第3話:三日目

「おはよう世界! 今日も清々しい朝だねワンダホー!」


 壊人はまだ懐かしく感じてしまう新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

 八時間睡眠の素晴らしさを噛みしめて、ご無沙汰だった朝の筋トレに勤しむ。プロテインを飲み、元気が出ると聞いてから食べ続けているバナナを剥いた。日光を浴びるため庭に出れば薄曇りの向こうから控えめな陽光が壊人を照らした。

 故郷にいた頃は毎日のようにこなしていた日課も、会社に勤め始めてからはめっきりできなくなっていた。会社中心の日々をなんとか送るのに必死で、気力がなくなっていたのだ。

 久しぶりの筋トレに気分が高揚し、その勢いのまま「今日は肉肉デーにしよう!」とキラめく汗を拭って、壊人は村の農産物直売所でジビエを買うことにした。

 直売所には村で取れた新鮮な野菜はもちろん、近隣商店の加工食品や駄菓子なんかも売っている。御供おとも村の住人にとって生命線とも言える場所で、多い、安い、美味い、と三拍子揃った無職にやさしい店でもある。


「肉を買いに行く前に掃除を済ませよーっと」


 壊人は運動後の爽快な気分で意気揚々と玄関を開けた。


「ッハー……。爽やかな朝が来たと思ったのになあ……」


 玄関を開けた先には鼠の死骸が転がっていた。

 壊人は深呼吸をして荒ぶりかけた気持ちを落ち着かせる。火ばさみを装備し、鼠に手を合わせて焼却炉へ捨てた。

 まさか三日連続でゴミを玄関に置かれるとは思わず、せっかく上向いた気分も低空を飛んでいる。いくらかしょんぼりした気持ちで神社の掃除を終え、こんな時だからこそ肉肉デーを開催すべき、と直売所へ行くため自転車に乗った。

 家を出てすぐに烏山と会った。首にかけた手拭いで汗を拭っている。散歩の途中なのだろう。


「こんにちは、烏山さん」

「やあ、浜さん。どこかへ行くのかい?」

「直売所で肉……食料品とかを買おうと思いまして!」

「そうかい、村に馴染めているようで良かった。掃除も忘れないように頼むよ」

「忘れてませんよ! 朝の日課にして今日もきれいにしておきました!」

「もうかい? 早いね」

「早起きは得意なので。それに毎日夜九時には眠れて朝三時起きしなくていい環境って最高です!」

「はは……、浜さんの負担になってないようならよかった」


 壊人が村に来る前の状況を知っている烏山は苦笑いをこぼした。


「せっかくなんだから、ゆっくり寝ていてもいいと思うけどね」

「早起きはもともとの習慣でしたし、神社の掃除なら朝早くのほうが気持ち良いですし」

「そうか。まあ、あんまり無理はしないようにね」

「はい!」


 元気よく答えて、そういえばと昨日のことを思い出した。


「昨日、散歩をしていたら知らない人に『村から出て行け』と言われちゃって。

 やっぱりよそ者の移住に反対する人もいるんですね」

「……まさか、そんな人がいるなんて。すまない、村長として恥ずかしいよ。注意しておこう、どんな人だったかな?」


 痛ましそうに眼を細める烏山に壊人は首を振った。


「すみません、人の顔を覚えるのは大の苦手でして……。次に会っても分からないと思います」

「そうか……。

 でも気にしないでほしい。本心で反対しているわけじゃないはずだ。時間が経てば理解してくれるはずだよ、君がどんなにこの村に必要なのか」

「そんなおだててもなにも出せませんよ~。村に移住してからこっち、食っちゃ寝して神社の掃除しかしてないやつですよ~?」

「いやいや、この村には君のような人が必要なんだよ、若い君がね」


 烏山はそう言って去って行った。いちいち大袈裟に褒めてくれる人だ、と壊人は頬をかいた。

 しかし、褒められて悪い気はしない。

 明日からも掃除をがんばろう、と壊人は自転車をこいだ。

 直売所で買ったジビエは最高に美味しかった。自分も狩猟免許を持っていることだし、久しぶりに山へ入りたいな、と壊人は肉を嚥下した。

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