第13話 灯りの家(2)
誰も淹れてくれなくなったお茶を自分で淹れようと立ち上がる。すると、バタンと大きな音を立てて玄関が開いた。
「婆ちゃん! 大変だよ!!」
当たり前のように入ってくるエリックに魔女は顔をしかめる。
「アンタたち親子は扉を静かに開け閉めできないのかい?」
魔女の言葉を無視して、エリックは椅子に座った。外ですれ違ったのか、レベッカも一緒に家へと入ってくる。
「どうしたんだい、騒がしい」
魔女は仕方なく、二人の分のお茶も用意する。
レベッカは「もう!」と声を上げながら、魔女に言った。
「あの子の母親。自分のことを貴族だと言ってたわ」
「それがどうしたんだい?」
「でも住んでいたのは、娼館だったわ」
彼女が言うには、その母親が言っていた貴族の家では、少し前に主が変わったという。兄が死に、弟が主となった。その弟には娘は一人もいないという。
その言葉を聞いて、魔女は考え込む。
「母親やアリスの立ち振る舞いは貴族のものだった。貴族の娘だったことは本当かもしれないけれど……」
「母親はもう貴族の婦人ではないってことかい?」
「可能性はあるわ。そうなると、彼女にアリスを養うお金はない」
「……だから、捨てられたのか、売られたのか」
話を聞いていたエリックが口を開ける。
「この国では人身売買は禁止されてるはずでしょ? どうやって売るの?」
「法だなんて、人間が勝手に作った規則でしかないよ。破ることは簡単さ」
「それに、異宗教の人間には関係のないことだわ。今でも人攫いはあるもの」
レベッカは魔女を睨むように目を向ける。
「母さん。これで決まったでしょ? あの子が危ないわ」
「決まったわけじゃ……」
「決まったも同然よ! 何を怯えているの!!」
魔女は目を伏せる。そして零すようにぽつりと言った。
「……会いに行っても、戻って来なかったら意味ないだろう?」
眉間に皺を寄せ、ゆっくり深呼吸をしながら言葉を続ける。
「母親のもとに戻って、やっぱり母親と一緒にいたいと思っていたらどうするんだい。アタシは何度も失いたくないよ」
魔女の弱音を聞くのは初めてだった。二人は大きく目を開ける。
「アタシは人を見送る人生だった。アタシのもとに留まってくれたやつなんていないのさ」
魔女の言葉にレベッカは強く手を握りこむ。
「あなたがそう言わないからでしょう!」
大きな声を上げるレベッカに、魔女は慄く。
「あなたはいつも言葉足らずなのよ! わかってほしいだなんて甘えないで! 伝えなきゃ何もわからないのよ!!」
レベッカはすぅっと息を吸うと、魔女に向き合う。
「私はあなたのもとを離れたつもりはないわ。だから、こうやって会いに来ている。嫁に行ったけれど、気持ちは自立できていないわ。今だって母さんに頼りに来てる」
そう言うとレベッカは魔女の前で膝をついて、魔女の膝に手を置いた。
「少し前はね、母さんのことがよくわからなかったの。大切に育ててくれたのに、結婚をしたら距離を置く。もう私はあなたの娘じゃないんだって思い知らされて……どうして手放すのなら、私を拾ったんだろうって思ったのよ」
「それは……」
「でもアリスにね、『聞いてみたら?』って言われたのよ。相手がどう思っているかなんてわからないからって。だから、私はあなたに聞いたのよ。どうして私を拾ったのかって」
魔女はレベッカと二人で夜の散歩をしたことを思い出す。今まで拾った理由をわざわざ聞いてこなかった。それを今更になって聞いてきたのはアリスが関わっていたらしい。
「あの子がそう言ってくれたから、母さんは今でも私のことを大切にしてくれてるんだって知ることができたの」
レベッカに続いてエリックも口を開いた。
「僕も魔法使いだとか、人間だとかにこだわっていた。けど、アリスや婆ちゃんの言葉を聞いて気づいたんだ。魔法使いも人間もそんなに変わらないって」
「変わるさ。何言ってんだい」
「変わらないよ。だって、婆ちゃんは僕たちにこんなにも優しい」
エリックは家の中を見渡す。
「僕はこの家に住んでいたことはないけれど、もう一つの家のように思っているよ。いつも温かくて心地が良いんだ。家も住んでいる人も」
「…………」
「きっと、アリスもそう思っているよ」
レベッカは祈るように手を組む。
「母さん、お願い。私のときのようにあの子を助けてあげて」
魔女は娘に頼られて、大きな溜息を吐いた。
「本当に……仕方がない子たちだね。アンタたちは」
魔女は立ち上がり、箒を手に取る。
「場所はわかっているんだろう? 道案内は任せるよ」
「どうやって行くつもり?」
「空からさ。その方が早いからね」
魔女はレベッカを箒に乗せる。エリックは箒を手渡されると戸惑った表情をした。
「どうやって乗るの?」
「見ててごらん」
魔女はふわりと飛び上がる。呪文も何も唱えずに浮かび上がる魔女にエリックは悲鳴をあげるように言った。
「わかんないよ!」
「わかんないなら、そこで待っているんだね」
そう言って、魔女はレベッカだけを連れて飛び上がっていく。
「……もう! 無責任な大人たち!」
そう言って、エリックは「うーん、うーん」と唸りながらジャンプをする。助走をつけて地面を蹴ると、箒が身を支えるように浮かび上がった。
「ほう、素質あるじゃないか。アタシの孫だけあるね」
「ふふん、私の息子よ」
「自慢の子どもを置いていこうとしないでよ!」
魔女はくすりと笑う。
街は嫌いだった。たくさんの目があるから。けれど、今回は気にならなかった。
「まったく。仕方のない子たちだよ」
そう言って、街へと向かった。
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