第三十四話 逃亡王女と仮面の不審者の邂逅①



 絶望とは――まさにこのような状況のことを言うのだろう。

 セラスは激しく揺れるの中、隅で壁にもたれかかるようにして、力なくへたり込みながら、顔を両手で覆って嘆いていた。

 馬車は安全をまったく考慮に入れていない、出せうる限りの最高速度で馬を走らせている。そう――セラス達は全力で逃げていた。から。

 帰る場所は無い。少し前までユースティア王国内で最も戦力が集まり、安全だった王都メルヴェイユにはもう帰れない。そもそもらしいが。

 それに帰ったところで、出迎えてくれるのは、父や騎士達、王都民ではなく、魔族の集団だ。自殺するのと大差なかった。

 

 どうして、こんなことになってしまったのか。

 

 想定を遙かに越える魔族の強さ等、いろいろな要因はあるが、セラスは自分を責めていた。考えてしまうのだ――あの時、ああしていれば何か変わっていたかもしれない。もっと考えていれば他に取れる手はあったのではないか、と。 

 自身の無能さ具合に吐き気がこみ上げてくるが、それでも現在の状況を整理する為に、セラス数刻前に起きた王国の――否、人類の敗北を振り返った。

 


 あの時、セラスは王城の自分の部屋で、シャグラン平野に派遣した『ソレイユ』の面々の勝利を心の中で祈りながら、並行して、メイドに取り寄せてもらっていた300年前の文献から、魔族を倒す為の手掛かりを調べていた。

 

 そして――その最中に王城が……否、王都全体が揺れたのだ。

 守りは万全だった。……出来うる限りの最大の守りだった。 

 魔法で奇襲したところで、王都メルヴェイユは、数百名の宮廷魔法使い達が交代制で都全体を覆うように、常に結界が張られている。過去に何度か魔将が結界に攻撃してくることがあったが、結界に傷一つつけられず、諦めて逃げ帰っていった程だ。

 

 しかし、は違った。揺れの後、結界が壊される音がして、次の瞬間には、セラスの部屋の天井が落ちた。セラスも一応鍛えているので、なんとか避けていたが、結局瓦礫の破片の一つがセラスの頭へと直撃した。セラスは倒れ込み。部屋の外に控えていた騎士達が、ドアを開き、慌ててこちらに駆け寄ろうとしているのを、薄れゆく意識の中見えたのを最後に、意識は途切れた。


 


――――――――――――――――――

 


  

 そうして、次にセラスが目を開けた時には、王都ではなく、馬車の中だった訳だ。

  

 起きた当初、王城ではなく馬車だったことに困惑し。その後、涙を流しながら「意識が戻られたのですね!」と縋るように告げた騎士達の姿を見た時には、その時点で嫌な予感しかしなかったが、騎士達に話を聞き、気絶した後の顛末を知って、セラスは再び気絶しそうになった。

 

 父王は気絶したセラスを逃がすように命じ、加えて王国騎士団長が護衛を選出して付けたらしい。その際に父王は、「我々が敗北した場合、セラスと貴様達に後を託す」という旨の言葉を護衛の騎士達に伝えたようである。

  

――そして、王も王国騎士団も敗北して死んだ。

 護衛の騎士達が王都から馬車で脱出した少しばかり後、強烈な追い風が吹いたので、後ろを振り返ったところ、王都が天空から舞い落ちた竜巻によって、完全に消失したという。

 それで生きている訳が無い。生存者は誰一人としていないだろう。


 

 大都市を跡形もなく破壊する風の魔法を使う化け物。風ということは、あれは飄風ひょうふうのウィリディスの仕業だったのだろうか?

 四天王ということは、あんなのが他に三体いる。さらに強いであろう魔王も後に控えている。

 それに対して、人間側は『ソレイユ』も王国騎士団も壊滅した状態だ。もはや、勝つ事など不可能であり、どれだけ多くの魔族を道連れに出来るかを考えた方が建設的だとセラスはネガティブなことばかりしか考えられなかった。


  

 だが、それは

 何故なら、セラスを守る為に既に多くの護衛の騎士達が犠牲になっているのだから。

 

 現状、セラス達の一団は危機を脱せれた訳ではない。

 どうやら、抜け目ないことに王都の周りに魔族達は包囲網を展開していたようである。

 魔族はそこかしこにおり、ゆっくり馬車を走らせていても、どうせ見つかるからと、馬車を全力で走らせた。

 

 魔族に見つかっては方向転換しながら、必死に逃げる。倒すことは出来ても、時間を掛ければ異常に気付いた魔族はさらに集まってくるからだ。

 

 だが、時には囲まれることもあり、そういう時には、騎士達の一部は自ら足止め役を買って出た。


「あなた様がいる限り、希望は潰えない」そうセラスに最期に告げて、セラスを守る為に、騎士達は足止めに向かい……誰一人として帰って来なかった。


 次々と騎士達は命を落としていく。

 人類はもう駄目だと諦めかけているセラスの為に。


 


 騎士達が死んでいく中、セラスは絶望してウダウダやっている。申し訳が無くて仕方が無い。

 だから――セラスは立ち直らなければならない。

 

「………………諦める訳にはいきません」


 自暴自棄になってはならない。騎士達は、人類が存続する未来を願って、セラスへと命を捧げたのだ。

 命を懸けて守った甲斐があった、と死んでいった騎士達に思わせるぐらい、守られたセラスは、足掻いて報いなければならない。

 

 そう――セラスがやるべきことは、如何にして人類を救うか。他の諦める理由を探している時間は、一切合切が無駄だ。


 心を奮い立たせ、セラスはなんとか立ち直った。



 

 だが、現実問題として問題は山積みだ。

  

 大問題として戦力差もそうだが、権力的な問題もある。少し前まで、ユースティア王国の王女としての立場にあったセラス。

 しかし……果たして今も王女であるのかはセラスには分からなかった。王は死に、王都や王国騎士団を失って敗走している王女に、未だ忠誠心を向けてくれる奇特な貴族はいったいどれほどいるのだろうか。少なくとも、セラスが逆の立場であれば、そんな王女に従いたいとは思えない。

 もう権威など無いのかもしれないが……まず、中央地域にいる面識のある有力貴族に頼り、説得。地盤固めした後に、今、攻撃されている中央地域とまだ無事な南部の兵力を集め、帝国と再び連携して、『ソレイユ』を再結成する。それが大前提だ。セラスの説得に全ては懸かっている。

 

 最初に会う貴族は誰にするか。それによってこの馬車の進路も変わってくるだろう。早めに、尚且つ、適切な相手を選ばなければならない。

 騎士に言って、渡して貰った地図を開き、セラスは思索した。

 


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