君と文芸部 作:在盛ルル
文芸部は君の為にある。拝啓、これを読んでいる君へ。
君が今どういった経緯でこの文章を読んでいるのかはわからない。未来視は生憎持ち合わせがない。
ここは文芸部の勧誘ページである。心当たりがあるならそのまま、ないならすぐに別の文章を読みに行くのがよろしい。
さて、入学おめでとう。とりあえず言っとかないとな。定型文は使えたほうが生きるのが楽だ。例えそれがいくらつまらなくともね。
君はいま未来に大いなる希望を抱いている、とは言わないまでも今すぐに死にたくなるほどの絶望に苛まれているわけでもあるまい。むしろ、さんざ使い回された表現である「無限の可能性」というものに対して実感がわかなくて困っていることだろう。周囲からとりあえず祝福され、現実味のない浮遊感にただ浸っていることだろう。言っておこう。それの正体は「驕りと慢心」である。
君は今人生を舐めている。なんか凄いと言われることをなんとなく成し遂げてなんとなく巧くいくだろうとなんとなく思っているのであろう。安心しろ、そんなことはない。どうせすぐにわかる。というか、理解るしかなくなる。ただ、老婆心から差し出がましくも忠告させていただくとするならば、あまりそれを外に出さないほうがよいだろう。その言葉に後で刺されるのは他ならぬ自分自身なのだ。外に出しさえしなければ「否、拙者斯様な事は天地神明に誓って致しておりませぬ故……」という自己弁護が可能となる。これが出来るか出来ないかでは雲泥の差だ。覚えておくように。
そしてさらに言うことには(どうせこんな文章をスキ好んでとは言わないまでも避けるほどの嫌悪感は持っていないのだろう)なんか「文章書くのって、かっこいいな」などと漠然と思っているのではないか。そしてその憧れはただ憧れていただけで特に何かしら人に見せられるものがあるわけでもない、違うだろうか。
そう、それはそうなのだ。やったことがないことに過度な期待を抱くのは当然のことだ。私は君たちを応援したい。そしてできることならそのまま死地まで銃剣担いでスキップしてほしい。進軍開始。
君は書いたことがない。それ故に過大評価している。自分を、そして書くことを。驕りと慢心のまま文芸部なんかに入ろうとした。興味を持った。
いいだろう、それでいいのだ。初めから書けるやつなんかいない。この事実は自分を慰めるには足りないが、他人を見下すときにはものすごい力を発揮する。自分がやってきたことを楽々他人に越されないというだけでそれは重厚堅牢な参入障壁となってくれる。積み上げることができた人間に対してこんなにも優しく温かい言葉はない。
既にどこかに文章を書いたことがあるやつ、そんな人間は文芸部なんぞに入る必要はない。君はもう乗り越えたことがあるからだ。この時代しか生きたことのない我々には知る由もないが、いんたーねっと、とかいうものを使えば簡単に他人の文章が読めるし他人に読ませられるらしい。そんな時代にわざわざ紙の本を印刷することを至上命題に掲げる組織に入らなくてもよいのである。
では、文芸部に入るメリットはいったいなんなのであろうか。それは「無能感」を得られるということだ。
読み間違えじゃないぞ、もう一度書く。「無能感」だ。
現にいま君は調子に乗っている。驕っている。慢心している。近いうちに、まぁ4週間後になるか4年後になるかはわからんが、きっとその「無限の可能性」を挫かれるとはいえ、それまでずっと先ほどの私の忠告を守り続けられるわけもあるまい。ポーカーフェイスの練習はしたか。世間的に失言と取られる言動リストは入手したか。健常者エミュレータはチェックしたか。ありのままの自分という言葉と未来への希望によって麻痺するのはいいが、麻酔は切れた後が大変なのだ。
文芸部に入る君は年に4回、逃れられぬ壁にぶつかることになる。締め切りという壁だ。文芸部は年に4冊の部誌を出している。出しすぎだとは思うがセンパイから伝統だと言われたら勝手にサボるわけにもいかない。だから今年度も4冊出版されるはずだ。
君は締め切りのたびに悩むことになる。何を書こうか。考えてるときが一番楽しい。アイデアはぽわぽわ無数に湧いてくる。締め切り72時間前、そろそろ書こうかな、などと思い描いている。締め切り24時間前、ああ今日は予定を入れられないな、などと思い始める。締め切り3時間前、何も書いてないことに絶望する。締め切り30分前、一行目をずっと書いたり消したりしている。締め切り-60分前、今書き終わればなんとか間に合うと思っている。そして眠気に負けて何も書けないまま昼を迎えるのだ。
どうだろうか。想像しやすくないか。君はこれになる、もしくは他の部員たちがこれをしているのを横目に見ながら書かない宣言をして罪悪感に塗れるのだ。これぞ、文芸部が提供できる唯一のこと「無能感」である。
そう君はこの通り、文芸部に入ることで何度も何度もへし折られる。だがそれでよいのだ。出来ないことを出来ないと言える人間は出来ないことを出来ると思っているだけの野郎より上等だ。
人生は有限だが、我々はいとも容易くそのことを忘れてしまう。長い有限の人生を短く捌いて提供してくれる存在が必要だとは思わないだろうか。そう、文芸部ならそれが出来る。人生小売業者。無能な私にはぴったりだ。
君がもし文章を書くことや創作に漠然とした憧れを恥知らずにも抱いているのならば、どうか文芸部に入ることを検討してみてほしい。ゆるく、楽しく、無責任な日々で君を歓迎してみせよう。それでは、文芸部より愛をこめて。敬具
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