第三十五話 逃亡王女と仮面の不審者の邂逅②



 セラスを乗せた馬車と馬に騎乗している騎士達は、死地を抜けるべく、休息を一度も挟むことなく昼夜を問わずに走り続けた。

 その甲斐もあって、王都から予定よりもかなり離れることに成功。段々と魔族と出会う頻度も減ってきていた。


――まだ完全に危機を脱したという訳ではないでしょうが……あともう少しで包囲網は抜けれそうですね。


 セラスは、その事実に胸をなでおろしたが、同時にここまで来るのに護衛の騎士の半分近くが犠牲になってしまったという事実を噛み締め、心を痛める。

 


 馬車の後ろの窓から外を――王都の方向を眺めて、セラスは呟いた。

 

「――あなた達のお陰で、私達は魔族の包囲網から抜けられます。

 ……救って貰ったこの命は決して無駄にはしません」


 希望を潰えさせないためにセラスを逃がした父や足止めの為に命を散らせた騎士達の冥福を祈って。




 

 

 祈りを終えたセラスは、窓から目を離そうとしようとし――遠くから鎧を着た人間が向かってくるのを朧気に見た。

 足止めを果たしながらも、生き残った騎士が合流しようとしているのだろう。死んでしまったと思っていた騎士が生きて帰ってくれたというのは、非常に喜ばしいことだ。久し振りの吉報である。


 しかし、その騎士は次の瞬間に、後ろからやってきたオークのような生き物に殺され、食べられてしまった。

 あれはオークではない。セラスは、すぐに気を引き締めた。見た目はオークに似ていても、まず間違いなく魔族だと分かったからだ。騎士を一撃で殺せるようなオークなんて見たことがない。


「皆さん、後ろから魔族が追って来ています! 」


 セラスは近くを走る騎士へとすぐさま報告し、その騎士は後ろを振り返って、件の魔族をまじまじと見ると、まわりの騎士達と相談し、「このまま逃げきりましょう」と結論を出した。


 あの魔族は見るからに超重量で、足は遅そうだ。加えて騎士達の馬はもちろん、この馬車を引く二匹の馬も、負けないぐらいには名馬。このまま逃げ切れる可能は高い。セラスも賛成した。


 が、そんなセラス達の予想に反して、オークのような魔族は、置き去りになるどころか、着々と追い付いて来る。

 

 それを受けて、騎士十人が迎撃を行うことになったが――――一振りで蹴散らされた。

 

 驚愕というほかない。王国騎士団に所属する騎士が十人いて、ああも容易く蹴散らされるとは思っていなかったからだ。


「まさか……あれは魔将なのでは……?」


 騎士の内の誰かが呟くのを聞き、セラスは窓から魔族を再び見ると、丁度、手に持っていたメイスを馬車に向けて投擲していた。 

 慌てて、馬車の前方部分へと走り。すぐさま凄まじい衝撃と共に、固い物同士がぶつかったような音がして、馬車は前方へと吹き飛ばされ、そして横転したのか、セラスはバランスを崩して、転んだ。咄嗟に頭を手でガードしたことで、身体は強打することにはなったが、気絶するのだけはなんとか避けた。王都の時の失敗は繰り返さない。


 

 横転した馬車からセラスは騎士達の助けもあり、なんとか出て、その際に馬車の後方をちらりと見ると、後方部分は大きく凹んでいた。この馬車が王族用として特別頑丈に作られた特別製でなければ大破していたかもしれない。

 早く馬車を直して、逃げたいところだが先の攻撃で、引いていた馬は即死しているので、少し時間が掛かりそうだ。この馬車を捨てるのは……セラスが王女に似ただけの女でなく、王族という証明にも繋がるので、なるべく避けたいところである。

 

 

 オークは既に追い付いており、戦闘は始まっていた。 

 この魔族を邪魔が入らないように迅速に倒すというのが理想だが――、

 王都を守る、精鋭と名高い王国騎士達が先程から、果敢に剣や槍で攻撃し、魔法が使える者は遠距離からの攻撃を行っているが、殆ど効いていない。

 恐ろしく強い魔族だ。


――……あれが魔将だということは間違いなさそうですね。

  

 セラス達はつくづく運が無いらしい。

 あと一歩のところで、魔将の一人と戦闘することになってしまった。




――――――――――――――――――――




「ブヒヒッ、おやつが一杯だぜぇ」


 暴れるオーク似の魔将に対して、騎士達は応戦するも、手も足も出ず、おやつ扱いされている。


 どうしようもない状況のように思える。だが、まだ希望はあるのだ。


 セラスがそう思った矢先、それまで騎士達の武器が逆に折られる有り様だった、固い魔将の腹に、一本の白槍が突き刺さり――皮膚を突き破って肉を抉った。

 槍は引き抜かれ、魔将の腹からは青い血が飛び散る。今まで碌に攻撃が効いていなかった魔将に対して、


「ブヒュ――!?」


 魔将は悲鳴を上げ、周りを警戒するように見渡し、相対するように現れた三人を見ると、睨み付けた。

 そう――この護衛の騎士達の中には、格別に強い三人がいる。

 には、先陣を切り開いて貰っていたので、それ故に少しばかり来るのに時間が掛かったのだ。

 セラスは手短に伝えた。


「敵は魔将です。倒せますか?」


 彼等に倒せないのなら、もはや逃げるしか無い。

 


 セラスの問いに対して最初に答えたのは、先端が青い血で汚れた白い槍を持った赤い髪の少女だった。彼女は、槍を振って青い血を払い落とすと、

 

「これが魔将……。うーん、三人ならどうにかなると思うんスけど……。

 ミュールとフェリシテはどう思うっス?」


 他の二人に尋ね。

  

「……問題無い」

 

 全身鎧の盾を持った男はそれだけ言うと、黙り。

 

「何寝ぼけたこと言ってんのよ、アベリア。その豚ならミュールの言うとおり、問題ないでしょ。サクッと殺っちゃいましょ」


 いかにも魔法使いという特徴的な帽子を被った少女は、槍の少女を窘めると、魔将を殺害可能だとあっさり告げた。

 

 どうやら問題ないらしい。


 叩き上げで若手最強といわれるまで登りつめた槍使いのアベリア。

 どんな魔物の攻撃も防ぎ切ると噂の鉄壁の騎士ミュール。

 若くして宮廷魔法使いの候補者にまで選ばれた天才魔法使いのフェリシテ。

 彼等こそ、王国の次世代のエース達。 

 これからの伸びしろがあると、騎士団長が護衛を選出する時に、セラスへと預けた希望の一つだ。


 


  



 



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