第三十六話 逃亡王女と仮面の不審者の邂逅③




 アベリア達と魔将は少しばかり睨み合い、先に魔将が仕掛けたことで戦闘は始まった。

 セラスは可能なら、他の騎士達と共に援護をするつもりだったのだが――人類トップクラスの実力者達と魔将の戦いは、セラスの目で追えるような戦いではなかった。

 魔将がその場から消えたようにしか見えない程の速さで動いた為、早くもセラスは魔将の姿を見失い、慌てて周りを探すと、魔将はいつの間にかアベリア達の近くまで移動しており、メイスを振りかざしている所だった。


 離れた所から見ているというのに、目で追えない。他の騎士達も同様だったのだろう。ただ驚愕して固まっていた。つまり一般の騎士ならば、この一撃を為すすべなく受けて、終わる。


 だが、

 ミュールは一歩前に出ると、やや押されてはいるものの、盾で魔将の攻撃をたしかに止めてみせた。

 武器を投擲するだけで馬車を吹き飛ばす程の力を持った魔将を抑えることが出来たのだ、鉄壁の異名は伊達ではない。

 力の勝負は魔将の方に軍配が上がるようだが、こちらには数の有利がある。ミュールとの押し合いに集中しており、隙を見せた魔将をアベリアの白槍は見逃さない。魔将の体に二つ目の穴が開いた。


 魔将が悲鳴を上げ、力が緩んだ所をミュールが押し返し、魔将に尻餅をつかせ、そこをフェリシテが火魔法を撃つことで、魔将に酷い火傷を負わせた。

  

 ミュールが防ぎ、小さな隙をアベリアが突いて、魔将が大きな隙を見せた時に、フェリシテが火魔法で大ダメージを与える。

 完璧な連携だ。着々と魔将を削っていく。

 

「ブギッ――!! 痛てぇじゃねぇか、ゴミ共ォ!」


 魔将は苦戦していることで、苛立っているのか、セラスの目から見ても、大振りになっている。これでさらにやりやすくなるだろう。

 だが、魔将も先程までこちらを舐めていた為に使っていなかったのであろうを使い始めているので、さほど有利になった訳ではないのかもしれない。しかも、属性は水。水魔法で以て、フェリシテの火魔法を完全に防いでいる。


 王国騎士団トップクラスの近接戦闘能力と、宮廷魔法使いの魔法を兼ね備えているとは……つくづく化け物だ。人間であれば英雄と呼ばれていてもおかしくない。


 そこからは泥仕合となった。アベリア達も少し負傷する等、魔将は大立ち回りしてみせた。だが、流石に三人を相手にしては手が足りていない。

 

 魔将は追い詰められ、強力な魔法を撃つフェリシテを先にどうにかしようと狙った様だが、ミュールに盾で抑えられ止められ、隙を見せた為に、死角に回り込んだアベリアの槍に首を狙われた。

 魔将はなんとか反応し、バランスを崩しながらも、寸前のところで回避してみせたが、バランスを崩している魔将にフェリシテが一般的な火魔法『ファイアボール』を顔に直撃させ、魔将は炙られた顔を手で抑え、悲鳴を上げて、膝を着いた。

 魔将は水魔法で必死に消火を試みていたが、そんな魔将に容赦なく、アベリアは目や喉等の急所を連続で突いていく。


 魔将は重傷と呼べる傷を負い、全身血塗れだったが、まだ生きていた。大した生命力だ。

 それでも、もう虫の息なことに変わりは無い。


 駄目押しとばかりにフェリシテは杖を魔将に向け、


「あー、もう!!

 しぶとすぎる! いい加減に死になさいよ!

 ――『フレイム・セルパン』!!」

 

 蛇を象った炎が杖から放たれ、魔将へと巻きついて、魔将を離さない。


「ブギャァァァ!? 熱ぃ!?」


 火達磨になって悶えながらも、逃げようとして足掻くが、アベリアが足を槍で貫いたことでとうとう魔将は倒れ込んだ。それでも、手や足を必死に動かして這って逃げようとする。

 水魔法は使っていない。もはや魔法を使う余裕もないのだろう。やがて、たまにピクピクと動くだけの死に体となった魔将。それでも、三人は警戒を緩めない。警戒は、文字通り魔将がこんがりと焼け上がるまで続いた。

 魔将は全身黒こげ。どう考えても生きてはいない。

 戦闘は終わった。

 アベリア達は、フェリシテを誉めちぎり、フェリシテも当たり前だと言いながらも照れくさそうに笑っている。

  

 案外なんとかなるものだ。否、なってしまった。聞いていた話と違う。


 馬車で逃げる途中、アベリア達三人に強さを尋ねた際に、先見の英雄カインが率いたあの“ワールドブレイカー”に所属していた戦闘員メンバーの一人一人よりも、かなり弱いと自己申告を受けている。


 そんな“ワールドブレイカー”は、かつてエクレール姉妹という魔将二人を相手に取り逃がしてしまった。アベリア達より上の実力者が、かなりいたというのに。

 ……これは一体どういうことなのだろう。

 アベリア達が謙遜したのか? それとも、この短期間に強くなったのだろうか? ――後者であるなら、まだいいが……。謎が生まれてしまった。


「……いえ、考察は後にするべきですね。

 取りあえず、この場を早く離れないと」


 セラスはまず、今回の功労者である三人に感謝の言葉を掛けようとして――――、


「ブヒ……死んじまったか。

 馬鹿な弟だ」


 先程死んだ筈の魔将とほぼ同じ声が聞こえた。セラスは驚き、すぐに燃やされた魔将を見たが、黒こげのままだ。動いてはいない。


 アベリア達がどうしているのかが気になり、視線を向けると、彼女達は一つの方向を見つめていた。その目線の先を見ると――――、

 

 先程の魔将にそっくりの魔族がいた。……いや、大きさは違う。その魔族は一回りは大きかった。 

 言葉通りなら、先程の魔将の兄。


 弟がやられたというのに出てきたということは、自分の実力に自信があるのだろう。恐らく、弟同様に魔将。実力は同等? いや、それ以上なのかもしれない。

 

 だが、アベリア達もまだまだ余力を残している。もう一戦は厳しいだろうがまだいける筈だ。なんとかな、る――――いや、おかしい。

 

 アベリア達全員が険しい顔をしている。

 特に、アベリアの変化はより顕著だ。弟の魔将の時は余裕があったというのに。

 

 逆に魔将はニタニタ笑っている。緊張している様子も見られない。


――まさか、この魔将はそんなに強いのだろうか?

 

「……これ、もしかしなくても絶体絶命ってやつッスかね? ――さっきの奴とは比べ物にならないぐらい強いッスよ、こいつ」


 深刻な表情で告げたアベリア。


 セラスには、一回り大きなオークにしか見えないが、彼女がそう言うのなら、きっとそうなのだろう。

 ミュールは表情は分からないが、鎧が小刻みに震えている。

 自信たっぷりなフェリシテもいつもとは異なり、顔が青ざめているようにも見える。


 セラスは言い様にない不安感に襲われた。


 


  




 

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