしまいました。

 だから、写真にまつわる道具を置いている店も、殆ど無くなってしまったんだ。」

 写真を眺めながら、僕は溜息をついてしまう。


「…不思議ですね。

 写真は白黒モノクロなのに、深みがある…というか、味わいがある…というか。」

「脳内で、自分好みの色彩に自動変換されるんですよね?」

「そう!そう!

 何でなのかしら?」

「それは、写真に付けられた『表題タイトル』が関わっているかも知れませんね。」

「なる…ほど。」

 僕の説明が腑に落ちたのか、女性も納得顔になる。


「例えば、この写真。

『夕焼け』というタイトルなんだけど、実はを撮影した写真なんだ。」

「えっ?

 でもでも、写っている風景の影がっぽく見えるんですけど…。」

 僕の話に首を傾げる女性。


「ああ、それは…。」

 そう言って、オレンジ色のレンズフィルターを取り出し、女性に見せる。

「こいつをレンズに装着して写真を撮ると、昼間でも写真を取れるんだよ。」

「へぇ~…。」

 関心しきりの女性。


白黒モノクロ写真なんて、何の価値も無いと思っていたけど…。

 面白いんですね。

 色が無いだけに、いろいろな色を妄想して当てはめられるし…

 黒と白の間に、こんなに沢山の調が有るとは思いませんでした。」


 そして女性は一枚の写真に目を留める。

「おじいちゃんの活き活きとした笑顔が…

 この目尻のシワの一つ一つまで…

 私、こんな顔のおじいちゃん…初めて見ました。」


 彼女の頬に一筋の涙が流れた。


「私、あのお店続けます。

 こんな素敵な白黒モノクロ写真の世界を知ってしまったら…。

 お店をたたむのがもったいなく思えてきました。」


「ええ、僕からもお願いしたいですね。

 僕も、まだまだ白黒モノクロ写真を極めていませんからね。」

 自嘲気味に笑ってみせると、満面の笑みで頷く女性。


 この瞬間から、二人の思い出は白黒モノクロから、徐々に色彩豊かなものに変わっていく…そんな気がした。

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モノクロ たんぜべ なた。 @nabedon2022

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