第5話:五日目
雨戸を出したおかげで暴風や雨音、ついでに野生動物の声も聞こえずに快眠できた壊人は、今日もすっきりとした気分で朝を迎えた。雨戸を開けてまわりつつ、外の様子をうかがう。
昨日から降り出した雨はまだ続いている。しかし勢いはなく、傘がなくとも出歩けそうだった。
壊人は朝食と日課を済ませ、リュックに掃除用その他を詰め込んだ。
頭には三角巾、手にはゴム手袋を装着し、汚れてもいい高校のジャージを身にまとう。どこからどう見ても完璧なお掃除ルックである。
「バケツに雑巾に、便利な伸びるハンディモップも持ったし……行くか!」
学校行事であったゴミ拾いや、年末の大掃除に張り切るタイプの壊人は意気揚々と玄関を開ける。無言でスマホをとりだし、玄関先の惨状を写真に収めた。
「今日は鶏かー……」
出鼻をくじかれ、思わず大きなため息が出る。
鶏は首に咬傷があり、血と抜けた羽があちこちに散っている。狐狸か野犬などの仕業かもしれなかったが、そのわりにきれいに血抜きがされているようだった。しかし生産者不明の肉を食べる気はない。
「これじゃ食えないじゃん、鶏肉もったいねえ……。どこの誰の仕業かは知らんが、犯人が分かったら二度とこんなマネができないようにとっちめてややるからな……」
玄関を掃除し終えた壊人は火を吹く焼却炉に手を合わせながらそう決意した。
「ガソリンまた入れすぎちゃったな……」
小雨の中、やってきた神社はいつにもまして暗い。社の中に入り、電気を点けてもなお暗かった。外よりも空気が冷えてさえいるように感じられる。寒さに強くてよかった、と壊人はマスクをしてはたきをかけ始めた。
どうせやるなら社の部屋を全部掃除してやると決めたが、この村に住んでいれば雨の日など数えきれないほどあるだろう、今日はこの一部屋だけにする。
「それにしても外から見た感じよりでかい社だなあ。掃除機も持ってくればよかったかな。
ルンバは自治会費で落としてもらえるかな……」
箒で掃き、拭き掃除をしようとして、壊人はバケツ片手に部屋を見回す。部屋の中に蛇口はない。境内にも蛇口は見当たらなかった。
「たしか神主さんの住居っぽいところが右手にあったはず……」
壊人は暗い廊下に足を踏み出した。暗闇の奥からか細い声が聞こてきた。
「オイデ……オイデ……」
「住人の方ですか?
住んでんなら箒で掃くくらいテメーしろや」
即レスを返し、声とともに暗闇から伸びてきた毛むくじゃらの腕のようなものをミニバールで
「まさかに備えて持ってきてよかったミニバール。ミニでも重量はそこそこあるから、遠心力を加えれば十分な打撃が出せるもんな。便利便利」
なぜか各部屋に散らばっているお札をひと部屋に集めなければ開かない扉や、組木細工の模様を揃えなければ進めない通路、ときどきわいて出る猿のようなものをミニバールで撃退しながら壊人はようやく住居スペースに辿り着き、バケツを水で満たした。
「これで拭き掃除を終えれば今日の掃除は終わりか」
しかし社の地下に感じる気配にどうしたものか、と腕組みをする。
「ものすごーく悪い気配だよなあ、これ。もう何人も殺してる感じの……。こんなんがお隣りさんとか、ヤダ、俺の家って物騒……?
物騒なのが許されるのって戦国時代までだよねーってことで退治しとくかあ」
掃除途中の部屋まで戻り、拭き掃除を終えた壊人はリュックから木刀を取り出した。
実家にいた時から使っている愛用品で、鉛が入っている特別製だ。誕生日に妹から贈られたもので、嬉しすぎて素振りをしすぎて泣かれたのも今ではいい思い出だ。ちょっと試し素振りに山から朝帰りしただけなのに。
「いやあ、持ってきて良かったなあ。
壊人は片手に木刀を、片手にミニバールを携え、再び社の奥へと進んで行った。
観衆がいれば大盛り上がり間違いなしのパルクールや、居合術、格闘術を披露しつつ、通れない扉や壁をぶち破り壊人は社の地下、その最奥へと辿り着いた。
「ドーモ、コンニチハ、コンバンハ、オハヨーゴザイマス。うーん、日本語通じるのかな?」
辿り着いたその部屋は暗かった。壁の蝋燭に火が灯ってはいたが、それが余計に闇の濃さを引き立てていた。
蝋燭の明かりが浮かびあがらせている祭壇には毛むくじゃらのなにかが鎮座している。片膝を立てた行儀の悪い座り方に壊人はお里が知れますなあ、と小さく悪態をついた。
しかし、毛むくじゃらの正体に興味などない。人骨の転がる部屋の持ち主だ、仲良くできる訳がない。
「ご挨拶が遅れました、先日、隣に越してきました浜壊人です。よろしくはしたくないのでしません」
「キタナ、キタナ」
毛むくじゃらはゆっくりと立ち上がり、祭壇から降りてくる。壊人に手を差し伸べて、牙を剝き出して笑ているようだった。
「キタナ、キタナ、ヨメニ、キタナ」
壊人はそこで口の端をにんまりと上げてやった。
「寝言は寝て言えや」
それが開戦の合図だった。
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