第6話 魔女の娘(2)


 目を瞬かせるアリスに、レベッカは小さく笑った。


「私はね、飢饉の時期に捨てられた子どもだったの。お腹が空いて、泣きながら歩いていたら、この家を見つけたのよ」


 レベッカは家を見渡しながら、懐かしそうに目を細める。


「あまりにもいい匂いがするから……この家に入っちゃった」

「後にも先にも、この家に勝手に上がり込んだ人間はアンタだけだよ」

「だって仕方がないじゃない。お腹が空いていたんだもの」

「突然、人の家に上がり込んできて、『食べ物ちょうだい』って無遠慮に言う人間の子どもに、アタシの方が慄いたね」

「でも、食べ物くれたじゃない」

「やらないって言ったら、アンタが大泣きしたんだよ。煩くて仕方がなかったんだ」


 二人が言い合うのを、アリスは笑みを浮かべながら聞いていた。

 ニコニコと微笑んでいるアリスをレベッカは不思議そうに見る。


「それにしても、落ち着いた子ね。話せなくても、子どもならじっと椅子に座っていられないものじゃない?」

「アンタは落ち着きがないし、文句ばかり言っていたし、すぐ泣いていたからね。すぐに物に当たるし、いつ家を壊されるか冷や冷やしたよ」

「だから、私の話はしてないでしょ! もう!」


 魔女は「はいはい」と言いながら立ち上がる。


「まあ、アンタはよその家に嫁にやったんだ。アタシもこの家も安心だ」

「…………」


 魔女の言葉にレベッカは黙る。視線を下げると、ぎゅっとズボンを握った。そんな彼女の様子に気づかず、魔女はアリスに目を向ける。


「あと少しで納品分が出来上がるんだ。持って帰るなら、待っていな。アリス、アタシは調合室にいるからレベッカの相手をしていな」


 そう言い残すと、魔女は調合室に入っていく。その様子を見届けると、レベッカは小さく呟いた。


「私はもうあの人の娘ではないのね」


 レベッカの足に黒猫がすり寄った。それを見て、彼女は笑みを綻ばせる。


「あら、おまえも母さんに拾われたの?」


 黒猫は返事をするように「な~ん」と鳴いた。

 レベッカは黒猫を抱き上げる。猫は抵抗することなく、彼女の膝に乗った。人馴れしているのか、黒猫は口を大きく開けてあくびをすると、レベッカの膝の上で体を丸めた。

 その姿を見てレベッカは「ふふっ」と笑うと、目を細める。


「私たちはみんな、母さんに救われたのね……」


 レベッカはアリスに目を向けると、ニコリと微笑んだ。


「アリスは今何歳?」


 アリスは手で七を示す。


「あら、七歳なのね。しっかりしているから、もっと上かと思っていたわ」


 アリスはレベッカのカップが空になっているのに気づくと、お茶を取りに行った。レベッカのカップにお茶を注ぐと、彼女はじっとアリスの手つきを見つめている。


「私も色々と母さんに教えてもらったわ。お茶の淹れ方も、勉強も……」


 アリスが椅子に座ると、レベッカは黒猫の背中を優しく撫でながら話しはじめた。


「さっきも話したけれど、私は捨て子でね。兄弟も多かったから、間引かれたのよ。母さんに拾われなきゃ死んでいたわ」


 アリスはじっと話を聞いていた。その様子を見て、レベッカは話を続ける。


「母さんは人間を嫌っていたけど、私を育ててくれた。私が商人になりたいって言ったら、勉強も教えてくれたわ。物覚えの悪い私に何度も何度も教えてくれた。……私は母さんの役に立ちたくて商人になったの」


 レベッカは魔女のいる調合室を見て、表情を曇らせる。


「魔女は恐ろしいもの。それが世間での認識よ。そんな魔女から直接薬を買う物好きはいないわ。だから、繋がりのある商家に縁を切られるわけにはいかなかったの」


 カップを手に取り一口飲むと、レベッカは頬を緩めた。


「でも、私が商人になれば、母さんの薬を自分の手で売ることができる。取引のある商家の息子と結婚してそれを叶えたわ。母さんの役に立てているのかはわからないけれど」


 アリスを見て、レベッカは「ふふっ」と笑う。


「私には一人の息子がいるの。あなたより少し年上よ。私も旦那も普通の人間なんだけれど、息子は魔法が使えるの。本人は隠しているみたいだけど。……でもね、血は繋がっていなくても、母さんの孫なんだって嬉しかった」


 レベッカは大きく息を吐いて、姿勢を崩した。寝心地が変わって、黒猫がどうしたと言わんばかりに顔を上げる。それを見て、レベッカは姿勢を戻してからもう一度息を吐く。


「でも、私はもう、母さんにとっては娘じゃないみたい」


 アリスはその言葉に首を横に振る。石板に文字を書くとレベッカに見せた。


『本人がそう言っていたの?』


 その文字を見てレベッカは首を横に振る。


「いいえ。でも、さっきの見てたでしょう?」


 アリスは考えるように上を見ると、さらに書き加える。


『本人に聞いてみようよ』


 ニコニコと無邪気に笑うアリスに、眉を下げて笑う。


「……そうね。たしかにそうだわ。こんな小さい子に気を遣われるなんて……私もまだまだね」


 二人でお茶を飲んでいると、魔女が調合室から顔を出した。


「レベッカ。今日は家に泊まっていきな」

「どうして?」

「もう少しかかりそうなんだ」


 魔女の言葉にレベッカは「もう」と言いながらも了承する。


「アリス、今日はレベッカの分も食事を作ってくれ。レベッカ、アンタが昔使っていた部屋は今、アリスが使っている。狭いだろうけど、今日は一緒に寝てくれ」

「わかったわ」


 レベッカは外で待っていた使いの者に伝言を頼んで先に帰らせる。魔女の言うように、レベッカはアリスと一緒に就寝した。



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