第三十八話 逃亡王女と仮面の不審者の邂逅⑤



 兄オークの笑い声が辺りにこだまする。

 笑う兄オークに対して、セラス達はちっとも笑えない。自分達と魔族との間にある、戦力差を真に理解したことで、残酷な現実に打ちのめされていた。

  

 並みの騎士では歯が立たず、現状の最高戦力であるアベリア達が三人掛かりでようやく倒した弟オークが魔将の中でも弱い部類であり、強い部類に入るらしい兄オークにはアベリア達でさえも、手も足も出ないという事実。

 階級詐欺だ。いくらなんでも魔将という階級の中で、振れ幅が大きすぎる。

 

 そして真に恐ろしいのは、そんな実力差が開いている魔将逹を一緒くたにしている四天王だ。兄オークの話を鵜呑みにするなら、魔将ですら四天王にとっては雑魚だと言う。

 四天王の力がまったくもって底知れない。



 


  

 セラスはアベリア達を信じている。

 選出した騎士団長の目に狂いはなく、彼女達が素晴らしい力を持っていることは間違い無い。

 彼女達がこの場から生き残ったのならば、今は勝てなくても、いつかは兄オークを倒す実力者になるだろうと期待もしている。 

 だが……それでも……果たして魔将を雑魚と呼ぶ四天王の域にまで辿り着けるのだろうか……? と疑問に思ってしまっていた。


 兄オークの話を聞いてから頭に思い浮かぶのは、ネガティブなことばかりだ。

  

――いけませんね。今はそれどころではないというのに……。


 セラスは頬を叩いて、気合いを入れ直した。

 ……未来のことも、この場を脱せなければ何の意味も為さない。


 

 魔将はひとしきり笑い、。いつ襲って来てもおかしくない。


 魔将がノシノシとゆっくり歩く。行き先は――茶髪の騎士。目の前まで行くと、立ち止まり。彼を見下ろすようにして、話しかけた。


「ブヒヒ。まったくよぉ、笑わせて貰ったぜ。

 ……あぁ、それと。話が逸れちまう前にてめぇがいってた見逃す云々の話だがなぁ」


「……あ、ああ! 条件はちゃんと呑む! 後生の頼みだ!」


 魔将はニヤニヤしながら告げた。

  

「ブッヒッヒ、沢山の人間で遊べる街はたしかに魅力的だ」


「――それなら!」


 茶髪の騎士は命乞いが成功したと確信したのか、希望に満ちた顔となり――


「だからよ、街はもちろん滅ぼすことにする。

 ただし――――テメェを殺した後でな!!」


 すぐに兄オークの次の言葉に、慌てふためいた。制止の言葉を兄オークへと掛けようとして、

 

「ま、待――!?」


 言い終える前に、蟻を潰すかのようにプチリと……メイスで潰されて死んでしまった。


 魔将は、メイスに付いた血をベロベロ舐め、ブヒヒヒヒヒ、と再び笑っている。

 セラス達をすぐに殺しに来ない。……なんとなく分かってきた。兄オークは、セラス達を絶望させ、ゆっくり遊びながら殺そうとしているのだろう。悪趣味な奴だ。






 そうして、兄オークの次の動きを注視している中――――は突然現れた。


 本当にいつの間にかいた、としか言えない。セラスは視界の端に、先程まで居なかった筈のがいきなり現れたことに、戸惑うほか無かった。



  

――――――――――――――――――――




「……何ですかあれは?」


 思わず呟いたセラス。その声に釣られて、騎士達もセラスが見ている謎の存在に気付いたようだ。


 ソレは、怪しい格好をしていた。顔には……どことなく怖い印象を与えられる仮面を着け、黒いローブを身に着けている。 

 少なくとも騎士では無いソレは、此方に向かって歩いて来るが……。

 兄オークという魔将の姿はとっくに見えている筈なのに、その足取りは依然として軽いまま。恐怖の感情など欠片も見受けられなかった。


 戦況が変わるかもしれない。

 ただ問題はどちらの味方か、だ。

 セラス達の救世主となり得るのか。はたまた、兄オークへの増援として更なる絶望へと変わるのか。

 

 少なくとも、セラスにはソレに心当たりが無い。

 魔族ではありませんように、と祈るような気持ちで兄オークの反応を窺った。

  

 セラスと騎士達の様子がおかしいことに気付いた兄オークは、ソレを視認し――――、



 

 

「ブヒ? ――――――何だてめぇ?

 臭いは……魔族、ではねぇな。人間か」


 疑問の言葉を発したことで、兄オークへの増援説は否定された。 

 そして、人間だという言葉から、おそらく……セラス達の味方だということも判明。セラスは、から、仮面の怪しい人物に評価を改めた。


 仮面の怪しい人物は、兄オーク怪物が威嚇するように、睨みつけているのにも関わらず、足取りは変わらない。

 セラスと騎士達は、直接睨まれている訳でも無いのに震えが止まらない、この地獄のような空間の中、平然として周りを見渡す余裕を見せ、セラスと目があった時に、頭を傾げた後、注意しなければならない兄オークではなく、セラスを見つめ始めた。


「騎士共の援軍か?――まぁいい!

 ブヒッ、丁度、興が乗ってきたところ。せっかくだ、俺の最強技で葬ってやろう」


 兄オークはそう言うと、全身に恐ろしい程の魔力を漲らせ、メイスにも込めていく。それでも、まだ仮面の怪しい人物はセラスの方をじっと見たまま動かない。


 全身を魔力で強化した兄オークが「いくぞ!!」と雄叫びを上げながら突撃する瞬間をセラス達は固唾をのみ――、




  

「これが、魔将上位の力だ!!

 ――――消し飛べにんげ、ブヒュ!?」

 

 兄オークの言葉が不自然に途切れたと同時にセラスの視界が青に染まった。

 

「うぅ……これは一体……」


 目を必死に擦り、なんとか視界が戻ったので、擦った手を見ると、青い液体がビッショリと付いている。いや、よく見ると手だけではなく、青い液体で全身が濡れていた。なんだか生温くて、それが尚、気持ち悪い。

 それに……銅の臭いがした。まさか……魔族の血なのだろうか?


 疑問は尽きないが、ひとまずセラスは怪しい人物の無事を確かめようと、自分の酷い有り様を一旦置いて、視線を戻すと――無傷で佇んでいた。黒いローブが破れた様子もない。何事も無かったかのように佇んでいる。そのことにほっとしたが、……兄オークがどこに行ったのかが気になった。あれほどの敵との戦いがすぐに決着がつくとは到底思えない。


 騎士達に尋ねようとしたが、皆、呆気にとられた様子で誰もセラスの方を見向きもしていない。この非常時にそんな気遣いを望むのは贅沢かもしれないが、青い血を被っている自国の王女のことを少しは気にかけて欲しいものだ。

 

「誰でもいいので……何が起きたのか説明をお願いします」


 セラスは自分から尋ねることにし、騎士の一人がセラスの方を見ないまま、発狂しながら答えた。

  

「我々にもわかりません……!魔将がいきなり破裂したとしか……!

 何をやっても死にそうになかったあの魔将が死んだ……死にやがった! ははは……何なんだあの不審者は!? 私は夢でも見ているのか!?」

 

「破裂……?

 まさか……もう決着が着いたということですか!?」


 地面を見てみると、仮面の人物の立っている場所からセラスのいる方向に向かって、青い血やら臓物が飛散しており、それ等と共に、兄オークが着ていた服の切れ端と思わしき物が落ちていることに気付いた。


「……もしかして……もう終わったんでしょうか……?」

  

 あまりにもあっさりとした決着で、納得し難いが、セラス達を恐怖させたあの兄オークは死んだ……ということなのだろう。 


 セラスはそっと一息吐き、命の恩人である怪しい仮面の人への感謝の気持ちでいっぱい……とはならなかった。 

 怪しい仮面の人には、感謝している。命の恩人なのだ、もちろん感謝しているのだが……セラスは自分が血まみれにされたことを考えると、何とも言えない気持ちだ。

 血塗れになる等、初めての経験だったセラスは涙目で、吐きそうになりながらも、王女という立場からグッと耐えた。


 仮面の怪しい人は、セラスを相も変わらず見つめている。何を考えているのか、顔が仮面で隠れている為、判断出来ない。

 

 魔族から救ってくれたことから、味方だと思いたいが……。怪しすぎる為、すぐには信用せず、次なる行動を観察した。


 

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