第2話:二日目

 朝早くから神社の掃除を済ませた壊人は散歩がてら村を探検していた。

 視界にビルなど入り込まない青い空、排気ガス臭のしない美味い空気、さらさらと耳に心地よい音をさせて流れる清い川。どれも就職してから感じることのないものばかりだった。

 壊人は深呼吸をする。八時間睡眠が取れたあとの朝は格別であると久しぶりに実感していた。これからは毎日八時間睡眠を取れると思うと足取りも軽い。

 問題はこれからどうやって金を稼いでいくかであるが──

 村の外れの小高い丘まで歩いてきた壊人はよさげな石を見つけて座った。

 村の直売所では激安の農産物があるし、家賃もタダで支出は抑えられるし、就職していたころは忙しくて給料を使う暇などなく、未払いの残業代等をぶん取れたお陰でしばらくの蓄えはあるが、早めに仕事を見つけるにこしたことはない。

 都会に憧れて上京したはいいが、運悪くブラック企業に勤めてしまったばっかりに心は疲弊しきっていた。できるならこのままここで出来る仕事か、通える仕事を探していきたい。

 とりあえず、失業保険をもらうためにも近日中にハローワークへ行こう、とぼんやり村の景色を眺めていると、足音が聞こえてきた。

 年配の女性が背負い籠に鍬を携えて坂道を登ってくるところだった。

 祖母ばあちゃんもああやってえっちらおっちら畑仕事に出てたっけなあ、と壊人は立ち上がった。


「お早うございますー。籠持ちましょうかー?」

「おはようございますー。大丈夫よー、これくらい慣れてるから。学生さん?」

「いえ、社会人です」


  今は無職ですが、とはなんとなく言えずに壊人は黙った。


「旅行かしら、いいわね~。若いうちじゃないと行けないものね~。何もない村だけど、楽しんでってね~」

「あ、いえ、旅行じゃなくて、昨日越してきた浜壊人といいます。これからよろしくお願いします」


 壊人が自己紹介をするとそれまでにこやかに会話をしていた老婆の態度が急に変わった。


「……移住? 馬鹿言うな! こんな村に移住者なんて来るわけないだろうが!」

「え、いえ、本当に、引越して来て……」

「馬鹿を言ってねえでさっさと出て行け! でねえとひでえ目にあうからな! いいな、さっさと出ていけ、この馬鹿モンが!」


 一方的に捲し立てて、老婆は風の様に立ち去っていった。ブラック企業での傷が癒えていなかった壊人は少し泣いた。


「なにもあんなに馬鹿馬鹿言わなくてもさ……そりゃあ今は無職だけどさ……心の回復に徹してるだけだもん……馬鹿じゃないもん……」


 しょんぼりとしながら、それでも壊人は村を巡り歩いた。鬱々とした気分の時は日光を浴びるのが壊人の決まりだ。そしてバナナを食す。


「全裸で日光を浴びられる場所を探そう……あるかな……あるといいな……なければ庭でやってもいいし……」


 二本目のバナナを食べ終えると、落ち込んだ気分も上向いてきた気がする。持ってきて良かった美味しいバナナ。


「よし! 今日は家庭菜園の畑でも耕そうかな!」


 生ゴミの有効活用もできるし! と家に戻ってきた壊人を出迎えてくれたのは、玄関に置かれた魚だった。


「わあ~~、死にたてピチピチ~~」


 壊人は決意した。必ず彼の玄関に置かれた魚の死骸を排除すると。


「ど、こ、の! 野生生物だ、人様の玄関にぶっとい鮒なんぞ捨てやがったのはァ!」


 口汚い罵倒を吐き出しながら壊人はバナナの皮と共に鮒の死骸を焼却炉にぶち込み、生臭くなった玄関に水をぶち撒けた。湧き上がる怒り任せに洗剤を撒き、デッキブラシで力の限り擦っていく。

 怒りが治ったあとには塵ひとつない玄関になっていた。


「ふー、いい汗かいた! やっぱり怒りが原動力になることってあるよね!」


 今日はちょっといい冷凍食品を食べちゃおう! と冷凍庫を物色し、レンジに入れる。

 リビングから見える庭では焼却炉が火を吹いていた。いくら怒り心頭だったとはいえ、ガソリンを入れたのはやり過ぎだったかな、と壊人は反省した。

 熱々のピラフを頬張りながらふと思った。


「……玄関のアレって、もしかして新参者に対する嫌がらせだったり……」


 証拠写真を撮っておけばよかった、と壊人は反省した。

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