第25話

 俺は緊張しながらも、将軍の前に出て大きく息を吐く。


 この三ヶ月領地を安定させるために、多くの魔物と戦ってきた。

 木々を抜いて、魔物を討伐して、田畑を耕し、村を広げながら、ブラフと共に自然と戦ってきた。


 元の世界では経験できないことばかりで、大変なことばかりだったけど、二人で支え合ってやってくることができたんだ。


「改めて、勇気ある者よ! 隣国の将軍として貴様を褒め称えることを約束しよう」

「ありがとうございます。俺は生きて帰れることだけどをただ願います」

「はは、それは叶わないだろうな」


 馬上から降りた将軍が槍を構える。

 鎧を纏って、槍を構えるその姿は、この世界で初めて出会う戦う者に思えた。冒険者たちには何度かあったが、彼らはどこかで戦うことよりも、仕事をやり切ることを生業にしていた。


 だが、目の前にいる将軍は、戦うことを生業にしている人だ。


 俺は身を引き締めて木の盾と鉄のハンマーを構え直す。

 どちらも俺のスキルに合わせるために特注で作った物だ。


「奇妙な武器を使う」

「ええ、武器は槌が得意なんです」

「そうか、得ならば遠慮は要らぬな」


 そう言って素早い槍の突きが放たれる。

 牽制を含む槍の動きに、一歩下がりながら相手の追撃を伺うが、追撃はなく将軍は、こちらの出方を見ている。


 ならば遠慮なく、行かせてもらう。


「はっ!」


 距離をとった状態で火球を作り出して、放った。


「なっ! そんな身なりで魔法を使うのか!?」

「ええ、器用貧乏なもので」


 魔法を使うとは思っていなかったようだ。槍を払って火球を消すが、火の粉が飛んで、目眩しになってくれた。火球を使って相手が警戒している間に槌を鋸に変化させて、攻撃に転じる。

 槍で防がれはしたが、鋸の力はここからだ。


「なっ!」

「ご自慢の槍を破壊して申し訳ない!」

 

 ノコギリは槍の木で出来た持ち手を切り裂いた。


「なっ!」


 さらに盾で体当たりをしながら、木の盾を変化させて相手を拘束する。


「どういうことだ!」

「逆にお聞きしたい。スキルがあるのにどうして使わないのです!」

「こんな使い方など知らない! 我々が使うスキルは槍術や馬術であって、このような奇妙なことはできない」

「そうなんですか? まぁどうでもいいですよ。俺は大工が本職でね戦うことを生業にしていない」

「くっ! 我の」

「ぐっ!」


 将軍が負けを宣言しようとした瞬間に、俺の肩に矢が突き刺さる。


「何事だ!」


 将軍が振り返ると、兵士が弓を構えていた。


「将軍をお助けしろー!!!」

「矢を入れー!!!」

 

 俺は将軍を拘束していた木の盾を変化させて、自分の体を包むこむ。

 どれだけそれだけで心許ないので、鉄のハンマーも盾に変化させて補強に使った。


「やめよ! 戦いは我々が負けたのだ!」

「将軍を失うわけには行かぬのです! 我々の導き手として、必要です!」

「うむ。すまぬ。勇気ある者よ。どうやら勝利をしても我の首を差し出すわけには行かぬようだ。名を聞いても?」

「トオル・グシャ」

「何? グシャだと? 王国から辺境伯としてこの地にやってきた貴族は貴殿であった!」


 辺境伯の意味はよくわからないが、きっとそれは俺じゃない。


「いいや、それは俺じゃない。俺の夫だな」

「夫?」

「ああ」


 土煙を巻き上げて、明らかにこの場にいる隣国兵よりも、多くの数がこちらに向かってくる光景が見え始める。


「なっ! あれは」

「ソカイの軍です」

「くく、つまり貴様は、あのバカな王子とは別の部隊であり、最初から我々は時間稼ぎをされて、貴様一人に踊らされていたということか、完敗だ。決闘でも戦略でも貴様の勝利だ。我々は撤退する。見逃してもらえるか?」

「ええ、構いません。ただ、あのユリウス王子のことはそのまま報告をお願いします」

「なるほど、目の上のタンコブということか、我々としてはあのような阿呆がトップにいてくれた方が倒しやすいのだがな」


 将軍が馬に乗り込んで、撤退の指示を出す。


「勇者アンリよ。貴殿はどうする? 我々は敗北した。たった一人の男によってな」

「違いますよ。俺は一人じゃない。ブラフ・グシャ辺境伯が俺の後ろにいるからです」

「覚えておこう。それで?」

「私、裏切り者だから帰る場所ないし、将軍イケメンじゃん。私を優遇してくれるんでしょ?」

「ああ、もちろんだ。勇者は貴重な財産だからな。良いか? トオルよ」

「本人が望むなら」


 勇者アンリが俺を見る。


「ねぇ、あなたって異世界から一緒に召喚されてきた人じゃない?」

「覚えていたのか?」

「うん。他の人たちってなんだか自分たちが特別な存在だ〜って感じがして馴染めなくてね。それで顔が良かったユリウス王子のところは誰も行かなかったから来たけど、貧乏クジだったな。あなたはいい人のとこに行けたみたいで良かったね」


 どうやら勇者アンリは悪い子ではないようだ。


「ああ、お互い。この世界で生きていくんだ。頑張れよ」

「うん! ありがとう」


 俺は将軍と勇者アンリを見送って、敵の撤退させた。

 代わりにブラフが引き連れたソカイ軍が到着して、先頭を走ってきたブラフが馬上から飛び降りて俺に抱きついた。


「トオル! 無事かい? ああ! 肩に怪我をしているじゃないか!?」

「大丈夫だ。女神様に治療魔法を教えてもらっただろ?」


 俺は、自分の肩から矢を抜いて魔法を施した。


「それよりも、ブラフがタイミングよくきてくれたから命拾いしたよ」

「本当? 私はトオルの役にたったか?」

「それはこの歓声でわかるだろ?」


 ブラフたちがやってきて、隣国兵が撤退したことで、砦の中では勝利の大歓声が上がってきた。

 太鼓が打ち鳴らされて、俺につけられたバツの名前が連呼される。


「はは、うん。トオルは私の英雄だ!」


 そう言ってもう一度強くブラフに抱きしめられた。

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