第2話
《sideブラフ》
第五王子という立場は、非常に微妙な立場だった。
上には4人の兄と、5人の姉がいる。
王国という小さな枠組みの中で、王位継承権は10番目。
王が作ったハーレムは女性たちの権力争いの場であり、王妃の子として生を受けた私は、第一王子に当たるセリフォス兄上がいなければ何度殺されていたのかわからない。
歳の離れたセリフォス兄上は聡明で、素晴らしい方だ。
「ブラフ、いいかい。お前は賢くあろうとするな。道化を演じていなさい。このハーレムから脱出するためだ」
ハーレムは常に死と隣合わせだった。
女性同士が権力や力を競い合って、王様の寵愛を受けるために常に牽制を行なっている。
正室である母上ですら、それは変わらない。
母上は第一王子のセリフォス兄上を溺愛しており、私のことなど見ようともしなかった。
醜い女性同士の争いを見続けるうちに、どうすれば生きていけるのか自分でも感じ取るようになっていった。
セリフォス兄上から教えられた通り、私は賢い人間ではなくなった。
他の王族貴族よりも劣る存在として、阿呆を演じ続けた。
だが、影では兄から魔法、剣術、勉強を教わることで、教師たちにも疑われない状況を作り出した。
セリフォス兄上が、どうしてそこまで私にしてくれるのか疑問に思ったことがある。
「我が王になった暁には、我の側で手腕を振るって欲しいからだ」
「セリフォス兄上の側で?」
「ああ、そのために力をつけさせたい。他にも王になった際に役立つ友人や、信用できる者を集めている。我はその準備をしているのだ」
セリフォス兄上はとても聡明な人だ。
他者のことを考え、誰よりも先を歩く。
セリフォス兄上が王になれば、この国はもっと良くなるだろう。
「だから、お前にはどこかの領地を与えて、領主として成功して欲しいのだ。その実績を持って我の元に戻そう」
「わかりました。セリフォス兄上」
セリフォス兄上から教わる勉強を頑張ることで、私は他の王族たちよりも経営や軍略といった知謀に長けていることに気づいた。
だが、残念なことに私が得意としている魔法は、この国では不遇と呼ばれる具現化魔法と鑑定魔法だ。
具現化魔法は、存在しない物を魔力によって具現化することができる。
だが、具現化するために魔力消費が激しく、また具現化させている間も魔力を必要とするため無駄の多い魔法だ。
だから、第二王子であるユリウス兄上には……。
「本当にブラフは無能だな。使える魔法が具現化魔法とはな。それに鑑定など、鑑定石があれば誰でもできるではないか。なんの意味もない」
私は知謀に長けてはいたが、剣術の才能も、魔術の才能も、他の兄弟姉妹たちには劣ってしまう。本当の阿呆だった。
だからこそ、誰よりも軽んじられる存在になって殺されることはなかった。
そうして23歳の誕生日を迎えた日。
父上から王位継承権を放棄するなら領地をやろうと申し出を受けた。
これは昔、セリフォス兄上が言っていた領地のことだ。
セリフォス兄上に確認するために視線を送ると首を縦に振った。
それを確認して、礼儀作法に則り、父上に頭を下げて申し出を受けた。
「謹んでお受けいたします。ブラフは、王位継承権を返納して、領主として務めます」
「うむ。懸命な判断だ。皆が知っているよりも、ブラフは聡明なのかもしれぬな。王子の座を失う貴様に家名をやろう。グシャでどうだ?」
それは父上からの皮肉であり、他の兄弟姉妹から笑い声が聞こえてきた。
「王から家名をいただけるなど末代までの誇りです。ありがとうございます」
「ふむ、貴様は本当に……。いや何も言うまい。近々、勇者召喚を行う。もしも不要な存在が混じっていれば連れていくことを許そう」
「ありがたき幸せ」
父上からの申し出を受けて、私は王位継承権を失う代わりに領地とグシャという家名をいただいた。
「おい、ブラフ」
「ユリウス兄上? どうされました?」
「くくく、お前があまりにも間抜けだから教えてやろうと思ってな。お前はセリフォス兄上に騙されているのだ」
「騙されている?」
「この国は男子の方が王位継承権が高い。お前が男子である以上王位継承権は第五位だ。しかも王妃の息子であるお前は、他の男子たちよりも後ろ盾が強い。お前は十位だと思っていたようだが、それはセリフォス兄上がお前を排除するための策略だったんだよ」
ユリウス兄上に指摘されたことを確認するように、セリフォス兄上を見れば、とても冷たい眼差しで私のことを見ていた。
それは身がすくむ程の威圧を含んでいて、何か問題があるのかと威圧されているようだった。
「さようなら、愚者な弟よ。精々田舎の地方貴族として頑張るんだな」
ユリウス兄上は高笑いをしながら去っていった。
私は何も言うことができないまま、勇者召喚の日を迎えた。
勇者召喚の日、私もこの城を去ることが決まっている。
勇者が私の元へ来てくれるはずがない。
そんな絶望を感じながら参加していると、勇者に巻き込まれた異世界人というトオル・コガネイという人物がいた。
どこか境遇が自分と同じように思えて、仲間などいない孤独な人間。
そんな風に思うと放って置けなくなった。
だから、声をかけてしまった。
まさか、それが私の運命を大きく変えることになるなど微塵も思っていなかった。
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