第6話:三十分後

「いやあ、昼間のキャンプファイヤーもいいよな、夜のが映えるけど! キャンプ動画で見たキャンプ飯を作るのもいいな~。秋になったら焼き芋しよ、今から植えれば間に合うだろ。苗を買ってこないとなー」


 雨の上がった曇天の下、ごうごうと音を立てて燃え盛る神社を背に、壊人は足取りも軽く鳥居をくぐる。

 昨日は暗くぶ厚かった雲も薄くなり、太陽光を感じられる。今日は暑くなりそうだった。


「は、浜さん?!」

「こんにちは、烏山さん」

「呑気に挨拶なんかしてる場合か!?」


 家へ帰ろうとする壊人に慌てた様子の烏山が声をかけてきた。常ならぬ慌てように、壊人は首を傾げる。


「何をそんなに慌ててるんです?」

「あんたこそ、何をそんなに落ち着いとるんだ! 見ろ、お社が燃えとるんだぞ?! あああ、オヤシロ様に何かあったら……!」

「おやしろといえばですね、今日掃除に行ったんですが、不法滞在者が住み着いててですね! 俺に嫁に来いって言ってきたんですよ、ふざけてますよね!」

「え」

「しかも、今までの玄関先の嫌がらせとか、真夜中の騒音も全部そいつの仕業だったみたいで!」

「へ」


 握り拳を振るって熱弁する壊人に圧倒され、烏山は後ずさった。


「お隣りさんがそんな迷惑生物とか物騒じゃないですか、それにムカついたたからどついてきたんですけど」

「ムカついたたからどついてきたんですけど?!」


 顎が外れんばかりに叫ぶ烏山に壊人は頷いた。


「結納品がどんぐりに鮒に鼠に蛇に鶏ですよ? 嫁取りを舐めてるにも程がありますよね」

「そっち?!」

「他には何を贈る気だったのかいちおう聞いてはみたんですけど、ひどいもんですよ。鹿に猪に隈ですよ? そんなの自分で獲れるっつーの」

「と、獲れるんだ、……いや、あの、そうじゃなくて!」

「結納品がそんなんとかお前の人生は動物の死骸と同等だって言われたも同然じゃないですか~。喧嘩売ってるとしか思えませんよね。俺の人生を動物の死骸でどうこうできると思われてるとか、本当、ムカついちゃって。

 ついつい力任せにボコっちゃいましたよ。終始寝ぼけたことしか言わなくて参った参った。しまいにはおとなしく嫁に来なきゃ村に災いを起こしてやる~、とか言い出すもんだから」

「ヒィッ! な、なんてことを!」


 烏山は青くなって震え出す。


「あ、アンタがオヤシロ様におとなしく……!」


 混乱した烏山の掴みかかろうとした手が、その肩に届く前に壊人は輝く笑顔で言い放った。


「ぐるぐる巻きにふん縛ってお社ごと燃やしちゃいました!」

「嫁入りしてれ……なんて?」

「ぐるぐる巻きにふん縛って火を点けてお社ごと燃やしちゃいました!

 実家で風呂焚き当番やってたんで、燃やすのが好きだし、得意なんです!」

「……は?」


 烏山は唖然として、壊人を見る。照れたように笑う壊人は得意げに胸をそらした。


「実家にいた時も、村でデカイ面してた奴を跡形もなく燃やしてやったんですよ! 相手が人間だったら確実にお縄ですけど、怪異だったんでそりゃもう、盛大に!」


 からからと笑う壊人を、烏山は呆けたまま見つめる。何度瞬きをしても笑う壊人と、その後ろで燃え盛る社は消えず、間違いなく現実であると烏山に主張してくる。


「いやあ、人外って法律に守られてないからいいですよねえ! 人間て脆いからうかつに手を出せないけど、話の通じない怪異なら何やっても罪に問われないし、心も痛まないもんなあ。

 全てを浄化してくれる火っていいですよね!」


 呵々大笑する壊人に、烏山は数年前に聞いたとある噂を思い出した。

 曰く、因習にとらわれ、十数年に一度、生贄を怪異に捧げねば災いが起こるという、この村によく似た仕組みの村で、強大な力を持ち、誰も逆らえなかった怪異がひとりの人間によって見事退治されたという噂だ。

 その怪異を倒した者の名は――


「破魔のカイト……まさか、浜さんが、伝説の怪異スレイヤー、破魔のカイトさんなのか?!」

「えっ」


 驚きと興奮を隠せず、詰め寄る烏山に壊人は嫌そうに眉根を寄せた。


「そのあだ名はダサいからやめてくださいよ。それで呼ばれ続けるのが嫌で実家出たんで。都会に憧れてたってのもありますけど」

「ありがたや、ありがたや、ありがたや」


 烏山はそのまま消防団の到着まで壊人を拝み続けていた。


 ――ちなみに、社は地下室を含めて全焼し、焼け跡からは何も出なかったという。

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都会に疲れた社畜はスローライフを望んでいる 結城暁 @Satoru_Yuki

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