第15話 「ただいま」と「おかえり」(2)


「――アンタたち、アタシの子に手を出す気かい?」


 声とともに、地響きがした。グラグラと地面が揺れ、立っていられなくなる。男はアリスから手を離し、アリスは地面に尻もちをついた。


 揺れが落ち着くと、男は声をあげた。


「何だ!?」


 空から笑い声が響く。楽しそうに笑う声に男たちは空を見上げる。そこには箒に乗った魔女がいた。

 大人たちは驚いて彼女を見ている。


「ま、魔女……?」


 男の問いに魔女は微笑みながら答える。


「ああ、そうさ。アタシは魔女だよ」


 魔女はゆっくり降り立つ。後ろからはレベッカとエリックも現れた。彼女らは男たちへ近づいてくる。


「ど、どうしてここに……」

「く、来るな!」


 男たちは怒鳴るようにして魔女たちに言う。だが、彼女たちは動じる様子もない。


「それで、アタシの子をどうするつもりだい?」


 魔女の言葉に男は理解できないというように顔をしかめた。


「は、ま、魔女の子だって?」

「ああ、そうさ。その子はアタシが育てた。正真正銘アタシの子さ」


 男はアリスから離れるように、後ずさりをする。だが、カトリーナだけはアリスから離れなかった。アリスの腕を掴み、自分に引き寄せる。


「何言っているの! この子は私の子よ!」

「そっちこそ、何言ってんだい? アンタはその子を手放したのだろう? なら、もうアンタの子じゃないさ」


 魔女はカトリーナをひと睨みする。彼女はグッと唇を噛む。


「それでもこの子は私の物よ」

「この子は物じゃない。一人の子どもさ。そして、自分の子を最後まで面倒を見るのが親の仕事だよ。……アンタは親に見えないね」


 そう言いながら、魔女は杖を男たちに向ける。


「魔法を知っているだろう? 使い方によっては人を殺すこともできるものさ」


 男たちは恐怖に顔を歪めながら、必死に声を出した。


「人を殺したら、確実に魔女裁判で処刑されるだろう!」

「何言ってんだい。バレなきゃいいのさ。アンタたちはここで消えるんだからね」


 男たちは顔を真っ青にした。魔女は口元を歪める。楽しそうに笑む魔女の様子を見て、男たちは一歩、また一歩と後ろに下がる。


 アリスは咄嗟に魔女たちの方へ走り出した。カトリーナが彼女を追おうと足を踏み出す。その足元に炎が走った。


「動くな」


 エリックが彼らに手のひらを向ける。


「次は燃やす」


 そう言うと、カトリーナは腰が抜けたように座り込んだ。

 駆け寄るアリスを魔女は抱き寄せる。


「怖かっただろう? 待たせてすまなかったね」


 魔女は微笑むと、アリスの肩を抱きかかえて男たちと向き合った。


「さあ、この子も戻ってきたことだ。アンタたちをどうしようかねぇ」


 魔女は杖を彼らに向けながら、ニヤリと笑う。その様子を見て、男たちは震える声を絞り出した。


「話が違う。俺たちは人間の娘を買いに来たんだ」

「魔女の子なんていらねえよ!」


 男たちは背を向けて走り出す。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」


 カトリーナはその男たちに助けを求めるように手を伸ばすが、彼らは見向きもせず走り去っていった。

 魔女は彼らを追うこともせず、見えなくなるまで見ていた。そして、カトリーナの方に目を向ける。


「子どもを育てるのは大変だ。時間もお金もかかる。元貴族だとしても、それくらいわかるだろう?」


 カトリーナは地面に目を向けたまま、顔を上げない。


「アンタにこの子を育てる覚悟はあるのかい?」


 彼女は「ふふふ……」と力なく笑うとアリスを見た。


「……アドレイドは変な子だったわ。言葉は上手く話せないし、やることも普通の子とは違う……。私は一生懸命育てたわ。それなのに、こんな子が生まれたのは私のせいだって責められる私の気持ちがわかる?」


 カトリーナは突き放すような目でアリスを見る。その頬には涙が零れていた。


「あなたは私の娘じゃないわ」


 アリスは表情を変えずにその言葉を聞いた。一歩前に出ると、スカートを広げて腰を折る。


「…………」


 優雅にお辞儀をする少女の姿に、カトリーナは視線を下げて唇を噛んだ。


 カトリーナは立ち上がると、ふらふらとした足取りで街の中へ歩いていった。アリスはその背中を追うこともせず、ずっと見つめていた。



「大丈夫? 怖かったでしょう」


 レベッカの言葉にアリスはうなずく。その反応を見て、レベッカは小さく笑う。


「家に帰りましょう? 今日は私が食事を作るわよ」


 その言葉に魔女は嫌な顔をした。


「アンタ、料理は大の苦手だろう。おとなしくアリスに作らせな」

「あのねぇ……この子は怖い思いをしたばかりなんだから」

「僕も母さんの料理はやめた方がいいと思うな……」

「エリックもそんなこと言って!」


 レベッカは子どものように頬を膨らませる。三人の様子を見て、アリスはくすりと笑う。そして、何かを決意をしたように魔女の服を引っ張った。


「何だい?」


 アリスは一度視線を下げる。そして、もう一度顔を上げると口を開いた。


「ティ……ティアンナ……さん」


 アリスの言葉に魔女は目を大きく見開く。


「……アンタ、話せるのかい?」


 魔女の言葉にアリスはうなずく。けれど、けほけほと咳き込みはじめた。


「だ、大丈夫かい?」


 心配をする魔女にアリスはうなずくと、真剣な顔をして必死に言葉を紡ぐ。


「わ、私は上手く話せないけど……えっと、あの……みんなに、お礼を、言いたいの」


 アリスはスカートをぎゅっと握りしめると、三人に向かって言った。


「助けて、くれて、ありがとう」


 アリスの言葉にレベッカは口元をおさえる。


「アリス……」

「母さん、この子の名前はアリスじゃないよ」


 エリックの言葉にアリスは首を横に振る。


「私は、アリス、だよ。な、名前を付けてもらってから、み、みんなの前では、ずっと、アリスだよ」


 アリスはそう言うと、魔女の方を見た。


「あ、あの……」

「……何だい」

「私は、あ、あなたの娘には、なれないけど、家族になりたいの」

「娘になれないっていうのはどうして?」


 レベッカの問いにアリスは眉を下げて笑う。


「えっと、娘だったら……あ、あの家を出なくちゃ、いけない、から……」


 魔女は思い出す。アリスの前で『娘は家を出るものだ』とは話したことを。


「私は……ティアンナさんと、ずっと一緒に、いたいから」


 その言葉にレベッカが口元をおさえ、ぶわりと涙を浮かべた。


「アリス、あなたは本当にいい子ね……」

「どうして母さんが泣くのさ」

「泣くわよ、こんなの~」


 レベッカはしゃがんでアリスと目線を合わせた。


「ありがとう。そんなにも母さんを大切にしてくれて。これからも母さんのことをよろしくね」


 アリスの肩に手を置いてお願いする姿に、魔女は嫌そうな顔をした。


「何でアタシが子どもに面倒を見られなきゃいけないんだい」

「あら、でもまんざらでもないんでしょう?」

「……ふん」


 魔女は鼻を鳴らすとアリスを横目に見た。


「アリス」


 魔女の呼びかけに反応して、アリスは魔女を見上げた。


「……帰るよ」


 アリスは花のように顔を綻ばせる。そして駆けるように魔女の隣に来ると、彼女の手を取った。




 村から少し離れた森の中にある小さな家へ四人は帰っていく。


 消し忘れたのか、灯りが家の中で灯っていた。

 扉を開けると黒猫が出迎えてくれた。住人の帰宅に黒猫は嬉しそうに「にゃおん」と鳴く。「ただいま」と言いながら、レベッカとエリックは家の中に入っていく。


「アリス」


 魔女は家に入ると、思い出したようにアリスの方を振り返った。

 アリスが首をかしげると、魔女は微笑みながら言う。


「……おかえり」


 魔女の言葉にアリスはふわりと笑った。


「ただいま」


 アリスは灯りの家に入る。久しぶりの家は不思議と温かくて心地が良かった。




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