第三十三話 民衆にキレ散らかした勇者
“感謝の言葉”を伝えることは、大切だと俺は思う。
感謝された側も「あぁ、やった甲斐があったな。次もまたやってもいいかもしれない」と思わせてくれる。
助けられた人が、今度は助けた人を助ける――お互いを助け合える関係というのが、俺は非常に好ましい。
――そんなことを俺は考えていた。
そう、俺は今、現実逃避をしているのだ。
何故そんなことを考えているのか?――それは、早くもフラグ回収をしてしまったからである。
感謝どころか、恩を仇で返すゴミ共に出会ったことで俺はそれを痛感させられた。
逃げていた最後の一匹を始末し、魔族との初戦闘で無事勝利した俺は、帝国に行く為に、ルゥリエ大橋を目指していた。
……目指していたんだが。
――道中、魔族に襲われている人がかなりいた。
四天王はもちろんいないので蚊を潰すぐらいの軽い気持ちで手間なく倒せる。それなのに、見捨てるというのは……やや気が引けた。だから進行方向にいた危機的状況にあった人間は、一応助けていったのだ。
もちろん、タックルで霧にしたりはドン引きされる可能性があるので、魔力で覆った鉄の棒で頭を叩き潰すという比較的マシなやり方で淡々と魔族やついでに魔物も始末していった。
――基本は、「ありがとう」とお礼を言われ、感謝された。
中には、少し遅かった時もあった。救出した人が精神的ダメージを受けていた様で、こちらを見て、もっと早く来てくれていたなら、とでも言いたそうな悔しげな顔をしていたが、唇をギュッと閉じて、何も言わなかった。
そういう時は、仕方がない。そんな精神状態でもお礼を言え、と言う気は無い。
無言もやむなしという奴だ。
恨み言を言わずに耐えたのなら、こちらとしても、間に合わなくて悪かったなぁ、と少し申し訳無い気持ちになる。
だが……そんな人間ばかりじゃないのが世の中だ。厚顔無恥な人間というのは、どこにでもいる。そして……一人でもそんな人間がいると、まわりも同調し、最悪な状況になってしまうのだと、俺は実感した。
――――――――――――――――――――
飛んできた数十の
先程、救出した一般人達は、石――物理的にだけではなく、言葉の暴力も俺に向けていた。
「――遅いんだよ!」、「もっと早く助けろよ!」、「このっ、役立たずが!! 怪我したじゃねぇか!!」――――――――etc.
今現在、俺は三十人近い人間に罵倒されている。
三十人――中学や高校での一クラス分ぐらいの人数だ。つまり、この状況はクラスの中で孤立して、クラスメイト全員が敵という状況に等しい。
前世では、こんなイジメのようなことを経験したことはなかったので少し怯んだが、例え三十人全員が攻撃してきても、どうにでもなるぐらいの力の差があると思い直し、心を落ち着けた。
ちなみに言うと、今回は間に合っている。
人的被害は……怪我人はいるが、重傷者・死亡者はいない。
何故、こうなったのか?
キッカケは、一人の商人だった。どうやら商品が壊されたらしく、俺に「来るならもっと早く来い! 遅いんだよ!……もうとっくに俺の大切な財産が壊されちまってる! クソがっ、責任とって、弁償しろ!」とキレてきたのが始まりだった。
それが悪かったんだと思う。
怒鳴る男を見て、周りもこんな御時世だ。抱えていた不平不満はたくさんある。それを俺に向けてくる者がちらほら出始め、次第にそれに同調して、大勢となったのだ。
前に、俺が南部に逃げている人に引きつられそうになった様に集団心理というやつである。
もちろん俺を擁護する声もあるにはある。数人程だが、流されずに冷静な者もいた。
だが、俺の耳は、その擁護する人達が「機嫌を損ねたら、護衛してくれないかもしれないじゃないか。頼むから、今は我慢してくれ。安全な街に着いてからは好きにすればいいから」と小声で言い聞かせているのを聞き取っている。……少し絶望した。
そう――俺を心から擁護する人間は一人としてここにはいなかったのだ。
初めは我慢出来る内に、さっさと立ち去ろうとしたが、商人が石ではなく、剣身が途中でパッキリと折れている剣を俺に向かって投げてきたので、さすがにそれにはムカついて、
だが、やり返されるとは奴等は思っていなかったのか、罵倒は悲鳴へと変わっていった。
そして――、
俺は化け物呼ばわりされている。
大半は、悲鳴を上げているだけだが、商人に当てなかったからか、未だに罵倒を続ける者もいた。
「この化け物め!」、「人間じゃねぇ、魔族だ!」、「俺達が可哀想とは思えないのか、このひとでなしが!」
本当に酷い言われようだ。
ストレスが溜まり……無視して再度立ち去ろうとして……やっぱり足を止めた。
暴力で返すつもりはない。今は、苛ついていることもあり、力配分を間違えてしまいそうだ。赤い霧になってしまう。そこまではやるつもりは全くない。だが……
力が強いからといって、必ずしも強い精神を持っている訳では無い。
だから――――、
「命の恩人に対して、恐れる……まぁそれだけならいい。だけどさ……せめて黙って恐れてろ。
重傷者もいないだろ。何で、俺が助けてあげたっていうのに、化け物と罵られて、石を投げられないといけないんだ?」
向こうも俺の発言に敵意をさらに燃え上がらせる。
だが、こちらも負けない。敵の話なんて聞く耳を持たずに全力で言い返す。
黙って、泣き寝入りしていたら、鬱にでもなってしまいそうだ。
「助けた恩人に向かってそんなことを言うなんて人間性を疑う」、「道徳の授業がいかに大切だったか、今になって分かった。人の嫌がる事を言ってはいけないって学習しろクソ共」、「擁護しているフリをしている奴等。お前らが小声で俺を利用しようとしていたのも聞こえていたぞ!」
ひたすらに、捲し立てて、捲し立てて、捲し立てた。
そして――悪口のボキャブラリーが無くなった。
即ち、言いたいことを言い終えたのだ。
やることはやった。
なので――、
「水掛け論だから、帰らせてもらう。後は生きるも死ぬも勝手にしろ。お前らなんてどうなろうとどうでもいい」
そう言い残して、俺は帝国へと走り去った。後ろで、まだ何か言っていたが、無視。
気分はちょっと爽快だった。
……本当に分からない。なんで漫画の勇者達はこうして言い返さないのか。
――いや、分かっている。彼等は聖人なのだ。
一般人だった俺には耐えられない。
ましてや、あんな奴等が、今後、俺を助けてくれるとは到底思えなかった。
後悔は無い。
むしろ、罵倒も我慢していたら、救世主のような扱いを受けるかもしれない。イメージダウンするぐらいで丁度いい。
そんなことを思いながら、今回のことで……一つ確信した。
――俺はやはり勇者に向いていないな、と。
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