19.6


『……ドモ』


取り敢えずベンチで動画を撮る事にした。今の気持ちは、普通に帰りたい。と言うか此処は遊園地なんだから普通に遊んで楽しみたい。ほら、定番の馬のアレなんだっけ。メリーゴーランドとかティーカップの奴とかさ。何でよりによってお化け屋敷行かなきゃ行けないんだ?


《コメント欄》


・テンションが終わってる

・これが最速の挨拶ですか

・泣きそうで草

・どもじゃねえよwwww


『ええっと、じゃお疲れ!ばっとん切って』


挨拶したから終わりで良いや、特にやる事も無いしな。あ、折角だしアトラクションにでも乗ってから帰るか。


「そうだね、帰ろうか」


ほら、本部長もそう言ってるし。な!帰ろう!


《コメント欄》


・本部長さぁ……

・仕事しろ

・そっちがそう来るならこっちも仕事しないぞ本部長

・働け

・働けは仕事サボって配信見てる俺らに刺さるのでNG

・ストライキ起こすぞ本部長


「泣きそう」


『ドンマイ、そう言う日もある。我なんかしょっちゅうそうだぞ』


「そうなんだ、大変なんだな。やっぱり楽な仕事なんて無いんだな」


『そうだぞ。お金を稼ぐって大変なんだ』


分かるかな?サボリーマン達よ。まぁ、もっと大変な職業の方もいるだろうしそれに比べたら我なんて可愛らしい物だろうけどな。それは分かってるつもりだ。


《コメント欄》


・ドヤ顔可愛い 

・ちょっと刺さった

・来年社会人だから不安になって来た

・心当たりがある

・辛い

・ドヤかわ

・はいはい可愛い可愛い。吐血して死にかけるぐらい可愛い



『んじゃ、良い感じだし。今日はこれで終わりだな。お疲れーい』


よし、終わりぃ!何とか流れに任せて終わらせそうで良かった。


「お疲れ様です」


《コメント欄》


・待て待て

・確かに良い感じだけども

・有耶無耶にしようとするな

・イケナイ子だな

・イイハナシカナー


『駄目か』


「じゃあ、そろそろ行こうか。あぁぁぁ、因みに私も怖い物は大の苦手でね、思うんだ。もしかしてこれは、娘が私を嵌める為に仕組んだ罠なんじゃ無いかって」


本部長は震える足を押さえながら、我にそう話してくれた。それで我は思った。そうか、同志だったんだと。我と本部長は運命共同体だ。


『そ、そうだったのか。でも本部長は無理に来なくても』


「中身はどうだろうと、見た目は自分の娘よりも年下だからね。そんな子を一人で活かせるのは一人の大人として、そしてファンとして見過ごす訳にはいかない」


『本部長……』


こうして、我らは最恐と言われるお化け屋敷へと足を踏み込んだ。嫌だなぁ、帰りたい。



《空気っすね》


《いや、俺は撮影する為に必要とされてるから違う。残念だったな》


「私はもしかして、お嬢様から必要とされて無い。そんな……」




『暗っ』


「そりゃあ、お化け屋敷だからねぇ。怖さを煽る為にはこれが一番なんだろうね。逆に、ゲーミング色に輝くミラーボールが置いてあるお化け屋敷があっても良いと思うけど」


そんな雑談をしながら、ゆっくりと足を進める。本当は早くこんな所から抜け出してしまいたいのだが、そうもさせてくれない。時折聞こえる物音で身体が止まるのだ。そもそも、音がするのだけでもビクッとするのに暗闇でと言うシチュエーションのせいで余計に怖い。


《コメント欄》


・カメラが特別性のおかげで良く見える

・あーこの仕事っぷりは佐藤さんかな

・推しの姿を絶対に捉えると言う執念を感じる

・特別なんだ

・塩さんのSNSで佐藤さんが自腹で買った赤外線カメラらしい


『あー、本当に帰りたい。嫌だなぁ。せめて、せめて何処にいるか分かればまだ心の準備が出来るんだけど』


前もってアピールしてくれないかな。なんか目印的なものがあれば……。


あっ!


『そうだ!アレがあった!!ばっとん、命令だ。エコーロケーションを今すぐ!』


《……?反響定位エコーロケーション!》


反響定位エコーロケーション。簡単に説明すると、音が反響して物の場所が分かる。ほら、エコーって聞いた事あるだろ?音が響く奴。アレのすごい奴だと思ってくれれば良いぞ。


《コメント欄》


・何々?

・急に叫ぶな

・何?えこーろーけーしょん?

・何それ?

・は?マジかよ。えぇ……チートじゃん

・どうした?

・お前らもしかしてこれのヤバさ分からない?

・何かヤバいの?

・やばい

・どれぐらい?

・エコーロケーションって言うのは、イルカとかコウモリとかの目が退化した生物が使う視覚の代わりの物で、超音波って言えば分かりやすいかな。それを使えば暗闇とかでも何が何処にあるか分かる

・お化け屋敷で使うもんじゃ無いのは分かった

・今度このお化け屋敷の注意書きにエコーロケーションは使わないで下さいって書かれるの面白いな

・チートだチート!


『ズルじゃないですぅ。手を借りただけだから!それにこれはゲームみたいなもん。なら攻略するのが当然でしょ?』


ズル賢い?セコイ?性格が悪い?煩い!予想以上に怖すぎて早く出たいんだよ。雰囲気が出過ぎで泣きそう。


《この先、百メートル二名。五十メートル程度に障害物だ》


『やった。ありがとう!ばっとん愛してるっ』


五十メートル程度ってどれくらいだ?


「あ、もう五十メートルじゃない?」


本部長の声を聞いて慌てて止まったけど、遅かった。何かにぶつかり、声が聞こえた。


「わ、わたしの首踏まないで」


『え?あ』


足元に目線を向ければ、血塗れの生首と目があってしまった。そおっと足を潜らせ通り抜けそのまま走れば。


「ぐわぁ……あああ」


「ゔぅぅ ううう」


『うわぁああああああゾンビだぁ!!!!』


目の前にゾンビが現れ。


「悪霊退散悪霊退散」


『うわぁ!もういやだぁぁぁあ』


必死に走ると後ろから追ってくる足音が聞こえる。後ろを見ない様にして走り切ると。


トントンっと肩を叩かれた。何だよ本部長?


「ゔぁんちゃんたす けて」


『ァ』


はぁ、はあ。もう良いや。もういや。心臓が痛い。もう二度とお化け屋敷を落とす発言なんかしないし、ホラゲーも絶対やらない。


この後も狭い壁を通れば沢山の手が出て来たり、語るのも嫌なぐらいの体験を繰り返し、漸く出口に着いた。



『や、やった。生きて、帰れたぁ』


涙で顔がぐちゃぐちゃだ。もう帰って寝たい。てか寝よう。


『おつかれーい……』


取り敢えず配信を終わらせて。おんぶをしてくれたヤコの背中で、我は眠った。


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