第32話 イプはボコる

 イプソロンの背後のサークルから翡翠色の装甲を纏った巨大な機械の拳が現れた。


 その拳は二種類ある、一つは手に何も持っていない拳、もう一つはイプソロンが持つモーニングスターを更に大きくした凶器を持っている拳だ。


 それぞれ十ずつ、合計二十の巨大な機械の手、これがイプソロンの武器だ。


「なっなんだあれはっ!?」


「だから言ったろ? 何も理解する必要ねぇからさっさと消えろ」


 機械の手はイプソロンの意思一つで自由に動く。

 イプソロンが手にしたモーニングスターを黒マントの一団に向け、戦闘が始まった。

 戦闘開始から数分後。


「オラオラオラオラーーーいつまで逃げてんだよこの雑魚共がーー!」


「こっこんなの相手出来るかーー!?」


 イプソロンの意思に従い振るわれる拳、その巨大さに見合わない速さと見合うだけの大質量は黒マントを圧倒していた。


 彼らが手にする武器、弓矢やボウガン、それと一応は銃もありそれらを使い応戦したがイプソロンの操る手には当たってもカンカンと虚しい音がなるだけでまるでダメージは入らなかった。


 しかし闇ギルドの人間とはいえ場馴れした者たちだ、今だ動かないイプソロンに反撃に出る者が現れる。


「こんなヤツ俺の魔法で破壊してやる! 『ファイヤーランス』!」


 宙に炎の槍が数本現れ、機械の手に発射される。

 それを手は手の平で受け止めた。

 完全にノーダメージだった。


「……うそーん」


「おいおいそれがお前らの魔法か? カイ兄の魔法が凄かったから少しは期待してたんだぜ? 追い詰めれば何か見せてくれるんじゃないかってさ…たくっとんだ期待外れだ」


 機械の手の攻撃速度が上がった。

 一応これまでは手加減していたのだ。


(まっ流石にカイ兄と比べるのは悪い気がするけど…やっぱりあの人は別格って事なんだろうな)


 そんな事を考えながらも攻撃の手は一切緩めないイプソロンだった。

 イプソロンが操る機械の手は素手の物が拳で殴るか或いは平手打ちで黒マントを打ちのめす。


 一対多数、数で勝る黒マントは何とか距離を取り離れた場所から様々な攻撃魔法でイプソロンに攻撃を仕掛けた。


 人間大の火球、無数の氷の矢、石の弾丸、雷球、カマイタチと次から次へと飛んでくる魔法をイプソロンが操る機械の手はうち砕いていった。


「だっダメだ……勝てうわっ!」


「何当たり前の事を言ってんだ? こちとら負ける訳ないと思ってるから一人で相手してやってんだぜ?」


 イプソロンの機械の手は暴風の様な風を纏った、その巨大な手の平で撫でられただけで黒マント達は上空へと飛ばされる。


 そしてその先にはモーニングスターを構えた別の機械の手が待っているのだ。

 飛んだ黒マントたちをその手が持つモーニングスターが襲う。


「にっにげぶぎゃあっ!」

「くそっやめばぶうっ!」

「いやだぶわぁがっ!」


 さながらテニスか卓球のスマッシュが如く地面にそ~れとやられるのだ。

 そしてイプソロンはカイジスの言葉もちゃんと守っていてやられた相手は死んではいないのである。


 手足は骨折しているが、何をどう加減すればそんな真似が出来るのか、それはイプソロン本人にしか分からない。


「何を逃げている、あの小娘を始末すればあのデカイ手も止まるかも知れないだろうが! 行くぞ!」


「ん~~?」


 残った黒マントのうち数人が武器を手にイプソロン本人を狙う。

 機械の手とそれが纏う暴風を何とか切り抜けた三人がイプソロンへの接近に成功した。


「取ったぁ! ぴぎぃっ!?」

「……………へ?」


 一瞬だった、イプソロンが手にしたモーニングスターを振るった。

 その速度が余りに速く、イプソロンに先手を取り攻撃を仕掛けた筈の一人が吹き飛ばされたのだ。


 巨大なモーニングスター、超重量武器であるそれをさながら木の枝かの様に振るう腕力をイプソロンは持っていた。


「なんでオレが直でお前らを潰さないと思う?」


 振り上げたモーニングスターを再び振るい、もう一人黒マントを今度は地面に叩き伏せた。


 残った黒マントが手にした槍をイプソロンに向け、雄叫びを上げながら突進してくる。

 それをイプソロンは拳で受けた。


「それはな~オレが直接やると手加減しても殺っちまうからなんだよな」


 イプソロンの放った拳から暴風の塊が放たれた。

 黒マントの手にした槍が粉々になり本人も不可視の風の刃に切り裂かれた。


「あ~やっぱり久しぶりに目覚めたって話も本当だなこりゃっ加減が全く出来ねぇ…せめてもう少し身体が慣れるまで時間があればな~」


 身体を柔軟にするためなのかパキポキと首筋や腕回りを動かして音を出す。


「……まっ元から契約でもない口約束だし、雑魚一人くらいならカイ兄も見逃してくれるか……」


 イプソロンの頭の中にカイジスが浮かんだ、何でもこの世界で傭兵っぽい仕事(つまり冒険者)をしている中でカイジスは仲間の傷を癒したりする役割をしている事を宇宙船にいる時にそれとなく話を聞いたのだ。


(そういやカイ兄ってオレやヘラが仮死状態で像になってるのを知った時、真っ先に助けると決めたってエゼルが言ってたっけ、本当にお人好しが過ぎるぜまったく…けど)


 一人孤独に生きた、親の顔も名前も知らない。

 他者との関係は利用されるか利用するかだけだ、そんなお人好しは直ぐに死ぬ。


 それが当たり前の世界で生きてきた。

 カイジスも似たような世界で生きてきた筈だ、本人に聞いたが親に捨てられて孤児院で育ったらしい。


 そういう人間がどう育ったらそんなお人好しに育つのかイプソロンには理解出来なかった。


 しかし強い興味を持った。

 だから助けられた恩やら賭けに負けた事やらを理由にカイジスの力になり傍に居る事を選んだ。


「……いや、やっぱカイ兄なら生かそうとするんだろうな~何しろ宇宙でも悪名高い『真紅の征服者レッドコンキスタドール』と『蒐集女帝コレクトエンプレス』を自由の身にしてるくらいだし…」


 イプソロンが生きたエルディオン太陽系では知らぬ者はいないと言われる程に色々とやらかしてきた二人、そんなのとも普通に接しているお人好しでつかみ所のない青年の事を想像して溜め息を一つ。


 仕方ないっと今さっき半殺しにした黒マントに回復用のナノマシンを注射器で打ち込んだ。


 宇宙船ゼビルスが復活した時に中に入れられていた使える機材やナノマシンもあったのでくすねていたのだ。


回復していく黒マントを見下ろしながら考える。


(オレもお人好しに影響されたか? まったまにはそれも悪くねぇな…)


 生きるか死ぬかの傭兵の世界に現れた超新星。

 幾つもの戦場に現れては数多の敵を葬り去って来た怪物。


 契約を絶対とし、もしもそれを破れば例え依頼人でも容赦なく断罪する者。

 宇宙を股にかけるエルディオン太陽系の傭兵たちの間でもっとも恐れられ『暴拳暴嵐スーパーセル』と呼ばれる存在。


 それがイプソロン=カオティックである。

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