第8話 市野菘の場合ー天使と悪魔の財布ー③

放課後。菘は歴史資料室へと向かった。本心は今すぐいかなければならない場所があったのだが、さすがに今日は簡単には帰れそうになかったためだ。

「なぁ、いい加減認めてくれよ?いい名前じゃんか!」

声の主は椿のようだった。

「大体、グダランティーヌって何?この前も意味不明なこと言っていたし」

怒っているのは薊だろう。

「グダグダダラダラするかわゆき乙女のことさ!我ながらナイスなネーミング!」

どうやら命名したのは椿のようだ。

「いや、私はグダグダもダラダラもしてない!ほら、この前の塾の模試だって過去最高スコアだ!」

薊の声が一段と大きくなる。

「いやまぁ、ここにいる以上、磯貝さんも同じだと思うけど」

桜は紅茶をすすりながら厳しい一言を放った。

「や、やぁ、みなさまお元気そうで…」

資料室の扉を開けると、菘は力なく椅子に座り込んだ。

「市野さん、これどうぞ」

桜は慣れた手つきで紅茶を注いだ。きれいな色だなぁと眺める菘の顔がそこには映っている。誰がどう見ても元気がありません!という表情だ。

「そういえば、菘、今日はどうしたんだ?ここにも来ないなんて言うし」

薊は心配そうに見つめた。

「うーん、実はこんな話をしていいものか…けど、薊ちゃんの優秀な頭脳があれば解決できるかも…」

ちらりと目をやると嬉しそうな薊の表情。任せてくれ!と思わず吹き出しをつけたくなる。

「薊に解決できるかはさておき、ほらほら、お姉さんに話してごらんよ」

椿と桜も興味津々だ。

「実はですね…」


~時間は今朝に戻る~


「今日で3日目。なんとか遅刻せずに済むよ~」

菘は安心した様子で学校への歩みを進めていた。と言っても、ギリギリ間に合うか間に合わないかの時間帯ではあるが。

「?」

菘の目の前に何か黒い物体が落ちている。引き寄せられるように黒い物体に近づくとそれはパンパンに膨れた財布であった。

「お、お宝発見…って人の物を盗ったら泥棒だよね」

通り過ぎようとしたとき、ふと幼いころの記憶がよみがえった。父と母に連れられて遊園地に行ったとき。同じように財布を見つけたことがあったのだ。

菘は見て見ぬふりをしようとしたが、両親は「落として困っている人がいるんだよ。だから、ちゃんと届けてあげないとね」と言ってインフォメーションまで持っていったのだ。落とし主は安心した様子で両親に感謝していた。なぜか一緒だった菘もほこらしくなったっけ。

ということは…財布が落ちている→困っている人がいる→インフォメーションに持っていく、ということをしなければならない。

しかし、菘の冴えない頭がフル回転した結果、財布をインフォメーション(つまり交番)に届けていると遅刻してしまう。

「財布を届けてました!」なんて信じてもらえない。けれど、落ちている財布をそのままにはできない。


~現在に戻る~


「ということで、これなんですけど…」

鞄から黒色のパンパンになった財布を取り出した。菘はひとまず拾ったがそれをそのまま持ってきたらしい。

「泥棒…だな」

椿の言葉に菘はがっくりとうなだれるのであった。

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