幸せなお別れ
最近あたしは機嫌が悪い。
なんでかって?
「ねぇ、誠、いつまで仕事なの〜?」
「うん。まだかかるなあ、来月が展示会だから、それまでは忙しいな。」
なにそれ。
あたしは頰を膨らます。
それじゃあ、なんであたし達付き合ってるのか、意味わかんないじゃない。
ここは誠の工房。
今彼は、近々ある共同の展示会に出展する作品作りに忙しいみたい。
彼は真剣に作業している。初めて見る彼の姿。それは、いつもの優しい穏やかな姿とは違って少し怖いような・・・男を感じる姿だった。ガラス工房は、とても暑くて、彼の首筋には汗が流れる、それが何と無くセクシーに感じちゃう。
あたしは退屈で作業場の初めて見る道具をイロイロ見る。
「これ?今度出展する作品展って。」
一枚のパンフレットを見つけて手に取る。
「そう。その人、世界的に有名なハンドメイド作家なんだけどさ、今度の作品展に、お弟子さんも参加するらしくてさ。その先生、近いうちにイタリアに拠点を移して活動するんだけど、そのお弟子さんも連れて行きたいんだって。」
「へえ〜。」
「すごいよな。海外で活躍って、俺も行きたいなぁ。」
「なに言ってるの?誠、海外に行きたいの?」
「うん。行きたい。」
誠は汗を拭きながら、水筒の水を飲む。
「そんな、じゃあ、あたしはどうなるの?」
「雅子、お前もわかってるだろ。」
え・・・?
「俺達は、本当に愛しあっている訳じゃなくて、お互い寂しさを紛らわせる為っていうか・・・幸せすぎて、ただ刺激を求めてるだけなんだよ。
雅子、お前は旦那さんの元に帰れ。
今ならまだ間に合う。
お前の幸せは、俺といる事じゃなくて、旦那さんと、息子さんとの生活だ。その基盤があるから、他のものを求める事ができるんだ。
幸せでいる為に、その基盤を壊しちゃいけない。」
なによそれ、やっと見つけたトキメキなのに・・・
「それ、別れようって事なの?」
「お互い良い関係のうちに別れた方がいい。」
「あたしは誠の事が好きで、楽しかったのに、誠は、そうじゃなかったの?」
「・・・・」
なによ、答えないの?
あたしの事、好きじゃなかったの?
「好きだったって言ったら別れる?好きじゃなかったって言ったら別れる?」
「はっ、はははは」
なんだか笑えてきた。
何それ。
確かに遊びだったけど、最初は毎日が退屈で刺激が欲しかっただけだけど・・・
なによ。
なんか惨めじゃない。あたし。
惨めすぎて笑えちゃうわよ。
「結局、あたしが邪魔になったのね。いいわ。別れよう。うん。あたし、本気じゃなかったし、暇だったから刺激が欲しかっただけ。
奥さんと別れたばかりの誠が可哀想に思えて丁度良かったから付き合っただけだし。」
はあ―――
大きく息を吸う。
涙が次から次へと溢れてくる。
あたしは両手で何度も拭う。
「じゃあね。もう会わないから。」
あたしは工房を後にした。
誠も実は涙を隠していた事を、あたしにはわかるわけ無かった。
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