第三十七話 逃亡王女と仮面の不審者の邂逅④

 



 戦闘はすぐに終わった。

 …………アベリア達の敗北という最悪の形で。

 

 最後まで立っていたアベリアはたった今、兄オークにメイスで殴られ、15m程吹き飛ばされて倒れた。彼女も必死に立ち上がろうとしてくれてはいるが……重傷だ。一応、槍でのガードが間に合ったようで一命は取り留めたようだが、ガードした際に白槍はへし折れている。もし立ち上がるだけの力が残っていたとしても、アベリアは戦闘不能だろう。


 他二人は既に意識を失っていた。

 ミュールは、弟のオークの時と同様、盾で受け止めようとしたが、一撃目で盾を砕かれ、二撃目でもろにメイスを受けて、ダウン。 

 それからは、アベリアとフェリシテの二人で戦っていたが、戦闘の最中、盾で守ってくれる者がいない中、フェリシテに攻撃が直撃しそうになった。魔法使いであり、他二人よりも肉体強度で劣っているであろうフォリシテが、兄オークの攻撃を受ければ即死していたかもしれない。

 だが、アベリアとフェリシテが戦っている間に、回復魔法が使える者達に治療するように指示していたことで、多少傷が癒えていたミュールが復帰。割って入って威力を軽減。……二人まとめて吹き飛ばされ、ミュールとフェリシテは気絶という結果になった。

 

 特にミュールの方は普通に致命傷だ。彼に集中的に回復魔法をかけているが……助かるかは五分五分だと伝えられた。

 

 三人共重傷以上の怪我を負っており、治療にも相当の時間が掛かる。この場での戦闘復帰は不可能と見ていい。 兄オークは強かった。弟オークも十分強かったが、全てにおいて上回っている。

 今の戦力での戦闘は勝ち目0。

 先程の戦闘で――魔将は殆ど怪我を負っていない。こちらの攻撃は殆ど効かなかったのだ。アベリアの渾身の一撃でようやく、だ。……それさえ、もちょっとした怪我を負わせることが関の山だった。  

 弟オークの時の泥仕合が嘘のような決着だ。セラスは、アベリア達三人が力を合わせれば魔将を倒せる、と考えていたが……これほど力の差があるのは誤算だった。

 

 セラス達に残されている手は、逃亡のみ。 ……一斉に四方八方に逃げれば、何人かは生き残れるかもしれない。

 アベリア達は自力では歩ける傷では無いので、必然的に誰かに――出来れば回復魔法が使える者に連れて行って貰うことになるだろう。

 

 弟を殺したアベリア達は真っ先に狙われそうであるが……魔族は人間の尺度で計れない。兄オークは、ミュールとフェリシテが治療されていることに気付いていた筈だが、興味を示さなかった。弟の死に怒っている様にも見えないので、どうなるかはやってみないと分からない。

 


  

―――――――――――――――――――― 

 


  

 

 アベリアを倒した兄オークは「ブフゥ……まぁいい運動にはなったな」という言葉をこぼし、満足そうにしながら、こちらへと歩いて来ている。襲い掛かってくるのは時間の問題だった。

 セラスは騎士達に話を通し、最も経験が豊富な騎士の合図で逃亡することや、落ち合う場所等を滞りなく決めている。後は合図を待つだけだ。


 誰もが、その合図を待つ最中。

 

「……待ってくれ、話がしたい!」


 一人の茶髪の若い騎士が兄オークを呼び止めた。予定に無かったことだ。セラスはもちろん、他の騎士達も困惑している。


「話だぁ?」


 下手に刺激したことで、すぐにでも襲い掛かって来るかもしれないと、セラスは身構えたが、兄オークは意外にも茶髪の騎士の話を聞く気のようなので、様子見に徹する。


「あぁ……交換条件付きで、我々を見逃して欲しい。

 こちら側の最強戦力だった三人が倒された今、もはや我々には戦う力は残されていないのだ。故に……この近くにある平民が……いや、人間が沢山いる街を教える。

 だから……どうか我々を見逃して欲しい」


 。茶髪の騎士も、多くの仲間を今回の事で亡くした筈だ。そんな魔族相手に、命乞いをする――それだけでも許せないというのに、民すらも差し出すとは……。それでも、本当に誇り高い騎士団の一員なのか。

 

 たしかに……セラス達は生き残らなければならない。だが、護るべき民を差し出すのは論外だ。絶対にやってはいけない。すぐにでも、話はやめさせるべきだ。

 セラスは話に割って入ろうとし……、近くにいた騎士が止められた。

 そして小声で「街の情報を喋る前に止めるので、もう少し我慢して欲しい」という旨を伝えられた。そんな悠長なことを言っている暇では無いと言い返そうとしたが、「アベリア達の治療を少しでも出来る時間稼ぎになる」と言われては、セラスも不本意だが黙るしか無い。



 

 セラス達が沈黙して、見る中、兄オークと茶髪の騎士の会話を続いた。


「ブヒヒ……潔い奴は嫌いじゃねぇ。

 俺様の力を思い知ったようだな」


「あぁ……もう充分過ぎる程に。

 私には分かってしまったよ。貴殿は………………四天王なのだろう?」


 茶髪の騎士が尋ねた、この発言に魔将は初めて困った表情を浮かべ、すぐに返答することなく少し沈黙した。

 

「……ブヒィ? 俺が……四天王?

 なに言ってんだお前?」

  

「……違うのか? 我々が貴殿の前に戦った貴殿の弟はその強さから、魔将だとこちらは認識していた。

 彼を遥かに上回る力。それは貴殿が四天王という証拠に他ならないと考えたのだが……」


 茶髪の騎士は己の推測を語っているが、セラスも少し思っていたことだ。弟オークとは強さの次元が異なる、兄オーク。しかし、弟オークが魔将ではなかったとは思えない。ということは、兄オークは上の階級である四天王の可能性もある、と。


「ブヒヒッ! こりゃ傑作だぁ!

 たしかに弟より俺の方が遥かに強いがな!」


「……それなら」


「だけどよぉ、俺は只の魔将だ。ついでに言うなら、弟も魔将だったぞ」


「――な!? ならその力の差は一体!?」



 茶髪の騎士の混乱する様子を見て、ブヒヒ、と可笑しくて堪らないという感じで嗤う兄オーク。

 

「ブヒッ、単純な話だ。俺は魔将の中でも強い方で弟は弱い方ってだけのな」


「そんな馬鹿な……!?」


 兄オークは、セラス達の絶望に歪んでいく顔を見ながら、話をさらに続けた。


「ブヒャヒャ! 人間ってのはどんだけ楽観的なんだ! 馬鹿すぎる! さっきの三人程度の奴等に傷を負う俺を、四天王と勘違いするとはな! 

 ――おぉ、そうだ!そんなお前らにいい話を聞かせてやるよ!」

 

 兄オークはニヤニヤ嗤いながら、茶髪の騎士の目の前まで近付くと、セラス達全員に聞こえるように大声でセラス達にとってトドメとなるを告げたのだ。


「――いいか、四天王以上の魔族にとっちゃあなぁ、俺も弟も大差ねぇんだ。一般兵の魔族よりは多少、丈夫な雑魚。それが四天王達の魔将への評価だ。

 意味が分からねぇよな! だが、味方だと頼もしすぎて笑えてくる!

 分かったか? 人類に勝ち目なんて無いんだよ!

 ブヒャヒャヒャヒャヒャ――――!!」



 

 


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