第7話 市野菘の場合ー天使と悪魔の財布ー②
市野菘は朝から浮かない顔をしていた。ぼーっとしているのはいつものこと…であるが、どうも今日は様子が変であった。
「おーい、菘。どうしたの?」
「あー、みっちゃん。おはよう…」
隣の席には友達の立花蜜柑。小学校からの同級生で腐れ縁というやつだ。
「しかしまぁ、遅刻魔の菘がここ3日、無遅刻だなんてどうした?コンコンに何か言われた?」
コンコンとは菘と蜜柑の担任である。入学式で紺色のスーツを着用していたことから蜜柑がそう呼び始めたのだ。いつしかクラスメイトたちもそう呼び始め、あだ名として広がった。確かに、スーツは基本的に紺色だった。本人曰く、何種類もの紺色スーツを持っているとのこと。
「いやぁ、まあね。いろいろ言われたんだけど…」
3日前。菘は高校史上最速で15回の遅刻を達成した。結果、コンコンから資料室の掃除を罰としてするよう指示されたわけで。
「でも、友達としてきっかけが何でも菘の遅刻癖が治ることはうれしいものよ。ほれ、いつものやつ」
蜜柑は菘のお気に入りであるリンゴジュースを手渡した。「ありがとうね」と一言付け加え、菘はそれを少し口に含んだ。それでも気分は晴れない。
いっそ、蜜柑に相談しようかとも思った。けれど、蜜柑の影のあだ名はスピーカー。噂を聞くのも流すのも大好きな性格で、昔好きな男子の相談をしたら次の日には校長先生にまで知られていた。
こればっかりは話せない…菘はそう思うと顔を床に沈めてしまった。
そんなとき、ポケットのスマホがブルブルと震えた。SNSの通知のようだった。
『今日はみんな集まれるよな?放課後に資料室で待ってるぜ!』
グダランティーヌのグループチャットに椿が書き込んだようだ。
それに桜、薊が素早く返信している。2人とも今日は来れるようだ。
『りょーかーい』
気の抜けた返事を送ると、菘はまた顔を鎮める。そしてはっとしたように起き上がると『ごめん!今日は無理かも…』と打ち直した。
『菘、どうした?』
『さては変なものを食べて腹を下したか?』
『椿じゃないんだから、まぁ菘には菘の事情があるってことだよ』
薊は椿を抑えながら的確な返事を送る。さすが天才は違う。
「失礼するぜ!私は赤羽椿!ここに市野菘はいるか!」
椿は何でもすぐに行動に移す。そして、強引な友達思い…なのかもしれない。
「市野の席はそこだけど」
近くにいた男子生徒が指をさす。椿の目に、机に沈む菘が映った。
「あっ、有名人の赤羽さん。ねぇねぇ、部活動荒らしの噂って本当なの?」
蜜柑はここぞとばかりに声をかける。それを華麗にスルーして椿は菘の頭を叩いた。
「いてっ」
「掃除のおさぼりは…許しませんで!」
ということで、とある事情から早く帰りたい菘であったが椿という物理的なスピーカーによって遅刻の罰が掃除だということ、そしてそれをサボろうとした(実際は違うけどね)という濡れ衣を着せられてしまった。あらら、かわいそう。
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