早朝喫茶 作:清瀬真澄

 ある春の日のことです。私は早くに目が覚めました。カーテンの隙間から見え隠れする日差しにすっかり眠気は追いやられてしまったようで、いつになくすっきりとした気持ちで起き上がりました。時計を見ると、なんということでしょう。まだ日が出たばかり、明るくなったばかりの時間帯です。今日は休日だというのに、もう一日が始まってしまいました。

 とりあえず顔を洗って、開いたカーテンから今日の空を見上げます。綺麗な朝の色、きっといい一日になるでしょう。スタートがいいと気持ちいいですね。さて、どうしようかしら。洗濯日和のいいお天気になる気配がありますが、こんな時間から洗濯機を回すのはお隣さんの迷惑になります。集合住宅ならではの配慮。同じ理由で掃除機もだめ。下の階の人を起こしてしまったらいけませんからね。それじゃあみっつめの選択肢、残ったもうひとつを、たっぷりと時間をかけてしましょうか。


***


 腕まくりをして台所へ。しんとした空気にひやりと冷たい床板は、まだ少し夜を残しているような気がします。まずは乾かしていた昨夜の洗い物をしまうところから。洗い物を翌日まで持ち越さないというのはひとり暮らしを始めたときに決めたルールで、今でも何とか守れている唯一のものです。炬燵で寝落ちしてしまったことや、深夜にオヤツを食べてしまったことはありました。実はわりと何回も。どうしてもね、人間は自分に甘いので。でも洗い物は、これだけはと思って続けています。だって虫が出るのは嫌ですから。ヤツらにはどこか遠くで暮らしていていただきたいものです。絶滅してほしいわけではないけれど、共生はしたくないこの気持ち。誰かに共感してほしい。

 すっきりと片づいた台所でお湯を沸かしながら、冷蔵庫の中身を物色します。あ、卵の賞味期限が近い。これ、「賞味」期限なんですよね。美味しく食べられる期限のことなので、「消費」期限(こっちだと思ってました)と違って、過ぎたら食べられなくなるわけじゃないんですけど。でも生ものですし、早めに食べきってしまうほうがいいでしょう。卵は常備しておきたい派の私。幸い、今日は早起きできたいい天気の休日です。洗濯ものを干してお掃除をしたら、散歩がてらお買い物に行きましょう。明日以降の卵はそこで調達すればいいので、今あるやつは贅沢に使ってしまいますかね。そう贅沢に。気分が上がります。たかが卵と侮るなかれ、何を隠そう、私にとって家にあると嬉しい食材ナンバーワンが、この卵さんなのです。だっていろいろアレンジができますから。だから、できるだけ食べきったその日のうちに次の卵さんを調達するようにしているのです。そうそうこの卵さん、持って帰るときにやたらと気を使ってしまうのはなぜなのでしょうね。パックでしっかりと守られているから、むしろパンとかよりも潰れにくいように思うのですが。やっぱり取り返しがつかないからでしょうか。いやいや、ここは卵さんへの愛ゆえということにしておきましょうか。

 さて、そんなこんなで本日の朝ごはんのメインになることが決まった卵さん。今日は何にしましょうかね。定番のスクランブルエッグ? または和風なたまごやき? オシャレにクロックマダムなんかにしてもいいですね。逆にシンプルに卵かけごはんとか。どうしましょうか、思いつくものがどれも美味しそうで、あれもこれも食べたくなってしまいます。食い意地がメニューを決めさせてくれません。困って首を傾げた私の目に、昨日買ったパン屋の袋が映りました。

 あ、そうだ。いいことを思いつきました。


***


 結局、私が作ったのはオムレツでした。でも、ただのオムレツじゃあありません。とろーりチーズがあふれだす、ふわふわとろとろの幸せオムレツです。焦げ目もつかずに綺麗に焼けました。やっぱり新しいフライパンは違いますね。ふんわりとバターの香る黄金色の隣には、シャキッと水をはじくレタスところころ転がるプチトマト。黄、緑、赤がそろったお皿の上はまるで信号機のよう、と言ったらあんまり美味しそうではないですね。語彙力を磨かねば。トースターで温めたクロワッサンと淹れたての美味しい珈琲、デザートにはヨーグルトもつけて、なんだか喫茶店のような素敵な朝ごはんのできあがりです。美味しそう。ではさっそく、温かいうちにいただきます。

 あっという間にぺろりと平らげ、手早く洗い物。だってメインはこれからなんですから。

 パン屋の袋から食パンを取り出して、丁寧にバターを塗っていきます。ここにさっき茹でて潰して、マヨネーズと和えた卵をレタスと一緒にはさむ! とあっというまにタマゴサンドのできあがりです。もうひとつ、ハムとレタスとチーズもはさんで、それぞれぎゅっと強めにワックスペーパーで包んでギコギコ切れば、なんとも綺麗な断面が。そう、さっき思いついたのはこれのことです。目にも美味しいサンドイッチ。さっき食べたばかりなのにもうお腹が空きそうです。お湯で温めておいたスープジャーにポタージュを入れると、ピクニックセットの完成。今日はこれを持ってお買い物に行きましょう。近くの公園にはたしか桜が咲いていたはずです。ピクニック兼お花見。ふふふ、いい響き。なにか素敵なことがありそうですね。

 それでは急いでお洗濯とお掃除をすませてしまいましょう。大丈夫、うしろに楽しみがあるから、いつもよりテキパキと終わらせられそうです。

 あら、もうこんな時間。早朝と呼ぶには遅いですね。朝になりましたので、早朝喫茶はこれにて閉店、次の開店は早く起きた休日です。それではみなさま、良い一日を。



※この作品はフィクションです。実際の大学生活とは異なる場合がございます。あらかじめご了承ください。

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